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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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待て待て待て待て

 バトル漫画などでよく、「攻撃が早すぎて見えなかった」「俺でなきゃ見逃しちゃうね」という表現が為されることがある。


 これはスポーツの世界だと実際に起こりうる、マジでリアルな本当の現象である。

 お互い、少しでも隙を見せれば命取りの状態で強者同士が思う存分に力を発揮する。見慣れない人間からしたら一体何が起こったのかもわからないほど超高速で、勝敗が決まる。もちろん、それをジャッジする審判もまたそれ相応の動体視力を求められるものであるが――少なくとも今、ほとんどの人間はガーベラ王女を前にぽかんとすることしかできなかった。


「次!」


 短い命令に、即座に騎士が反応して剣を手にガーベラ王女へと立ち向かう。


「押忍!」という、この世界にそんな表現あったっけ? と首を傾げたくなるような返事をしながら駆け寄るその姿は明らかに本気だ。相手は隣国の王族、それも元を正せばこの国の侯爵令嬢なのだからかすり傷一つでもつけたら非常にまずいと思うのだが……ガーベラ王女はそんな心配などどこ吹く風で、騎士たちを次々と薙ぎ払っていく。


「なんと素晴らしいのでしょう! 『ちぎっては投げ、ちぎっては投げ』という表現がここまでぴったりな状況なんて他にありません! もう、最高です! ブラーヴァ! エクセレント! チョベリグ―!」


 もはやどこの国の言葉なのかわからない表現を交えながら、王女を褒め称えるのはデイジーだ。


 隣にいる伯爵がこの流れについていけないことも、「そもそもデイジーに剣や格闘技の世界がわかるのか?」という訝しんでいることもデイジーは気にしない。もっとも、興奮している女性はデイジーだけではなかった。一部の貴族夫人や令嬢たちも同じように、男なら誰もが欲するだろう黄色い歓声を惜しみなく王女に向けて浴びせている。それに応えるように、ガーベラ王女も全力で――先ほどデイジーとマーガレットの間で流れたドロドロした空気を吹き飛ばすように、すかっとした戦いっぷりを見せつけていた。そうして戦いの場がひと段落すると、満足げにデイジーたちの元へと戻ってくる。


「いやぁ、ガーベラはやっぱり強いね。見ていて楽しいや、ワクワクするよ」


 労いの言葉をかけるシン王子に、王女は「当然!」と返す。それから、どちらからともなく手をグーの形にするとそれを軽く突き合せた。どうやらこの夫婦なりの親愛を示す合図のようだ、その姿はもはや「夫婦」というより「戦友」な気がするが……ともかく、再び社交の場へと戻ったこの会場で唖然としていたマーガレットが慌てて淑女としての態度を取ってみせる。


「お、お見事でしたわ王女様。私、剣の道には疎いのですが本当に素晴らしかったです。もう、本当に、言葉が出ないぐらいに……」


「そうですか? でしたら、マーガレット様も剣を振るってみてはいかがでしょう?」


 ガーベラ王女の唐突な提案に、マーガレットは「えっ」と顔を引きつらせる。


「何事も頭でっかちで、体を動かさなかったら気持ちは下り坂になる一方です。王族であろうと、女性であろうと、強さを求め己を鍛えることはとても大事なこと。ですから、四の五の考えずにまずは鍛えましょう。何、小さなことからコツコツ始めれば良いのです。まずは基本的な素振りからご一緒しましょう」


 王女が言い終わるか早いか、騎士がさっと訓練用に使う木の剣をマーガレットたちの前へ持ってくる。


 ……彼らはこの国の騎士なのに、隣国の人間の言うことを素直に聞いて良いもののだろうか?

 そんな疑問を呈する暇もなく、王女は満面の笑みでそれを受け取りマーガレットとデイジー、それから伯爵に手渡した。「えっ」ととぼけた声を出す伯爵を前に、王女はぶんと剣を振り回した。


「武の世界に老いも若きも、男も女も関係ありません。さぁ、まずは素振り千本から始めましょう。殿下もご一緒に!」


 ガーベラ王女に促され、シン王子は「やれやれ」と肩をすくめながらも木の剣を取ると言われた通りに力強くそれを振るう。


 ……つまりシン王子はガーベラ王女の提案、「今からみんなで素振り千回」に同意したというわけである。このパーティーにおける大物ゲスト、王子夫妻が率先して行ったとあればそれを拒否するわけにもいかず――「いや、でも……」と口ごもる他の貴族たちを遮り、大声を出したのはデイジーだった。


「さすがはガーベラ王女です! 少々の悩みは汗を流し、気合を入れれば吹き飛ばせるというもの! さぁ、私たちも剣を振るいましょう! 旦那様とマーガレット様も、みんなご一緒に!」


 その言葉と共にデイジーが剣を振るえば、出席者はなし崩し的にそれぞれ素振りを始める。ガーベラ王女に「もっと高く振り上げ、下ろす時は一気に!」と檄を飛ばされながら……パーティー会場はいつしか、ガーベラ王女による剣術指南教室に変化していた。




(……待て。待て待て待て待て。今日はパーティーだろう、剣を取る場ではないだろう。というか隣国から剣術を教わるって、外交的にどうなのか? 国防とかそういう問題を、デイジーは考えていないのか……?)




「モンターニャ伯爵! あなたも早く!」


 困惑する伯爵を、ガーベラ王女は強い口調でそう言いつける。その勢いと場の空気で、伯爵は仕方なしに剣を振るうが――それが本当に千回をカウントされるまで、伯爵は一回も手を緩めることができず最後にはみんなクタクタになってしまったのだった。


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