第九十八話 王子に下された判決
判決の朝、王都中央法廷の前には二つの列ができていた。
一方は遺族、もう一方は王子の無実を訴える人々だった。
警備隊は双方の通路を分け、傍聴できない人にも判決要旨を配る準備をした。
法廷でレオニスは王族専用の席を求めたが、裁判長マルセルは「この法廷では、あなたは被告人です」と告げた。
証拠調べと最終弁論は前回期日までに終わっていた。
この日、裁判長が行うのは新しい証拠の採用ではなく、既に審理した事実についての判断を示すことだった。
弁護側は通行規制に正当な安全上の理由があったと主張し、検察側も危険な道の一時封鎖自体は争わなかった。
争点は、危険が解消したあとも搬送を止め、解除申請を握りつぶした指示だった。
直筆とされた文書の一通は鑑定結果が一致せず、有罪認定の根拠から外された。
一方、執務長への指示書には受領時刻と返信の控えが残り、複数の証言とも符合した。
マルセルは各資料の出所、反対尋問で明らかになった点、証明できない部分を順に説明した。
傍聴席の遺族が「全部あの男のせいでしょう」
と声を上げると、裁判長は静かに制した。
「認定できない死まで一人に負わせれば、認定できた責任も曖昧になります」
セレナの隣でシーラが尋ねた。
「有罪になれば、もう怖くなくなる?」
「すぐにはならないと思う。でも、あなたが生きていることは判決の前から本当よ」
少女はセレナの手を握った。
判決文は、救援妨害の命令と公文書偽造の指示について、認定した日時、行為、適用条項を分けて記した。
王国刑法の公務妨害・公文書偽造教唆に相当する罪で有罪とし、直接関与を立証できない死亡事例は量刑理由に算入しなかった。
裁判長は禁錮十二年と公職就任資格の剥奪を言い渡し、判決確定までは控訴できることを告げた。
被害者への賠償はこの刑事判決で一括確定させず、別途の請求と救済制度で審査する。
証人への圧力については、王子本人の関与が認められた範囲だけが採用された。
未確認の死亡事例は、別の調査委員会へ送られる。
判決後、記者がセレナへ詰め寄った。
「勝利の感想を」
「勝ったのは誰ですか」
と彼女は問い返した。
「あなたでしょう。追放の名誉も回復されました」
「亡くなった人は帰りません。生き残った人も、明日から突然元気になるわけではありません」
記者は筆を止めた。
セレナは続けた。
「今日の判決が意味を持つかどうかは、次に同じ命令が出されたとき、誰かが止められるかで決まると思います」
夜、シーラは判決要旨を机に置き、学校で使う文字帳を開いた。
まだ難しい字は読めない。
母親が「手伝おうか」
と尋ねると、少女は頷いた。
判決を理解するためだけではない。
これから届く手紙を、自分の目で読めるようになりたかった。
判決のあと、法廷に拍手は起きなかった。
遺族の中には、刑が軽いと怒る人がいた。
反対に、王子が裁かれたことで国が壊れると泣く人もいた。
セレナはどちらの声も聞いた。
裁判は誰かを満足させるための儀式ではない。
事実と責任を、権力から切り離して確かめるための場所だった。
法廷の外で、シーラの母が娘の肩に上着を掛けた。
「これで終わったの?」
シーラはセレナを見た。
「裁判の一つは終わった。でも、記録を直す仕事も、病院を続ける仕事も残っている」
「じゃあ、明日も忙しいね」
「ええ」
少女は初めて、ほんの少し笑った。
判決文の写しが配られると、遺族の一人が書記官を呼び止めた。
「賠償の欄に、うちの娘の名がありません」
書記官は記録を確認した。
娘の死亡は別の事件として調査中で、今回の判決に含まれていなかった。
「では、娘は裁かれないままですか」
「今回の判決では認定していません。調査を終えたという意味ではありません」
女性は納得しなかった。
それでも、訴えを出す窓口と期限を紙に書いてもらった。
セレナはそのやり取りを見ていた。
王子が有罪になった日にも、取り残される人がいる。
裁判が一つ終わることと、すべての被害が救われることは違う。
その夜、シーラは判決の難しい言葉を母に尋ねた。
「『認定できない』って、嘘だったということ?」
「違うわ。今ある証拠では決められなかったということよ」
少女は長い時間考え、紙の余白に自分の名前を書いた。
今度は誰かに消されないよう、丁寧に。
書記官は女性に、未解決の調査番号を渡した。
番号は冷たく見えたが、今度は名前と連絡先が一緒に記されていた。
女性は紙を折らずに鞄へ入れた。
その夜、セレナは診療所の当直表を確認した。
翌朝の担当欄には、いつもの名前が並んでいる。
判決の日も、患者の熱は下がったり上がったりする。
裁判で命を取り戻すことはできない。
それでも、同じことを繰り返さないための一歩にはできる。




