第六十九話 病院を守る夜
密偵の予告を受け、子供病棟の警備が強化された。
病室の灯り。
病院の門に武装した兵士が立つと、子供たちは一斉に黙った。
シーラはその変化に気づいた。
「守ってくれる人なのに、怖がってる」
セレナは兵士に剣を見せない位置で待機するよう頼み、病棟の内側には看護人を配置した。
安心させるための警備が患者の恐怖になっては意味がない。
夜半、荷車が門に近づいた。
見張りは積荷を確認し、底に隠された刃物を見つけた。
騒ぎが広がる前に門が閉じられる。
しかし手術室では、幼い患者の処置が続いていた。
セレナは看護人に言った。
「廊下のことはガレスに任せる。ここは私たちの仕事を続ける」
名前を呼ぶ。
避難の訓練中、シーラは兄弟の名前が別の名簿にあることに気づいた。
片方は歩ける患者、もう片方は担架が必要だった。
「二人は一緒がいい」
看護人は最初、決められた順路を変えられないと答えたが、セレナは家族の照合を優先するよう指示した。
離れ離れにすれば、避難後の捜索に時間がかかる。
夜明け、病院は守られていた。
シーラは名簿の端に小さな印を付けた。
二人が再会できた印だった。
「私も役に立てた?」
と尋ねると、リゼは答えた。
「あなたが気づかなければ、あの子たちは今も探し合っていた」
少女はその言葉を、誰にも見えないよう胸にしまった。
子供病棟の廊下には、夜の間だけ見張りが立った。
だが剣を帯びた兵士を見て、幼い患者が泣き出した。
「怖い人が来たの?」
セレナは兵士に武器を見せない位置へ下がってもらい、看護人と巡回順を相談した。
病院を守る警備が、病人から眠りを奪ってはならない。
夜の病棟では、患者の寝息が見張りの足音より小さく聞こえた。
夜の病院に足音が近づいた。
ガレスが剣の柄に手をかけたとき、影から現れたのは包帯を抱えた少年だった。
「父さんの分を持ってきた」
ガレスは剣から手を離し、見張りの配置が患者を脅かしていることに気づいた。
荷馬車の車輪が泥に沈み、薬箱が大きく傾いた。
国境を越えるには通行証だけでなく、壊れた道と疲れた馬をどうするか決める必要があった。
ガレスは遠回りを提案したが、ミラは薬の温度管理を心配した。
二人は荷を分け、急ぐ分だけ人手で運ぶことにした。
会議で引いた一本の線は、現場ではいくつもの判断に分かれた。
小児病棟。
リゼは、避難訓練に怯える子供たちを見た。
「これは競走じゃないよ。手をつないで歩こう」
リゼは、子供の歩幅に合わせて退避経路を確認した。
その結果、一番小さな患者も自分の避難先を覚えた。
病院裏門。
ガレスは、偽の救護車が侵入を試みるのを見抜いた。
「薬を運ぶなら、伝票を見せろ」
ガレスは、荷台を確認して武器を押収した。
その結果、病院への侵入は未然に防がれた。
手術室前。
セレナは、騒ぎの中で手術を中断すべきか迷った。
「この子の時間は、襲撃者を待ってくれません」
セレナは、必要人員を残して治療を続けた。
その結果、患者の容体は安定した。
病院の屋上。
シーラは、病室から見える夜警の灯りを数えた。
「私も誰かを守れる人になりたい」
シーラは、子供たちの名前を書いた避難名簿を手伝った。
その結果、彼女は自分の意思で医療を学ぶ決心をした。
夜警の鐘が三度鳴ったとき、病棟では患者の移動が始まっていた。
歩けない者は担架、歩ける者は看護人が二人一組で誘導する。
シーラは避難名簿を抱え、幼い兄弟が別々の列に入ったことに気づいた。
「二人を離さないで」
彼女の声で列が止まり、兄弟は同じ天幕に移された。
