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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第九十話 治癒師たちの反乱

王宮医療院の講堂で、若手治癒師エルダが徽章を机に置いた。

「魔法を使えない看護人を補助員と呼び、患者の訴えを無視する規則には従えません」

上級治癒師が立ち上がった。

「魔法を持たない者に医療が分かるものか」

そのとき、病棟の看護師が患者の記録を開いた。

異常を最初に見つけたのは、いつも夜勤の看護人だった。

治癒師たちが職務を放棄すれば、重症患者が危険にさらされる。

セレナは代表に尋ねた。

「要求を届ける。その代わり緊急当番は続けてほしい」

エルダは首を振った。

「当番だけ残せば、上の人たちは何も変えません」

セレナは妥協案を出した。

緊急当番の人数と勤務時間を明記し、患者の診療を継続するための引継ぎ先を決め、交渉の日時を公開する。

患者の前で争いを続けないための約束だった。

当番を担う者にも休息が必要だと確認し、代替要員を募った。

前夜、看護人が患者の呼吸の異常に気づき、上級治癒師を呼んだ。

しかし「魔力のない者が口を出すな」

と追い返された。

患者はその後、容体を悪化させた。

幸い命は助かったが、看護人は自分の報告が無視されたことを忘れられなかった。

エルダはその記録を読んで、もう黙っていられないと思った。

講堂には若い治癒師だけでなく、長年働いてきた者も集まっていた。

全員が同じ意見ではない。

「規則を変えるべきだ」

と言う者もいれば、「治癒師の権威が失われる」

と恐れる者もいた。

エルダは机に徽章を置いた。

「権威を守るために、患者の声を消すなら、私はこの徽章を着けられません」

病棟から急報が入ったのは、その直後だった。

重症患者が搬送され、治癒師の力が必要だという。

エルダはためらわず立ち上がった。

抗議に加わっていた者も続いた。

上級治癒師が皮肉を言う。

「結局、仕事に戻るのか」

エルダは振り返った。

「患者を置き去りにするための抗議ではありません」

彼らは緊急当番を維持しながら、交渉を続けることにした。

セレナは両者の話を聞いた。

看護人の報告を診療記録に残すことには、古参の治癒師が強く反対した。

「判断が混乱する」

イーナは一冊の記録を開いた。

「報告が間違っているなら、間違いだと書いてください。最初からなかったことにしないでください」

その言葉に、会議室は静かになった。

交渉は三日続いた。

勤務時間の上限、危険な命令の通報先、患者の身分による差別の禁止。

要求を一つずつ規則に書き込み、違反した場合の調査手順も決めた。

セレナは、治癒師だけで構成される委員会では不十分だと主張した。

看護人、医師、患者側の代表も加え、判断を公開できる範囲を定める。

患者の個人情報は守らなければならない。

古参の治癒師の一人が最後まで反対した。

「魔法の技術を持たない者に、治療の判断ができるのか」

セレナは答えた。

「魔法の技術を評価するのは専門家です。でも、患者が苦しんでいるという報告を聞くのに、魔力はいりません」

彼は言い返さなかった。

納得したわけではない。

ただ、議論を続ける余地が生まれた。

暫定規則が承認された日、エルダは徽章を拾わなかった。

イーナが理由を尋ねると、彼女は言った。

「紙の上で決まっただけだから。現場で守られるのを見たい」

翌朝、病棟で看護人が患者の変化を報告すると、当番の治癒師はそれを記録に書き、診察へ向かった。

小さな出来事だった。

エルダはその背中を見送り、初めて少しだけ笑った。

暫定規則ができても、病棟の空気はすぐには変わらなかった。

若い看護人が患者の異常を報告すると、古参の治癒師は「あとで見る」

と言って立ち去った。

エルダは追いかけて抗議しかけたが、イーナが止めた。

「記録を残そう。いつ、誰に、何を伝えたか」

感情をぶつけるだけでは、次の患者を守れない。

その日の夕方、別の患者の容体が悪化した。

看護人は規則に従って記録し、当番の医師と治癒師へ同時に連絡した。

治療は間に合った。

翌朝の会議で、古参の治癒師は不機嫌そうに言った。

「連絡が多すぎる」

セレナは答えた。

「多すぎるなら基準を見直しましょう。でも、報告した人を罰してはいけません」

エルダは徽章を着けないまま働き続けた。

患者の一人が尋ねた。

「あなたは治癒師ではないのですか」

彼女は答えに詰まった。

資格は失っていない。

ただ、自分が信じていた意味が変わりつつある。

イーナは隣で言った。

「この人は治癒師です。私たちは一緒に働いています」

患者は安心したように頷いた。

独立委員会の初会合には、患者代表の老人が参加した。

彼は会議の最初に言った。

「難しい言葉ばかりで分からん」

委員たちは顔を見合わせ、資料を読みやすい言葉に直すことにした。

医療者同士で理解できる規則でも、患者が知らなければ守られたかどうか確かめられない。

数週間後、エルダは講堂へ戻り、机の上の徽章を手に取った。

まだ問題は山積みだ。

古参の治癒師との対立も残る。

それでも、看護人の報告が記録に残り、患者の声が会議に届くようになった。

彼女は徽章を胸に留めた。

「今度は、これを守るために働きます」

その日の夜、イーナは古い診療記録と新しい記録を並べた。

以前の紙には治癒師の判断だけが書かれていた。

新しい紙には看護人の観察と患者本人の言葉が残っている。

まだ字の書き方も記入する順番も揃っていない。

改善すべき点はいくらでもあった。

それでも、誰かの声が最初から消されることは減るだろう。

エルダは徽章に触れ、「次は新人の研修を変えたい」と言った。

変化はここで終わらなかった。

交渉でエルダは三つの要求を示した。

患者を身分で選別しないこと、看護人の意見を診療記録に残すこと、危険な命令を拒んでも直ちに資格を失わないこと。

古参の治癒師は「権威が崩れる」

と反発した。

セレナは答えた。

「権威は患者を黙らせるためにあるのではありません」

暫定規則が承認され、違反を調べる独立委員会が設けられた。

エルダは徽章を拾わなかった。

「規則が現場で守られたら、また着けます」

翌朝、彼女は徽章なしで病棟に立ち、患者の手を取った。

新しい苦情窓口に最初に来たのは、治癒師でも看護人でもなく、寝たきりの父を介護する娘だった。

「呼び鈴を鳴らしても誰も来ない夜があります」

イーナは勤務表を確認し、夜勤の人数が足りないことを認めた。

エルダは増員に反対しかけたが、娘の手に残る古い鈴の跡を見て言葉を止めた。

委員会は交代時間を見直し、対応までの時間を記録することにした。

抗議の勝敗ではなく、患者の夜が変わるかどうか。

それが改革の最初の試験だった。

夜間の試行運用で、看護人が記した小さな異変を若手治癒師が見落としかけた。

イーナは声を荒らげず、記録の時刻を指した。

「いつもと違う呼吸が、二度続いています」

エルダは患者を診察し、担当医に連絡した。

大事には至らなかったが、翌朝の会議で彼女は自分の見落としを報告した。

徽章を机に置く勇気だけでは足りない。

患者の声を聞く技術を、毎日磨かなければならない。

新しい規則を知らない患者も多かったため、イーナは病棟の入口に短い説明を掲示した。

「気になることは、看護人にも治癒師にも話してください」

読み書きが難しい人には口頭で伝える。

エルダは掲示板の前で立ち止まり、かつて自分も患者の言葉を聞き逃したことがあったと思い出した。

変わるべきなのは上級治癒師だけではない。

自分も学び直さなければならなかった。

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