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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第八十話 王子が逃げた朝

逃亡用の馬車が門に近づいた。

王子の紋章は布で覆われていたが、近衛兵は声だけで誰が乗っているか分かった。

「通せ」

かつて勲章を授けてくれた主君の命令だった。

兵は一瞬だけ槍を揺らし、差し出された逮捕状の封印を確かめた。

「通せません」

王子は剣に手をかけた。

周囲の兵も槍を構えたが、誰も突きかからなかった。

「あなたを殺すためではありません。法廷へ連れていくためです」

王子は部下の顔を見回した。

かつて自分の命令に即座に従った者たちが、今は黙って道を塞いでいる。

王子は初めて、命令だけでは人を動かせないことを知った。

拘束された王子を見ようと群衆が集まった。

石を投げようとする者もいたが、ガレスは兵を間に入れた。

「私刑にすれば、証言する機会を奪う」

王子を守るためではなく、被害者の声が法廷に届くようにするためだった。

シーラは証言台で王子を見た。

怖くて声が出なかったが、母親の手の温かさを思い出した。

「私は生きています」

その一言のあと、少女は自分が覚えていることだけを話した。

セレナは法廷ではなく病院にいた。

王国から来た子供の熱を測り、薬を渡していた。

王子の逮捕が終わりではない。

命を救う仕事は、次の日も続く。

逃亡用の馬車には、王子の紋章が布で隠されていた。

門を守る近衛兵は、かつて彼から勲章を授かった男だった。

「通せ」

と王子が命じる。

兵は槍を下ろさず、「逮捕状を確認するまで、誰も通せません」と答えた。

忠誠を誓った相手を止める声は震えていたが、道を開けることはなかった。

朝の鐘が鳴るより早く、仕事は始まっていた。

王子の逃走経路を記した地図には、病院へ続く裏道も描かれていた。

ガレスは追跡班と救急搬送班が衝突しないよう警備線を引き直した。

王子の寝室には軍服が残り、窓が開いていた。

追跡隊は馬の蹄跡を見つけたが、セレナはそれより街道の診療所を心配した。

「逃げる者は水と薬を奪うかもしれない」

警報は兵舎だけでなく病院にも届いた。

城門に止められた馬車の中で、レオニスは拳を握った。

かつて彼に勲章を授けられた近衛兵は、逮捕状の確認が終わるまで道を開けなかった。

王子が「恩を忘れたか」

と叫ぶと、兵は一度だけ目を伏せた。

「恩は覚えています。だからこそ、ここで逃がせません」

馬車の御者が手綱を緩めた。

逃亡を止めたのは復讐ではなく、命令より手続きを選んだ一人の兵士だった。

王都西門。

レオニスは、変装して馬車で逃げようとした。

「私は王だ! 道を開けろ!」

レオニスは、金貨を差し出して門兵を買収しようとした。

その結果、門兵は金貨を受け取らず鐘を鳴らした。

西門詰所。

元王国軍大尉は、王子の身柄を確保した。

「私は国を守ると誓いました。あなたを逃がすとは誓っていない」

元王国軍大尉は、武器を取り上げ、審問官へ引き渡した。

その結果、民衆による私刑は防がれた。

公開審問会。

シーラは、王子と初めて真正面から向き合った。

「私の命を、書類一枚で消さないで」

シーラは、当時の出来事を自分の言葉で証言した。

その結果、王子は初めて目をそらした。

王都の仮設病院。

セレナは、王子拘束の知らせを聞いた。

「裁きは法廷に任せます。ここには患者がいます」

セレナは、看護人と共に診療を続けた。

その結果、敵国から来た薬を王国の子供が受け取った。

逃亡用の馬車を止めた近衛兵は、王子から勲章を授かったことがあった。

「通せ」

という声に、兵は一瞬だけ槍を揺らした。

しかし逮捕状の封印を確認すると、門を開けなかった。

王子は剣に手をかけたが、周囲の兵も武器を構えず道を塞いだ。

「あなたを殺すためではありません。裁判へ連れていくためです」

王子は初めて、自分の命令が誰にも届かないことを知った。

知らせを受けたセレナは診療所で薬を調合していた。

「裁きは法廷に任せます」

