17話 バーチャルエアメガネ
黒い物体の胴体に、鋭い斬撃が走る。
その傷口から黒い液体が吹き出し、地面を真っ黒に染め上げた。
太一は、息を切らしていた。
何回倒しただろうか、既に分からなくなっていた。
剣を持った黒い人間は、何度も復活する。
太一は、剣に慣れていなかったので、実戦の中で慣れていくしかなかった。
「まだ生まれてくるのか・・・。さすがに、疲れてきた」
口とは反対に、体はいつも以上のポテンシャルを発揮していた。
疲れがでてくるほど、太一の身体は軽くなってゆく。
それは、感覚が鋭くなる能力のせいである。
普通の人間ならば、疲れにより体が重くなる。
太一も疲れを感じているのだが、体はいつも以上に機敏に動く。いや、動かされていた。
黒い人間の身体がみるみる回復して、また襲ってくる。
戦い初めのころは、奴の剣を何度も体に打ち込まれていた。
剣でガードしようとすれば、下から掬いあげるような縦切りにはじかれ、切り込もうとすれば、剣を振り上げた瞬間の隙を狙われ、斬撃が体の一部に直撃していた。
バーチャルな世界なので、体に傷を負うことはなかったが、痛みはリアルになっている。
何度も何度も戦ううちに、隙のない剣筋、カウンターをされない瞬間、有利な間合い、相手の懐に踏み込む足を学んでいった。
太一は、接近してくる敵の距離を感じ取り、リーチに入った瞬間に、足を踏み込んで、剣を横へ薙いだ。
真っ二つに切り裂かれる黒い身体。返り血を浴びる太一。
白いワイシャツは、真っ黒になった。
「うわ、なんだか生臭いぞ・・・」
匂いを嗅いでみると、それはイカ墨の匂いだった。
「なんでイカ墨が、血液なんだよ」
バラバラになった黒い人間の身体が消えて行く。
太一は、安堵した。
黒い人間が復活する際には、切り裂かれた体が複合され、一つの身体に戻ったからだ。
パーツが消えれば、敵は消滅したと考えるのは、もっともな考えだろう。
だが、安心していられたのは、少しの間だけであった。
太一から少し離れた地面から黒い液体が、湧き出てきた。
それは、どんどん一つの空間を埋め、人型の形を作ってゆく。先ほども黒い人型だったが、決定的に違うことがあった。
それは、かなり大きかったのだ。5メートルくらいあるだろうか、黒い巨人が、太一の目の前に現れた。
巨大な剣をもち、仁王立ちしている。
「こんなでかい奴と、現実で戦うことなんてないと思うんだけどなぁ・・・」
太一は、そう思いながらも、剣を構え、間合いを詰める。
巨人は、上半身を捩じり、巨大な剣を振り下ろした。
振り下ろされた剣が、地面に着地する瞬間に、足を左方に寄せ、寸時に避ける。
振りの大きい動作の隙を突いて、巨人の足に剣で切り込んだ。
だが、剣は弾かれた。
その反動を利用し、宙を帰り、後ろに跳び距離を取る。
太一は、驚いた。
普段、運動神経が良くない太一だが、戦闘時間が長くなるにつれて、想像以上に運動能力が向上していた。
「それにしても、あの巨人の足は硬いな。よし、今ならいけるかもしれない。跳んでみるか」
今いる場所よりももっと後方へ下がる。
巨人は近づこうと歩いてくる。
が、足は遅く、なかなか距離は縮まらなかった。
太一は、巨人へ向かい走り始めた。全速力で駆ける。
太一の俊足を迎撃する巨人の剣撃。
それよりも早く、跳躍した。
弧を描くように体は飛び、腰の部分に着地した。
そして、巨人の身体を踏み台にし、頭まで上った。
太一は、両腕を振りあげ、剣を巨人の頭に突き刺した。
「いっけえええ」
剣は頭を貫いて、大量の黒い血があふれ出した。
うめき声をあげる巨人。
太一は、頭から飛び降り、地面に着地した。
巨人は、横に倒れ、もがき苦しみ、そして、果てた。
「やった、勝った!あはは、俺にもできるじゃないか」
太一は、巨人に勝利した。純粋に嬉しかった。
