第六十八話 薬品工房を狙った炎
王国の密偵が帝国の薬品製造所を破壊しようとした。
燃える前に。
薬品工房の見習いは、裏口に置かれた油壺を見つけた。
普段の保管場所ではない。
夜警を呼んだ直後、外壁に火が走った。
人々は完成した薬を運び出そうとしたが、セレナは止めた。
「まず人を外へ。揮発する薬品の棚には近づかないで」
薬師長は悔しそうに頷き、作業員を人数で確認した。
逃げ遅れた者が一人いる。
煙の薄い通路から救護隊が入り、床に倒れた見習いを引き出した。
火が収まると、倉庫の半分が使えなくなっていた。
壊れた瓶の数を数える若い薬師に、リゼは尋ねた。
「今夜、薬を待つ患者は何人?」
損失の計算より先に、必要な薬を調べる。
工房の責任者は悔し涙を拭き、残った原料を小分けにした。
次の火を防ぐ。
捕らえられた男の懐から王宮の支払い証書が見つかった。
しかしアーデリアは、その場で王子の命令と断定することを禁じた。
証書が本物か、誰が渡したか、男が何を知っているかを調べる必要がある。
「憎しみで裁けば、次の犯人を逃がします」
怒る工房員たちの前で、彼女は公開の審問を約束した。
翌朝、町の三つの小さな薬局で調合が始まった。
製造工程を分ければ効率は落ちる。
それでも一か所を焼かれただけで薬が絶えるよりましだった。
セレナは見習いに新しい帳簿を渡した。
「今日作れた分を、患者に届けよう」
焦げた工房の壁には、まだ煙の匂いが残っていた。
工房の見習いが焦げた瓶を拾い上げた。
「これが割れていたら、今週の薬は作れません」
セレナは犯人を追う者と、原料を守る者を分けた。
倉庫の鍵を増やすだけでは足りない。
配合記録を別の建物に写し、製造工程を複数の班で共有する。
工房一つを失っても、治療が止まらないようにするためだった。
朝の鐘が鳴るより早く、仕事は始まっていた。
工房の床には消火に使った水が残り、薬剤の保管札が濡れていた。
エドガーは濡れた箱を隔離し、使用できる在庫を数え直した。
工房の裏口に油の匂いが漂った。
ミナは逃げ道を確保し、火が広がる前に薬品庫の扉を閉めた。
焼け残った瓶には患者名が貼ってある。
セレナは犯人を追う兵士に告げた。
「まず薬を運んで。犯人はそのあとです」
工房の扉には、夜のうちに深い傷が刻まれていた。
職人は薬を作り続けたいと言ったが、弟子たちは怯えていた。
セレナは勇気を求める代わりに、原料の保管場所を分け、交代で見張る案を出した。
「ここを守るために誰かが倒れたら、薬を待つ患者まで困ります」
職人は初めて、工房を閉める時間を決めた。
薬品工房。
工房長テオは、油の匂いに気づいて夜間作業を止めた。
「火を消せ! 薬棚には近づくな!」
工房長テオは、避難口を開け、危険な薬品を隔離した。
その結果、負傷者を出さずに火勢を抑えた。
裏路地。
ガレスは、逃走した密偵を追い詰めた。
「生きて話してもらう」
ガレスは、兵士に武器を下ろさせ拘束した。
その結果、密偵の懐から王宮の支払い証書が出た。
仮設薬局。
セレナは、焼けた工房の代わりに薬を届ける必要に迫られた。
「製造を一か所に集めすぎたのが弱点でした」
セレナは、小規模な調合作業所へ工程を分散した。
その結果、翌朝には最低限の薬の供給が再開した。
皇女の執務室。
アーデリアは、密偵の処刑を求める議員と向き合った。
「裁くために、まず生かして証言を聞きます」
アーデリアは、公開の審問手続きを命じた。
その結果、工房襲撃の背後関係が明るみに出始めた。
工房の裏口に油の匂いが残っていた。
夜警が見つけた布には火を移した跡がある。
薬師たちは原料を運び出そうとしたが、セレナはまず揮発性の薬品を離し、避難路を確保させた。
