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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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人が一番言われたくないことをいけしゃあしゃあと口にしやがって

 伯爵はただ顔がいいだけでなく、自分を魅せるのが上手い人間である。


 例えば話術であるとか所作であるとか、そういうさりげない部分で自分の魅力を高めるのだ。同性から見てもきちんとした印象を見せ、どことなくキラキラしたオーラを発するそのファッションセンスもまたその一例でしかない。


 ガーベラ王女とシン王子の来訪に一悶着――実際は「一」どころでは済まなかったが、この際それについて言及することはやめておこう――あったものの、伯爵は着々と隣国の王子夫妻が出席する場面に向けての準備をし始めていた。


 例えば流行の服。巷では『怨霊の叫びを聞いてくれ』の影響が強いのか男性でもヒロインと同じ淡青色などの「青」を中心とした寒色系がオススメとして紹介されている。ワンランク上のファッションに挑戦してみよう、と思う者の中にはクライマックスに登場した真っ赤なドレスのような格好に手をつける者もいたが、今回は王子夫妻が来場する場だ。伯爵は無難に群青色を基調とした生地に金色の装飾を施した、上品な中にそれとなくゴージャスな趣向を凝らした服を着て出席することとなった。


 それを聞かされたデイジーはというと伯爵と同じ青系統、胸元にはシンプルながら質のいい首飾りをつけ、やはりエレガントな中に華やかさを漂わせる佇まいをしている。


 事情を知らない第三者を見れば、二人の姿は「堂々とした態度の美男子とそれを陰でそっと支える優しい妻」の姿に見えるだろう。サラがデイジーを会場に送り届けるまで「ちょっと暇つぶしに」とナイフでジャグリングしていたことや、屋敷に残された使用人たちがこっそり羽を伸ばしながら「今日、あの夫婦何をやらかしてくると思う?」なんて下世話な会話をしていたことなど、誰も考えはしない。それぐらい伯爵とデイジーの息はぴったりだったし、「伯爵夫妻」としての肩書を与えられるにはふさわしい態度を取っていたわけであって――出席者の数々と談笑をしていれば、ついにガーベラ王女とシン王子がこちらに気が付いてズカズカと伯爵たちの方に歩み寄ってくる。


 最初に話しかけたのは赤茶色の髪がよく似合う、長身のガーベラ王女だった。その姿は樹齢を重ねた広葉樹のようで、その場に存在するだけでも圧倒的な存在感を放っているように見える。加えて目立つのは、生まれ持った体格だけでなくどんな相手であろうと一切容赦しないその胆力。しかし、そんな彼女も今、この場では一応、一国の王女だ。淑女としてのマナーは頭に叩き込まれているらしく、優雅に扇を広げると洗練された動作で会話を続けてみせる。


「ご機嫌よう、ブルーノ・モンターニャ伯爵。デイジー・ポッツオ伯爵令嬢とご結婚なされたと言うのは本当でしたのね。私、最初に聞いた時は耳を疑ってしまいましたのよ。あなたのような方がまさか本当にそんなことをするなんて、ねぇ……まぁ、私から言えるのは『末永くお幸せに』ってところでしょうねぇ」


(このアマ……いきなり、人が一番言われたくないことをいけしゃあしゃあと口にしやがって……!)


 そう言いたくなるのを、伯爵はぐっと飲み込む。


 なんだかんだ女好きの彼は一応、女は「女」として愛している。

 例えば女にばかり働かせて自分は何もしないヒモ男とか、気に入らないことがあると暴力に訴えて相手を屈服させるようなことはしない。仮にそうさせるとしても、伯爵はうまいこと詭弁を働かせて相手にそう仕向けさせるようなタイプである。それはそれでクズの行動原理だが、とにかく伯爵はそういうタイプなのだ。だからどんなに失礼なことを言われても、あからさまに嫌な顔をするようなことはしない。まして相手は王女なのだ、伯爵はとりあえず口元をひくつかせながら、少なくとも表情は穏やかな笑みを浮かべてみせる。


 そんな伯爵に向かって、助け舟を出したのはシン王子だった。隣国の王族のみが身に纏うことを許される、真っ赤な衣装は伯爵たちの国の衣装と違い独特の文様が施されている。幾何学的ながら美しく、聡明な印象を受けるがそれを着る当人はなんとなくおっとりした様子に見えた。


 こんな穏やかそうな男が、あんな何かが爆発したとしか思えない絵なんて描いているのか……そんなちょっとした驚愕と共に、シン王子はふんわりとその場を包み込むような柔らかさで伯爵夫妻たちとの間に流れる緊迫した空気を一瞬で和ませてみせる。


「ラブストーリーは突然、とか、出会った瞬間『この人だ!』と感じ取るというパターンも多いようですし……過去はどうあれ、伯爵が良き伴侶に恵まれたのならそれはとても良いことでしょう」


 シン王子の優しく、穏やかな口調。その空気に、四者の間にあった火花が一瞬弱まったような気がしたが……伯爵は「ん?」と思い浮かべる。


 女大好き、美女ならもっと大好き。そんなどうしようもない、本能に抗うことのできない畜生以下のことばかり考えている伯爵であるが、もともと頭は切れるのだ。シン王子のさりげない、しかし重要な言葉に素早く反応する。



(いくら僕がモテモテで、社交界きってのプレイボーイだからってなんで隣国の王子までそんなことを知っているんだ……?)



 ずいぶん自己語りの激しい疑問であるが、そこで抱えた違和感はとりあえず、それ以上言及しないことにする。曲がりも何も、相手は隣国で王家の血筋を引く者。下手なことをして、「不敬罪だ!」などと首を撥ねられる可能性もゼロではないのだ。


 どことなくオーラがあるわりに、謎の多いシン王子とガーベラ夫妻。そんな二人に頭をフル回転させる中、その回転に水を差す人間が現れてくる。


「あら、ブルーノ様! 今回のパーティー、ブルーノ様もご出席なさっていたのですね! ……一緒にいる女性は、奥様ですか」


 後半に近づくにつれ、徐々に低くなる声のトーン。その聞き覚えのある声に、伯爵の血の気がさっと引いていく。


 かつてツインテールにしていた髪は後ろの方で一つにまとめた金髪の美女。


 伯爵の元愛人マーガレットはガーベラ王女とシン王子、そして本妻であるデイジーがいるにも関わらずズケズケと伯爵の方へ歩み寄り、かつて伯爵が「妖精のようだ」と称した可愛らしい笑顔をにっこりと伯爵に向けてみせるのだった。


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