能力が強化されたわけではないが、敵を倒すことができる剣術は、これからの実践で役に立つからだ。喜んでいると、太一の目の前が再び青い光に覆われた。
あ、現実にもどるのか、と太一は思った。
目を開けると、そこは、自宅の庭だった。
「あ、太一終わったのね。どうだった?バーチャルエアメガネは。実戦の訓練になったでしょ?」
「バーチャルエアメガネってすごい道具だね、これ。敵は手ごわかったけど、剣の技術は上がったしたきがするよ。あと、普段よりすごく体が動くようになった」
「感覚が鋭くなる能力のおかげね。痛みを抑えて、風の能力を向上させるぐらいの能力だとおもったけど、運動神経もよくなるのねー。太一、いい能力を引いたわね。まぁ、バーチャルだから、全て現実にとはいけないけど、リアルにできてるからね」
「そうだね、剣の扱い方を覚えるのも随分早かった気がする」
「これも、感覚が鋭くなる能力のおかげね。太一、バーチャルな世界で活躍してきたみたいだけど、現実世界の太一は面白かったわよ?何もない場所を、ひたすら剣で切ってるんだもの」
くすくす笑う楓花。戦う本人は真剣だが、現実世界にいる楓花にしてみれば、ただの痛い人であった。
「こっちは真面目に戦ってたんだから、面白がらないでよ!」
「ごめん、ごめん。今日の訓練は、終わりにしましょう。もうすぐ、しゃべくり9始まっちゃうしね」
「うん、そうだね」
太一は、風呂へ向かった。
さっきの戦いでかいた汗で服が張り付いた。
それが、とても気持ち悪かったのだ。シャワーを浴び、部屋に戻った。
時刻は、夜の十一時。ベッドの上に置いてある携帯が、メール着信のライトがついていた。
メールを確認すると、加藤クレアからメールが来ていた。
夜遅くにごめん!今日の放課後、何があったか教えてほしいのよ。ほら、私、補習受けていたから、わからないじゃない?だから、お願い!
太一は、今日の放課後にあった出来事をメールに書いて送信した。主に、聖生静が交渉することになったことである。すぐに返信が帰ってきた。太一は、その内容を確認し、了解と一言だけ書いて送信した。訓練がいつも以上にハードだったので、ベッドに入り床に就いた。
次の日の昼休み、太一とクレアと明日葉ゆかりは、屋上の貯水タンクの裏に隠れていた。
昼休みの屋上で、聖生静とAクラスの井九佐美咲の交渉が行われることになっていた。
クレアは、昨日のメールで、静を見守りたいと提案したのだ。
それを、明日葉ゆかりに伝え、今の形になった。
やはり、3人とも心配だったのだ。貯水タンクから離れたフェンスの近くに、静は佇んでいる。
「静、大丈夫かな?少し、不安だわ」
静は、クレアにとって大事な友人である。心配するのも無理はなかった。
「ま、やばくなったら、私たちで介入すればいいよ。でも、今は聖生さんを信用しましょう」
「そうね・・・」
井九佐美咲を呼び出した予定時刻になろうとしていた。
屋上のドアが、音を立てながら開いた。
井九佐美咲は、ゆっくりと歩いてゆく。
「あら、久しぶりね。まさか、あなたが九曾にいるとは思わなかったわ、聖生静」
フェンス側を向いていた静が、振り返る。
「お久しぶりです、美咲ちゃん。小学校ぶりですね。元気にしていましたか?」
「随分なことを聴くわね。あなたのせいで、私がどれだけ苦労したかって・・・ま、そんなことどうでもいい話ね」
「えっ、私が何かしましたか?」
「自覚症状がないって、本当に幸せよね。でも、今はこの話をしに来たわけではないわ。F組の要求ってなにかしら?」
「AクラスとFクラスの抗争が、これから始まろうとしていますよね?」
「そうね。あなたがた、Fクラスの明日葉と吉祥寺が盛大にやらかしてくれたおかげでね。しかも、崇高な生徒会長の前で。これは、許される行為ではないの。私だけじゃないわ、Aクラス全体が、Fクラスに対して怒りを露わにしているの。それはそうよね、生徒会長のようになりたい優秀な者が集まったクラスなのだから」
