裏も表も
玉座の間での婚礼の儀が終わると、貴族たちの挨拶があり、それからは馬車に乗って帝都を巡る。
さらに夕方から夜にかけて城で祝賀会が行われる。
着替えも何度かしなければいけないし、移動も大変で、目まぐるしい忙しさだ。
疲れはたまるがエリザベスは常に笑顔を崩さずに、疲れを外に見せないでいた。
祝賀会では、ルクスと共に貴族たちと交流する。
この交流で相手がどんな人間で何を考えているかの情報を集められる大事な機会だ。
貴族と話しているのが一段落したのを見計らって、初老の紳士とその後ろには爽やかな雰囲気の青年が二人に話しかけてきた。
「皇帝陛下、皇妃様、改めましてご結婚おめでとうございます」
「リュゲル・クファン公爵とマグザ・クファン様でしたね。ありがとうございます」
リュゲルとマグザはにこやかに挨拶をした後、何故かエリザベスをじっと眺めている。
その視線は品定めというわけではなく、どこか悲し気であった。
「クファン公爵、わたしに何か?」
「これは大変失礼いたしました。ご不快に感じられましたよね?」
二人は真摯に頭を下げてきたので、エリザベスは慌てて首を振った。
「いえ、そうではないのです。何か仰りたいことがあるのではないかと思いまして」
「あぁ、いえ、このような祝いの場で話すようなことでは……」
ルクスが静かにだが圧のある声で話す。
「話せクファン公爵。別に咎めはしない」
「わかりました……実は、皇妃様が病気で亡くなった娘とよく似ていて、容姿もですが雰囲気や声まで……あの子が生きていれば、皇妃様のような花嫁姿も見られたのでは、と考えてしまって」
リュゲルは、眉をひそめて苦し気にだが冷静に語る。
「皇妃様を亡くなった人間に似ている、などと大変失礼なことを………」
「そう、だったのですね……クファン公爵、謝る必要などありません。ご令嬢はたくさんご家族に愛されていたのが、貴方の言葉の端々から伝わります」
エリザベスは心の底から慰めるように、悲しく微笑みながらリュゲルの手をとった。
「クファン公爵、今度ご息女の冥福を祈りに行ってもよろしいでしょうか……もし、ご迷惑なら遠慮いたします」
「まさかそんなっ、皇妃様の慈悲深さに感謝の言葉もございません。ぜひ、我が屋敷にお越しください」
リュゲルはしっかりとエリザベスの手を握り返した。
リュゲルとマグザは、領地についてルクスと話した後、丁寧に挨拶をしてその場を立ち去った。
(家族思いの優しそうな方だけどご息女をなくされているだなんて……とても重くて、深い悲しみがあったのね。最初の挨拶ではわからなかったわ)
エリザベスがぼーっとして考え事をしていると、ルクスにふと手を握られ、こそりと耳打ちする。
エリザベスは、ルクスとの距離の近さにどきりとしたが、態度に出さなかった自分をほめた。
「疲れているだろう? 場も落ち着いてきているから、休憩室で休んでもいいのだぞ」
「あ、では少しだけ飲み物を飲んで参ります」
「あぁ、そうするといい」
ルクスは、自分で休憩を提案したのにも関わらず、エリザベスと手を繋げなくなるぎりぎりまで繋いでいた。
エリザベスが手を見てからルクスの顔を見ると、ルクスが視線の意図に気付いてぱっと手を離した。
「すまん、ゆっくり休んでおいで」
ルクスは口ではそう言っていたが、絶妙に耳が斜め下に下がっている。
一緒に過ごす時間が多くなりわかってきたが、ルクスは気持ちが耳やしっぽにでてくる。
エリザベスはその反応が可愛いなと思っているのだが、本人は人前ではかなり我慢して見せないようにしていて、知られたくないのだろうと追及したことはない。
「……では、行って参ります。すぐに戻ってきますね」
エリザベスが優しく微笑んで、少し足早に休憩室へと向かった。
休憩室に向かう廊下の途中、数名の令嬢たちと彼女たちに囲まれているルーニャの姿が見えた。
(あれは……ルーニャ? どうして令嬢たちに囲まれて……っつ!)
突然、令嬢の一人が手に持っていた飲み物をルーニャに向かって引っかけた。
明らかに悪意のある行為に、エリザベスは息をのむ。
「あ~あ、これでやっとトカゲ臭さが消えたわ。ぷっふふ、その姿がお似合いよ」
「………」
令嬢たちは、くすくすとルーニャをあざ笑う。
ルーニャは何も言わずに、じっと令嬢たちを睨みつける。
「何よその目……トカゲ臭いメイドが城にいるだなんてほんっとに不愉快っ! 何とか言ったらどうなの?」
「………」
令嬢たちがルーニャを煽るが、ルーニャは全く微動だにしなかった。
ただ、その瞳は暗く沈んでいたのだが令嬢たちが気付くことはない。
「本当に腹立たしいわ……っこの女!」
無反応のルーニャにしびれを切らし、令嬢の一人が扇子でルーニャをひっぱたこうとした。
「何をしているのです」
その時、エリザベスの静かに怒気を含んだ声でその行為は中断された。
突然の皇妃の登場に慌てた令嬢たちだったが、慌てたのは短い時間で妙ににやにやと笑い始める。
「あら、皇妃様。いえなんてことはないですわ……ただ少し、トカゲの臭いがきついので、なくそうかと」
「トカゲ……」
(まさか、ルーニャのことを言っているの……?)