その日の最後の患者は、王国から来た小さな男の子だった。

朝の鐘が鳴るより早く、仕事は始まっていた。

捕縛の報告が届いても、診療所の当直表は変わらなかった。

王子を見張る兵と患者を運ぶ兵の人数を分けて確認した。

王子が拘束されたあと、門前の群衆はすぐには帰らなかった。

怒りをぶつける相手を失い、互いの顔を見合わせていた。

ガレスは石を拾った男に近づき、静かに言った。

「あなたの怒りを無かったことにはしない。だが裁判を壊せば、失われた命の理由を聞けなくなる」

男は石を地面に戻した。

公開審問の帰り、シーラは母親に尋ねた。

「私、ちゃんと話せた?」

母親は頷いた。

「あなたの言葉だったよ」

少女は少し笑った。

セレナの診療所には、その日の最後の患者が待っていた。

少年が薬を飲み終えると、彼女は窓を開けた。

遠くで鐘が鳴る。

王子の逃亡は終わったが、王国の傷が癒えるにはまだ時間がかかる。

連行される直前、レオニスは近衛兵に尋ねた。

「お前は、私に命を救われたことがあるだろう」

兵士は頷いた。

かつて国境で負傷したとき、王子の命令で馬車が出された。

その恩を忘れたことはない。

「ならば道を開けろ」

王子の声が低くなる。

兵士は槍を下ろさず答えた。

「あの日のご恩は、私が生きて働くことで返します。別の人の命を危険にさらす命令には、従えません」

レオニスは初めて言葉を失った。

彼の目には裏切りに映ったかもしれない。

だが兵士の手は震えていた。

憎んでいるから止めたのではない。

尊敬していた人が法を越えるのを、もう見過ごせなかったのだ。

法務官が逮捕状を読み上げる。

王子には弁護人を選ぶ権利があること、証拠に異議を述べられることも告げられた。

群衆の怒号が門の外から響く。

兵士は王子の前に立ち、石が飛んでこないよう盾を構えた。

止めることと守ることは、矛盾しなかった。

門前の拘束は静かに進んだわけではなかった。

王子の護衛が一人、剣を抜きかけた。

近衛兵は盾を上げ、馬車と群衆の間に立つ。

「ここで血を流せば、証言できなくなる」

ガレスの声に、護衛は刃を鞘へ戻した。

王子は「お前たちは私を裏切った」と叫んだ。

近衛兵は震えながら答えた。

「命を救っていただいた恩は忘れません。だから、生きて裁きを受けてください」

逮捕状の読み上げが終わるまで、門は閉じられた。

群衆には理由が分からず、石を握る者もいた。

セレナは治療所の入口から、その手を見ていた。

王子が憎い気持ちは消えない。

それでも石が飛べば、次は負傷者を運ぶことになる。

彼女は門番に頼み、拘束の事実と今後の審理予定だけを掲示させた。

夜、シーラは母親に「怖い人が捕まったら、もう怖くなくなると思ってた」と言った。

母は娘の髪を撫でた。

「怖いままでいいよ」

少女はしばらく黙り、翌日の証言で話すことを自分で一行だけ書いた。

逮捕は終わりではない。

奪われた日々を取り戻すための、長い入口だった。

近衛兵は拘束された王子の背中を見送り、門の柱に手を置いた。

長く仕えた相手を止めたことに、喜びはなかった。

ただ、これ以上誰かが命令のために傷つくのを見たくなかった。

ガレスは兵士に休息を命じ、門の警備を交代させた。

法廷では証拠の確認が続き、病院では新しい患者が運ばれてくる。

ひとつの朝が終わっても、国を立て直す仕事は始まったばかりだった。

診療所の少年は薬を飲み終えると、セレナに「明日も来ていい?」と尋ねた。

彼女は頷いた。

「必要なら、いつでも」

王子が捕らえられたという知らせより、その言葉のほうが少年には大切だった。

セレナは戸口まで見送り、次の患者のために手を洗った。

王国が変わる一日は、こうした小さな約束から始まっていた。

逃亡を止めた兵士は、王子の顔をまともに見られなかった。

かつて褒められた日のことを覚えていたからだ。

ガレスはその兵を叱責せず、武器を預かって休ませた。

「命令に従った日々まで、今ここで裁かなくていい」

兵士はしばらく黙り、やがて門の外で待つ患者を通すため、自分から通路を開けに戻った。

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