めんどくせーな
アホのくせにプライドだけはやたら高い伯爵は、結局デイジーの寝室を訪れることはなかった。
代わりに屋敷に飾られたデイジーとダリアの肖像画を見て、その絵の上手さに感心するやら「本妻と愛人の肖像画が並んで飾られている」という状況に混乱するやらとちょろちょろ間抜けなことばかりしていたが……隣国のシン王子とガーベラ王女が来訪するという、結構重要なイベントは絶対に来る。そして伯爵家であるこの家がそれに参加するのは半ば強制されているものであり……そのための準備もまた、必要なことであった。
「私のドレスの色は、旦那様のお洋服に合わせようと思います。エスコートと王子夫妻への挨拶だけ済ませていただければ、私のことは放っておいても結構ですので。出席なさる他の方と、お好きなようにどうぞ」
夕食を口に運びながら、淡々とそう告げるデイジー。
傍に控えているサラがじっと伯爵のワインの方ばかり見ているのが気になる――ひょっとして飲みたいのだろうか。そんな二人を見据える伯爵の、フォークを握る手にぐっと力が入るが二人は意に介さない。のほほんと、一口一口を噛みしめるデイジーは伯爵のことなど全く気にしていないようだった。
相変わらず伯爵はデイジーに対してツンツンした態度を取り続け、そのくせ他の色んな女のところには足繫く通うという無能ムーブメントをかましている。そのため、こうして夫婦で食卓を囲むのは結構珍しいことなのだがそれをありがたがっているものは誰一人として存在せず……ただ厨房にいるシェフだけが、「チッ、今日は二人分かよ。めんどくせーな」と愚痴を零すばかりだ。
そんな労働者たちの事情はさておき、デイジーと伯爵がシン王子夫妻が出席するパーティーに向けて夫婦で打ち合わせを行うべきということは事実である。
そもそも伯爵がデイジーと結婚したこと自体、こういうパーティーなどの時に「あの伯爵は結婚もせず女遊びばかりしている」と言われるのを防ぐためなのだ。他の伯爵家のパーティーだとか、お茶会だとか、「夫婦ご一緒で」と言われた時はお互いに取り決めを行ってそれなりに上手く「夫婦」を演じることに成功している――例外なのは、『怨霊の叫びを聞いてくれ』の舞台の時だけだった。
(……ダリアとデイジーのダブルブッキングにばかり目がいっていたが、あの時はデイジーが一人で『自分だけ参加する』と決めていたんだよな……)
そんなことに気がつき、伯爵は勝手に腹を立てる。
わざわざ過去のことをほじくり返し、勝手に怒り出すなど女々しいことこの上ない行為だが伯爵はイライラした様子でデイジーを睨みつける。
「そうやって、勝手なことをするつもりだろう。全く、契約妻の分際でいい気になって……僕のやることに口を出すな、と最初に言ったはずだろう。それを忘れたのか?」
「忘れてなんかいませんよ。私は旦那様を独占しようだなんて思っていません、むしろ素晴らしい男性は皆さまで共有されるべきだとすら思っています。ダリア様も、マーガレット様も、旦那様を愛する自由はございますから……私に、それを咎める権利はございません」
「っそうやって、澄ました顔で勝手なことをするのが気に食わないと言っているんだ! とにかくもう、ウロチョロするな! 僕を振り回すな! いや、もう、本当に、大人しくしろ!!」
途中からむちゃくちゃになってくる伯爵だが、それでもテーブルマナーはきちんとしているあたり一応は「伯爵」である。大声を出すのは最大のマナー違反じゃないのか? という何者かの声はさておき、デイジーは優雅に食事を続ける。その所作は伯爵に負けず劣らず、洗練された動作で美しかった。
「そうおっしゃいますが、あなた様の妻が務まるのは私ぐらいのものだと思いますよ。明るく、眩しい旦那様を光とするならば私はそれにひっそりと寄り添う影……決して表に立つことはあく、ただ裏の方でひっそりと生きるだけです。日の光の下で生きるのは、ダリア様や魔ガレット様のように美しい方で十分……けれど、夜までそうであるというのは結構疲れるものですね」
そこで初めて、デイジーが真っ直ぐに伯爵の方を見据える。
そこには、怒りも妬みも存在しない。ただ虫でも見るかのような、無感情な瞳……それに一瞬、伯爵が驚いた隙に傍らで控えていたサラがデイジーの方へ駆け寄る。それからほんの少し、会話したかと思うとサラはさっとその場を立ち去った。それを見送ると、デイジーが再び口を開く。
「旦那様、私はあなたのおっしゃる通り『契約妻』です。なので、契約が果たせないのならこの伯爵家にとって用なし……意外と、ギリギリの立場で頑張っているのですよ? ……まぁ、それをどうこう言うつもりはございませんが……頭の片隅に、ほんの少しでもそれを留めていただければ幸いです。……あ、あと私、個人的にガーベラ様のファンなのでできればパーティーでもたくさんお話がしたいと思っています。そこもまた、ご了承ください……」
しれっと自分の要望を口にするデイジーは、もはや伯爵の方を見ようともしない。ただもくもくと夕食をとり、それが終わると伯爵と一言も口をきかず……黙って、その場を立ち去っていく。
(……なんだ、僕が悪いと言いたいのか)
実際その通りなのだが、伯爵はそれを認めない。
自分の非を認められない、愚かなるエロ伯爵はぶつけようのない怒りを自分の中でわなわなと震わせる。
「あの、旦那様。お食べにならないのなら、そろそろお下げしても……」
「っうるさい! まだ食べる! 完食する!」
家令の遠慮がちな言葉に、伯爵は子どものような口調で言い返すとそのままガツガツと食べ続ける。もうマナーもクソもあったものじゃないが、使用人である彼らはそれを咎めることはない。
ただシェフが厨房でこっそり、「いいから早く食えよ。いつまで経っても片づけらんねぇじゃねーか」と毒づいているのだった。