「そこをなんとかしてもらえませんか?私でしたら、いくらでも謝罪致しますので。あの件は、本当にすみませんでした」
頭を下げ、真剣な声色で謝罪をした。
「は?何を勝手に謝っているの。別にあなたが、問題を起こしたわけじゃないじゃない。しかも、それくらいでは許されないわよ。あ、全体朝会で、明日葉と吉祥寺が、謝罪しながら芸をするっていうのはどうかしら?明日葉には、ストリップでもしてもらって、吉祥寺は・・・あー、あのデブじゃ何もできないわね。あはは、おかしい」
腹を抱えて、爆笑する明日葉。
その笑いには、狂気がにじみ出ていた。
「何を言っているんですか!美咲ちゃんは、そんな人じゃなかったです!ふざけるのもいい加減にしてください!」
胸倉をつかもうとする静。
だが、井九佐はその手を軽くいなして、後ろに下がる。
「そんな人?あなたに、私の何が分かっていたというの。ま、さすがに冗談よ。でね、そこに隠れている誰か知らないけど、そろそろでてきたらどうかしら」
貯水タンクの方へ声をかける井九佐。
3人が隠れていたのは、ばれていた。
「えっ、なんでここにみなさんがいるんですか!?」
静は驚きを隠せないでいた。
「よくわかったね、井九佐 美咲。なかなかいい嗅覚をお持ちじゃない」
明日葉ゆかりは、まず姿を現した。明日葉に続くクレアと太一。
「殺気をそんなに出されたら、さすがに分かるわよ。まぁ、丁度いいわね。私、すごくいいアイデアを思い付いたの。これなら、お互いの欲求を満たせる素晴らしい考えね」
「その考えってなによ?早く言いなよ」
明日葉ゆかりは、問い詰める。
「ま、慌てないでよ。私は、聖生静、あなたと戦いたいわ。もちろん、武器ありの真剣勝負よ。殺さないとは思うけど、大けがは避けられないと思うわ。勝った方が、負けた方に一つ言うことを聴く。そちらが勝てば、こちらAクラスの怒りを鎮めるのに、最大限の処置をするわ。しかも、FクラスはAクラスと戦わなくて済むの。ナイスアイデアでしょ?どうせ、Aクラスと戦ったって、Fクラスが勝てるわけがないんだから、赤っ恥をかく前に、少人数で決着をつけることができるなんて素敵でしょ?」
「えっ、私が、美咲ちゃんと戦うんですか!?」
「そうよ、あなたと一回戦ってみたかったの。天才と呼ばれたあなたとね!でも、負けたら、朝礼で明日葉ゆかりのストリップ大会ね」
指をさし、静に答えをせまる井九佐。
静は俯いた。
友人との戦いに迷いが生じていた。
「静、どうするの?私は、静にはあまり戦ってもらいたくない」
「聖生さん、無理しなくていいよ?私、聖生さんの能力のこと知らないけど、前線タイプじゃないってことは聴いているから」
「聖生さん・・・」
三人は、聖生静を見つめる。聖生静は、俯いていた。
静は、戦いが好きではなかった。
むやみに、人を傷つけることが苦手で、幼少期の苦い体験が、戦いに拒絶反応を起こさせた。
聖生は、ゆっくりと顔をあげ、井九佐の瞳を見つめた。
「私、美咲ちゃんと戦います。これで、わだかまりがなくなるというならやります!」
「いいね、やりましょう。日にちと形式は、あなたたちに任せるわ。私は、聖生静と戦えれば文句ないから。そこの3人も戦いたいなら、Aクラスの優秀な奴を用意するから言ってちょうだい。じゃ、連絡待っているわね」
井九佐は、屋上からでていった。
「静、本当に戦えるの?」
クレアは、静に問いかけた。
「だ、大丈夫です。私、あまり戦いは好きじゃないですけど。でも、私が戦うだけでクラスの争いがなくなるというなら、私はやります」
「聖生さんだけに戦わせるわけにいかないよ。私たちも、戦おう」
「「うん」」
太一とクレアは、頷いた。
「よし、これから作戦会議ね」
太一たちは、自分たちに有利な戦い方を考えた。
なにせ、相手はAクラスの強者だ。
時間が過ぎるのは早く、戦いの日は近づいたのであった。




