↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/135

第九十六話 罪を認めた男

元院長オルフェンが証人席に立つと、遺族席の空気が変わった。

彼自身の刑事責任は別に審理されるため、裁判長は証言拒否に関わる権利と供述の扱いを説明し、弁護側にも質問の機会を保障した。

誰かが椅子を引く音が、ひどく大きく響いた。

「私は王子の命令に従いました」

最初の一言に、裁判長マルセルは問い返した。

「それは経緯の説明ですか。それとも責任を免れるための主張ですか」

オルフェンは唇を噛んだ。

「両方にしたかったのだと思います」

彼は診断書を偽造した棚の番号を述べ、誰が署名し、どの時間に原本を移したかを答えた。

記録係フィオナが控えを持って現れる。

原本と控えには、一部の日付の食い違いがあった。

「私は後から修正しました」

フィオナは言った。

「ただし、修正した理由と元の数字は消していません」

裁判長は原本の確認を命じた。

自白だけで事実が確定するわけではない。

罪を認めた人間にも、記憶違いはある。

遺族席から女性が立ち上がった。

「あなたは、息子の顔を見ましたか」

オルフェンは答えられなかった。

女性は続けた。

「息子は人参が嫌いでした。熱があっても、妹にだけは笑ってみせる子でした。あなたの帳簿では何番ですか」

「……四十二番です」

「名前を言ってください」

オルフェンは書類を見た。

そこには番号しかなかった。

「分かりません」

女性は泣かなかった。

ただ座り、膝の上で手を握った。

休廷後、セレナはオルフェンから話しかけられた。

「君なら、私を許せるか」

「その質問を私にするのは違います」

「私は、王子に逆らえば医療院が潰れると思った」

「だから患者の名前を消したのですか」

「……そうだ」

「なら、そのことを法廷で話してください。あなたが恐れたことも、あなたが選んだことも」

セレナは彼のために言葉を整えなかった。

彼が自分で引き受けるべきだった。

証言の前夜、オルフェンは眠れなかった。

地下書庫に残した書類の位置を何度も思い出そうとしたが、棚の番号が揺らぐ。

記憶に自信がないと認めれば、自白まで疑われる気がした。

面会に来た弁護人は言った。

「覚えていないなら、覚えていないと答えてください。自白は、あなたの記憶を完全にする魔法ではありません」

「私は何人の名を消した?」

「それも調査中です」

オルフェンは机を叩きかけて止めた。

自分が数字を操作したくせに、今になって正確な人数を知りたがっている。

その身勝手さが嫌になった。

法廷でフィオナが控えを示すと、弁護人は彼女に質問した。

「あなたは後から日付を修正した。では、原本を偽造する機会もあったのでは」

「ありました」

とフィオナは答えた。

傍聴席がざわついた。

彼女は続けた。

「だから修正前の写しと、変更した理由を書いた紙を残しました。信じてくださいと言うのではなく、照合してください」

書記官は紙の繊維と筆記具の違いを確認するため、鑑定担当者を呼ぶことになった。

裁判長はその場で結論を出さず、審理を続行した。

休廷中、遺族の女性はオルフェンへ近づこうとして護衛に止められた。

「一つだけ聞かせて。息子は最後に苦しんだの?」

オルフェンは答えられなかった。

彼は死亡時刻すら正確に記録していなかった。

「分かりません」

とようやく言った。

女性は顔を歪めた。

「それが一番ひどい。死んだことより、何も分からないことが」

セレナは二人の間に入らなかった。

代わりに、女性が望むなら記録の閲覧を支援できると伝えた。

分からないことが分からないまま残る可能性も、隠さず説明した。


午後、オルフェンはかつて医療院に勤めていた助手の名を告げた。

助手は患者を番号で呼ぶことに反対し、解雇されたという。

証言を聞いた法務官は、彼女の居場所を調べるための正式な照会状を作成した。

「彼女は私を恨んでいるでしょう」

とオルフェンが言う。

「恨んでいるかどうかは、本人が決めることです」

とマルセルは答えた。

「ここで必要なのは、彼女が何を見たかです」

閉廷後、オルフェンは弁護人に尋ねた。

「罪を認めたら、少しは軽くなるだろうか」

「量刑で考慮される可能性はあります。ただし、誰かを救ったことにはなりません」

その言葉を聞き、オルフェンは肩を落とした。

償いは判決を有利にするための行為ではない。

自分のしたことを、名前のある人々の前で明らかにすることから始まるのだと、ようやく理解した。

午後の証言で、オルフェンは新たな事実を話した。

偽造の指示を受けたあと、命令に従わなかった看護助手がいた。

助手は患者の実名を別紙に控えていたが、その後職を失った。

「その別紙は?」

「地下保管庫の、薬品台帳の裏表紙に挟みました」

書記官はすぐに保全命令を書いた。

オルフェンはそこで初めて顔を上げた。

「私は知っていた。助けられたのに、黙っていた」

翌日、地下保管庫から持ち出された台帳は、立会人二人の前で開封された。

裏表紙には薄い紙が挟まれていた。

そこには番号だけでなく、患者の名と家族への連絡先が書かれている。

「これを書いた助手は今どこに?」

マルセルが尋ねた。

オルフェンは首を振った。

「追われたあと、行方を知りません」

裁判長は助手の捜索と保護を命じた。

台帳の存在は重要だが、筆跡や作成時期の確認なしに真実とは断定できない。

遺族の女性は廊下で紙の写しを見せられた。

息子の名前を見つけた瞬間、膝が崩れそうになった。

「この字は、あの子の字じゃありませんね」

「記録係の字だと思われます」

「それでも、名前を残してくれた人がいた」

セレナは頷いた。

オルフェンの自白で救われる命は戻らない。

けれど、失われた記録を探す仕事には、まだ間に合うことがあった。

女性はその写しを持ち帰る前に、名前の読みを確かめた。

小さな違いでも、別の人の記録にされるのが怖かった。

書記官は読み仮名を追記し、訂正の履歴を残した。

閉廷後、女性が廊下でセレナを待っていた。

「謝ってもらっても、息子は帰りませんね」

「はい」

「でも名前は戻せますか」

「記録を確かめて、間違いがあれば訂正できます」

女性は小さな紙を渡した。

息子の名と、好きだった食べ物が書かれていた。

「忘れないでください」

セレナは紙を受け取った。

診療記録に書くべき情報ではない。

それでも、番号ではない一人の人間が生きていたことを、確かに受け取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。