襲撃の噂は空振りに終わったが、セレナは準備を無駄とは言わなかった。
夜明け、シーラは名前を書き直した名簿を見つめた。
「今度は、私も助ける側にいたい」
病院を守るとは、壁を守るだけでなく避難できない人を守ることだった。
病院の避難路を確認していたリゼは、階段の幅が担架には狭いことに気づいた。
地図の上では通れる道でも、実際に担架を持つと壁にぶつかる。
看護人たちは何度も角度を変え、ようやく別の廊下を使うことに決めた。
シーラはその様子を見て、名簿の順番も変えた。
歩けない子を先に運べるようにしたのだ。
夜の見張りが交代すると、シーラは病室へ戻った。
隣の寝台の少年が「また怖い人が来る?」
と聞く。
「分からない。でも、来たら私たちはここを通るの」
彼女は避難路を指差した。
少年は頷き、ようやく目を閉じた。
守るとは、怖くないと言い切ることではない。
怖いときにどう動くかを、一緒に確かめることだった。
夜警の報告を聞いたガレスは、病院の警備をさらに増やす案を退けた。
兵士が増えれば安心する者もいるが、子供たちの恐怖も強くなる。
彼は外周だけを守り、病棟の内側は看護人に任せた。
シーラは避難名簿の最後に、兄弟が同じ場所へ移れたことを記した。
翌朝、少年が「今日は兵隊さんが少ないね」と笑った。
守るために必要なのは、武器の数だけではなかった。
シーラは避難訓練の終わりに、子供たちへ自分で書いた地図を見せた。
難しい文字は少なく、扉と階段の絵が大きい。
読み書きのできない子も指で道をたどれた。
セレナはその工夫を褒めた。
少女は照れながら笑い、地図を病室の低い壁に貼った。
翌朝の点呼で、夜警は病院の扉が一つも破られていないことを報告した。
けれどセレナが最初に確かめたのは患者の人数だった。
全員が無事だと分かると、看護人たちはようやく温かい茶を飲んだ。
夜明け前、病棟の窓が一枚割れた。
患者たちが身をすくめる中、リゼは寝台の番号を読み上げ、動ける人から廊下へ誘導した。
セレナは最後に残った老人の手を取った。
「歩けない」
と彼は謝った。
「謝る必要はありません」
担架が届くまで、彼女は窓から離れた場所で脈を確かめ続けた。
外の騒ぎが静まったあと、患者の人数を二度数えた。
騒ぎが収まったあと、シーラは門の外に立つ兵士へ水を運ぼうとした。
セレナは一緒に行き、先に見張りの責任者へ声をかけた。
兵士は少女を見ると姿勢を正した。
「怖がらせてすまなかった」
シーラはしばらく黙ってから、「夜、剣が見えると、また連れていかれる気がする」と告げた。
兵士は武器の位置を変え、病棟に背を向けて立った。
警備の報告書には侵入を防いだ数だけでなく、患者から寄せられた不安と改善策も記された。
病院の窓に石が当たった音で、廊下の患者が一斉に身を縮めた。
リゼは声を張り上げず、一床ずつ名前を呼んだ。
歩ける患者には隣の患者の荷物を頼み、動けない患者には搬送札を付ける。
セレナは最後の担架を見届けてから病棟を出た。
人数が合ったと報告されたあとも、薬を持ち出せなかった患者がいないか確認した。
翌朝、シーラは警備の責任者に一つだけ頼んだ。
「夜の見回りのとき、扉を急に開けないで」
責任者はうなずき、病棟の入口に合図の札を掛けた。
看護人が応じるまで兵士は入らない。
ただし火災や急変の際は例外とする。
ガレスは例外の条件まで書面にした。
安全のためという言葉だけで、子供の恐怖を踏みにじらないためだ。
シーラは札を見て、初めて窓際の寝台に戻った。
眠れるかどうかはまだ分からない。
それでも、次に扉が開く前には、自分にも分かる合図がある。




