あれがこの王子なりの『美』なのか?
「これは、これは。つい先日、パール子爵家に嫁いだばかりのマーガレット様ではございませんか。今日お召しのドレス、我が国で大流行中の『怨霊の叫びを聞いてくれ』に登場した水色のドレスをベースにしたデザインのものですね。マーガレット様の金色の髪を際立たせるようで大変、よくお似合いです……」
やたら説明口調でそう話すデイジーに、マーガレットは一瞬「なんだこいつ」という顔をしたがすぐに笑顔を取り繕ってみせる。隣国の王子夫妻の前だ、彼女もまたデイジーと同じように「子爵夫人」という立場で行動を取らなければならない――そんな己の任務を思い出し、扇で口元を覆ってみせると優雅に微笑んでみせる。
「お褒めに預かり、光栄ですわ。今は舞台『怨霊の叫びを聞いてくれ』の影響で青が流行ですから、私もそれを身に着けたいと思っておりましたので……そういえば、ブルーノ様も私と同じ青系統のものをお召しですね。けれど、さすがはブルーノ様。そのお姿、カッコよくて惚れ惚れしてしまいますわ……」
そう言い終えれば、マーガレットはデイジーと共に示し合わせたように笑ってみせる。
……今の会話を聞き流す者がいるとしたら、その人物はよほど鈍感か心臓に毛が生えているに違いない。
少なくとも伯爵は、二人の間で火花が散っていることに気がついていた。
(まずい……非常にまずいぞ……)
身から出た錆のその修羅場に、伯爵は焦りの感情を頭いっぱいに浮かべる。
これがダリアの時のように、純粋に「伯爵を奪い合っている」のなら良いが今のマーガレットの場合は違う。もう伯爵のことは吹っ切れている、結婚生活にだって不満はない。だがデイジー――かつて関係があった男の、今の妻より優位に立ちたい。女として少しでも、優越感に浸りたい。そんな虚栄心だけが彼女を突き動かしている……女心に聡い伯爵は、いち早くそれに気がつき心の中で頭を抱えていた。
時代や環境、年齢を問わず世の女性はだいたい一人ぐらい「周りにやたらマウントを取りたがる同性がいて困っている」と考えているのではないだろうか。
女同士の無意味だが、陰湿でドロドロした争い。勝ったところで得るものはないはずなのに、なぜか敵対心を抱いたり抱かれたりしてしまう。単なる嫉妬とは違う、「癪に障る」という不快なその感情は時に女性を狂わせるものである。今のマーガレットだってそうだ、仮にここでデイジーを打ち負かしたところで別に何か良いことが起こるわけでもない。伯爵自身にはもう興味がないし、子爵夫人としてそれなりの幸せを掴んではいるのだ。それをわかりきっていてもなお、煽らずにはいられない。デイジーのように地味な見た目の女が、昔の自分に関係のあった男と夫婦でいることが気に食わない――そんな絶妙に面倒臭く、黒い感情を感じ取ったのは伯爵だけではなかった。
「ずいぶん、含みのある言い方ですねぇ。まるでモンターニャ伯爵との間に何かあったか、デイジー様が伯爵の妻であることが気に食わないみたいな……何か思うところでも、あるのですか?」
ド直球火の玉ストレートな発言をかましたのは、どれだけ空気を読まない言葉を口にしたとしても何の不利益を被ることもない女性。ご存知、ガーベラ王女である。
もともと侯爵令嬢であり、今となっては「隣国王子妃」という強い肩書を手に入れた彼女はちょっとやそっとのことじゃその地位は揺るがない。仮に揺るぐようなことがあったとしても、それをどうにかするぐらいの反骨心を持ち合わせている女性である。
そんなガーベラ王女を前にすれば、先ほどデイジーに喧嘩を大安売りしたマーガレットも怯んだ様子を見せる。沈黙すれば無礼、下手なことを口走ってもまずい。そんな状況に陥って、焦っているのは伯爵も同じだった。
(なんだ、話がまずい方向になってきたぞ。このままシン王子夫妻の前で粗相をしたら、僕もマーガレットもただでは済まない。マーガレット、いくらデイジーが地味だからといって、なんてことを……)
どこまでもデイジーを地味扱いしたいドアホ伯爵、しかしこういう場面での頭の回転はやはりマーガレットの方が早いようだ。
「まさか。私はただ、美しいものを見たら美しいと口にしようと心がけているだけでございます。美術に造詣が深いと名高いシン王子様も、よくご存知でしょう?」
「あぁ、うん、まぁ……僕は美しいだけが芸術だとは思わないけど、その意見も一理あるね」
自分の存在を話からさらっと逸らしつつ、この場で尊重すべき相手であろうシン王子に得意分野を振る。王子はなんだかんだ紳士である。そのまま、自分の芸術について気前よく話始める。
「芸術には様々な形がある。文学も音楽も、美術もダンスも……色々あるけれど、そのどれもが基本的にイマジネーションとリアリティーの融合だと僕は思っている。醜さの中に美しさを見出したり、美しさの中に醜さを見出したり……創作者はそのバランスを調合し、楽しむことによって何かを作り出す。僕もそうさ、自分なりに追い求める何かを絵筆に乗せて絵画を作り出している……それが、この国でも受け入れられているようでとても嬉しいよ」
シン王子の言葉に、伯爵はデイジーが持っていた画集を思い出す。
宙に浮かぶ巨大な建築物、人間じゃないが人間の姿をしている何者か、何かが爆発しているとしか思えない派手な色使い。
(……あれがこの王子なりの『美』なのか……?)
頭上に巨大な疑問符が浮かぶものの、言葉だけ聞けば立派な心意気だ。デイジーもマーガレットも、口々にそれを褒め称える。それを上手にいなしながら、今度はガーベラ王女が口を開いた。
「それを言うなら、私の剣術も立派な『芸術』ですね。剣を通して自らを高め、その腕を磨いていく……どんな高みにまで登ろうと、その道に終わりはありません。今でこそ王女という身分に落ち着いてしまいましたが、私もそれを怠る気はございません。今日だって殿下とこの国の王様に無理を言って、この国の騎士に決闘をせがんだのですよ」
王女とはいえ、というか王女というそれなりに責任ある立場のくせに、宝石やドレスをねだるようなノリで隣国の騎士に決闘をねだって良いものだろうか。
たぶん、伯爵含めた誰もがそう思っただろうが意を唱えることなどできはしない。
……騎士の身からしたら、他の国の王族に稽古をつけてもらえるのは名誉と言えることかもしれない。それに、ガーベラ王女の「おねだり」を叶えたらしいシン王子もそれに乗り気なようだ。むしろ、自分の妻の願いを叶えてやったことを誇りに思っているような素振りすら見せ優しくはにかんでみせる。
「うん、僕も活き活きとしている妻を見ているとインスピレーションが湧いていて良い絵が描けるから……どうかな? 君たちもこの僕の妻が戦う姿をぜひ、目にしてみないかい?」
王子としては、自分の妻が戦う「美しい」姿をこの国で自慢したいという思いがあるのだろう。
だが、女大好き好色プレイボーイ馬鹿の伯爵はそんな勇ましい女の姿を見たいと思うことなどなく……さりとて、どう返したものか迷っていれば先にデイジーが口を開く。
「まぁ、ガーベラ王女が戦う姿を見られるのですか? 私、ぜひお目にかかりたいです!」
胸の前で手を組み、目を輝かせるデイジーはその日一番の眩しい笑顔で――伯爵とマーガレットの顔が引きつったことなど、全く気がつかなかったようである。




