僕は一体、どうすればいいんだ……!?
伯爵はスケベで女たらしのどうしようもないクズだが、決して常識がないわけではない。
頑張っている人はその努力を評価され、報われるべき。罪を犯した者はその裁きを受け、厳重な処罰をするべき。不当な税金によって私腹を肥やしたり、何の罪もない領民をいたぶって楽しむ悪徳領主のような真似事もしない。その点において、伯爵は一応それなりに良識のある普通の人間と言える。少なくとも「浮気性じゃなければ、いい人なんだけどねぇ……」と言われるぐらいには、まともな人間であった。
だから、デイジーから「ダリア様に似合うでしょうから」と渡されたドレス――『怨霊の叫びを聞いてくれ』のクライマックスに登場する真っ赤なドレスを馬鹿正直にダリアへ渡すようなことはしなかった。実際、ダリアがこれを着たら南国の色鮮やかな花のごとく美しくなるだろうとか、眩しいばかりの美しさを放つダリアを連れ回し愛でる愉悦とか考えはしたが、実行には移さなかった。
さすがにダリアをデイジーの前に連れ出すのはまずい、デイジーはどうでも良くてもダリアの方が機嫌を損ねたら困る。どうせプレイボーイなんだから他の女を見つけたらいい、と思われるかもしれないが伯爵は一応、ダリアのことが好きだし愛しているとは思っているのだ。そんなダリアを悲しませたり、怒らせたりしたくない……それは良心とか誠実さとかいう話ではなく、ただ単に面倒臭い揉め事を起こしたくないからという非常にゲスな理由なのだが当の伯爵は真面目にそう考えている。
だから、デイジーとダリアが鉢合わせすることはもう二度とないようにと思っていたのだが――
使用人たちが歓声を上げる中、ダリアとデイジーが互いにボールを蹴り合っている。どちらも動きやすいパンツスタイルで、必死に走り合ってはボールを奪い合い、屋敷の庭に作られた簡易的なゴール――サラがさっき適当に書いた地面の線に向かってひたすら熱戦を繰り広げている。
「……どういう状況だこれ」
伯爵が呆然とそう呟いたのにも気づかず、使用人たちはいつ用意したのかタオルや簡易的なメガホンを片手に熱狂に満ちた声を上げていた。
◇
「ダリア様が屋敷に乗り込んできて、デイジー様に勝負を挑んできたのです」
最終的にデイジーの華麗なシュートが決まった後、一時休戦となったらしいダリアとデイジー。使用人――というかもはや「観客」になっている彼・彼女らに世話をされる二人の代わりに、伯爵へ事情を話したのはサラであった。
「最初はデイジー様も乗り気ではなかったですし、私もダリア様にお引き取り願おうと思ったのですがダリア様がどうしても『ブルーノ様の愛は私のものにある、それを証明したい』とおっしゃるもので……それからお二人は美貌対決にファッション対決、料理対決に刺繍対決、視力対決に水泳対決、他にも物真似や走り幅跳びなど……とにかく決闘を、続けていらっしゃるのです」
「……その全てにデイジーが勝ち続けている、というのか?」
水泳対決は僕も見たかった、という感想を飲み込み伯爵は怪訝な顔でそう尋ねる。
単純な見た目の美しさなら、ダリアが圧倒的に上だ。それは契約妻であるデイジーと、愛人であるダリアの立場の違いからしても明らかな事実である。それだけではない、「ダリアは愛嬌があって可愛らしいがいい感じに色気もあって非常に男心をくすぐる」という伯爵の依怙贔屓フィルターを除いてもダリアはそれなりに優秀な人間だった。頭の回転は早いし礼儀作法も身に着けている、運動もそれほど苦手ではないようだ。
そんなダリアを、あの地味なデイジーが上回るのか――? そんな疑問に、サラは「いいえ」と頭を振る。
「どちらも普通に、勝ったり負けたりしていますよ。視力と足の速さはデイジー様が圧勝でしたが、水泳や物真似ではダリア様も負けていませんでした。特に刺繍は、デイジー様に一生を捧げると誓ったこの私ですらも見とれるほど美しいものをダリア様がお作りになって……この伯爵家の屋敷というアウェーの会場で、ダリア様はよくやっております」
「なら、なぜずっと勝負を続けているんだ」
今度は歌唱対決をする、と決まったらしいデイジーとダリアはそれぞれ使用人たちと相談しながら何を歌うか決めている。冷静に考えれば契約妻とはいえこの屋敷の女主人にあたるデイジーが発言権を持ちそうだが、一連の勝負を経てダリアもそこそこ人気を獲得しているようだ。「ダリア様、次は頑張ってください!」「負けないで!」などという声援の最中、歌い始めるダリアにちょっとわけがわからないといった顔を向ける伯爵。結構上手いその歌声を邪魔しないよう、サラは小声で伯爵に説明をする。
「それが、デイジー様が負けても『わーすごいですねー参りましたー』と素直に納得してみせるのがダリア様は気に入らないらしく……とにかくぎゃふんと言わせてやる! と豪語してずっと新たな勝負を仕掛け続けているのです」
サラにそう言われれば、感情の濃淡を見せず淡々と拍手をしてみせるデイジーの姿がありありと思い浮かぶ。それに苛立つダリアの気持ちも、想像に難くなかった。全身全霊をかけて歌い切り、拍手喝采に包まれる会場……ではなく屋敷で、今度はデイジーが歌い始める。こちらもそれなりに歌唱力があるらしく、静かに聴き入るオーディエンスを邪魔することもできない伯爵は頭を抱えた。
(いや、おかしいだろ。なんで愛人と妻が僕の屋敷で勝手に一騎打ちをすることになっているんだ。っていうか、デイジーもなぜそれを引き受けて平然としているんだ。もう何もかもおかしいだろ、ダリアもいつもはあんなに愛くるしいのに一体どうしてしまったんだ。あの女、デイジーとサラは周りにいる人間をおかしくするオーラでも放ってるんじゃないのか? 僕は一体、どうすればいいんだ……!?)
伯爵の苦悩など露知らず、デイジーはダリアに負けじと声を張り上げ自らの歌唱を続けるのだった。