消火後、焼けた棚の数を数えると、明日の薬が足りない。
リゼは各診療所に残る在庫を集め、重症患者への配分を決めた。
捕まった密偵をその場で裁けという怒号に、アーデリアは首を振った。
「証言を失えば、次の火を止められません」
工房は焦げ臭いまま、夜明けの調合を再開した。
朝の鐘が鳴るより早く、仕事は始まっていた。
夜番の職人は、焼け残った帳簿を一枚ずつ乾かしていた。
翌日の薬を作るには、何が失われたかを先に知る必要があった。
工房の再開を前に、薬師長は製造記録を机に並べた。
焼け残った原料でも、保管温度が変わったものは使えない。
急いで薬を作ろうという声に、彼は首を振った。
「効かない薬を届けたら、助かったと思った患者を裏切る」
セレナはその判断を支持し、在庫のある診療所へ代替薬を問い合わせた。
火事を目撃した見習いは、犯人の顔を覚えていると言った。
だが夜の暗がりで見た姿は曖昧だった。
ユリウスは「覚えていない部分も話して」
と頼んだ。
見習いは少し安心したように頷いた。
審問のために都合のよい記憶を作らせないことが、次の襲撃を防ぐ一歩になる。
夜明け前、最初の薬箱が仮設薬局を出た。
薬品工房の見習いは、火事の翌日も焦げた壁を見て足を止めた。
あの夜、自分が油壺に気づかなければどうなっていたか。
薬師長は彼を責めず、保管場所の確認を一緒にやり直した。
「怖かったことを、次に役立つ形にしよう」
見習いは新しい棚に原料名を書き、避難口までの通路に物を置かないよう印を付けた。
再建は建物を直すだけではない。
働く人がもう一度安心して薬を作れるようにすることだった。
新しい薬局の看板は、焼け残った板を削って作られた。
見習いはそこに工房の名を書き、最後の一文字を少し大きくしてしまった。
薬師長は直させなかった。
「ここから始めた印だ」
最初の薬箱を運ぶ荷車が角を曲がるまで、二人は戸口で見送った。
薬品の在庫を調べた薬師長は、鎮痛薬より先に子供用の解熱薬が尽きると報告した。
帝都から届くまで四日。
セレナは各診療所に残量を尋ね、余裕のある施設から必要分だけ移すことにした。
「全部こちらへ寄せれば安心でしょう」
と見習いが言う。
彼女は首を振った。
「こちらだけを守れば、向こうの患者が困る」
運搬中の破損を避けるため瓶を木箱に固定し、到着した数を受領簿で照合した。
工房が再開するまでの四日間、薬を待つ患者の名は毎朝更新された。
再開を決める朝、薬師長は作業台の前に立った。
工房に戻ることを拒む見習いが二人いた。
「怖いまま薬を作れば、また事故になる」
セレナは二人を責めず、避難口をふさいでいた木箱を全員の前で動かした。
油壺の保管場所を別棟へ移し、火を使う工程を昼間に限る。
負傷した見習いは包帯の手で避難経路の図面に印を付けた。
薬師長はその図面を入口に掲げ、「今日は全量を作らない。安全を確かめた工程から再開する」と告げた。
病院には不足する薬の種類と到着予定を正直に伝えた。
焼け跡の前で誰も勝利を叫ばなかったが、見習いの一人が初めて作業服を取りに戻った。
火災の翌週、薬師長は焼け残った壁に二つの数字を書いた。
失った薬の本数と、代替供給で間に合った患者の人数。
見習いが「助けられなかった人は?」
と尋ねると、薬師長は数字の下に空欄を作った。
未確認の結果を成功に数えないためだった。
セレナは供給を受けた病院へ照会を送り、遅延で処置が変わった患者がいないか調べた。
報告書の最後には再発防止策とともに、誰がいつ点検するかまで記した。
工房を守るのは勇敢な夜警だけではない。
毎朝の地味な確認もまた、患者を守っていた。