ルーニャは、エリザベスを見て不安そう顔になったが何も言わずじっとしている。
何か言って問題を起こせばエリザベスに迷惑をかけると思ったのだろう。
エリザベスは瞳をゆっくりと閉じ、少しだけ気持ちを落ち着かせた。
(そうか……この人たちはわたしを味方だと思っているのだわ。わたしが人間だから)
すると突然、エリザベスはにこっと驚くほどの笑顔を令嬢たちに見せた。
「まぁトカゲの臭いが? そうでしたの、これはこれは驚きです」
「えぇ、本当に。よろしければ、陛下に進言していただけませんか? 変な生き物を城に飼うのはほどほどに、と……」
「いえいえ、わたしが驚いたのは、貴女方はトカゲの臭いを嗅いだことがおありなのですね? どんな臭いですか?」
エリザベスが実に無邪気に質問してくる。
令嬢たちはまさかこんなことを言われるとは思っておらず、全員目を見開いて口を開けている。
「わたし、トカゲはあまり見たことがないのですが、もしかして、飼っていらっしゃるの? しかも、臭いまで嗅いでいるだなんて、とてもお好きなのですね!」
「いえっ、あのっ、違いまっ」
「あら……違うのでしたら……」
エリザベスの顔からすっと笑顔が消えた。
令嬢たちはその差に肩がびくつく。
「ただ単にわたしの専属のメイドに訳の分からない言いがかりをして、虐めて楽しんでいたのでしょうか?」
「専属っ!?……あの、それは」
「彼女はわたしにとてもよくしてくれる優秀なメイドです。この城で正式に雇用して、わたしの信頼もあります。その意味がわかりますか? わたしのメイドを理不尽に痛めつけるという意味が、わかりますか?」
「あ………」
令嬢たちの顔から血の気が引いて、青白くなっていく。
膝を折って、頭を下げる最上の謝罪をする。
「もっ申し訳ありませんっ! 少しお酒でよってしまったようでっ、どうかお許しを!」
「彼女に謝ってください」
「っ……」
彼女たちにとっては屈辱なのだろう。
唇を噛みしめて、爪が食い込むほどぐっと拳を握る。
しばらく固まっていたが、ルーニャの方を向く。
「も……申し訳ありませんでした」
「……はい」
ルーニャは、静かに返事をした。
そこには相手を許す言葉はなく、謝罪を受け入れるという返事だけだった。
エリザベスが小さく息を吐くと「もう行きなさい」と行って、令嬢たちをその場から立ち去らせた。
ルーニャと二人になると、エリザベスは緊張の糸が切れて、ほっと息をつく。
そしてすぐにルーニャの様子をうかがった。
「ルーニャ、大丈夫じゃないわね。かわいそうに……」
エリザベスが心配そうに、常に持っているハンカチでルーニャを拭いてあげようとすると、ルーニャは「これくらいなんてことはないのです!」と言いながら、ぐしぐしと袖で顔を拭ってにぱっと明るい笑顔をみせる。
「助けていただきありがとうございました。見ました? とかげちゃんの臭いを嗅いだって言われた時のあの人たちの顔、笑うの堪えてたんですよ! 本当にすっきりしました。ほんとに……ほんとに……」
にぱっと笑っていたルーニャだったが、なんだか泣きそうになってきている。
やはり怖かったのだろうと思い、ルーニャを慰めようとエリザベスはルーニャの頭を優しく撫でる。
すると、我慢が解かれたようにぽろぽろと涙が流れた。
「ルーニャ……怖い思いしたわよね」
「そうじゃないんです……うれじくで……」
「え?」
「人間の人であたしをこんな風に想ってくれる人いなくって……うれ、しいんです」
「ルーニャ……」
「ありがとうございます。エリザベス様……うぅ、あたしやっぱりエリザベス様、大好きですぅ」
「うん、わたしもルーニャのこと大好きよ」
エリザベスが優しく微笑むと、ルーニャは泣きながらにこっと笑った。
「とにかくそのままだと風邪をひいてしまうから、着替えてきて」
「わっかりました! すぐに着替えて、すぐに戻ってきます!」
ルーニャはにっこにこの笑顔で手を振りながら、足早に去っていった。
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ルーニャは自室に着くと服を脱いで顔にべっとりとついた飲み物を水で洗い落とした。
「んー……濡れてないよね」
太ももや腹に括りつけたベルトにいくつか装備している短剣を抜いて、使えそうか確認する。
ぎらりと光る刃は、肉を切り裂くには十分だ。
「えっへへ、やっぱりエリザベス様はお優しいなぁ……ぜったいにお守りするんだからっ」
ルーニャはうんうんと頷いて気合を入れ直し、着替えを終えて祝賀会の会場へと戻った。




