第四十八話 消えた薬草畑と、残った種
薬草畑は焼けていた。
黒い土を踏むと、かつて薬になる葉が揺れていた場所から灰が舞い上がった。
王国北部では、薬草の供給地が戦乱と疫病で荒れ果てていた。
「春に種をまかなければ、冬の薬がありません」
セレナは畑を診療と同じくらい重要な仕事と位置づけた。
土を掘る指先に冷たい湿り気が残った。
薬草は王族の許可では育たない。
焼け跡に立った農夫は、黒い土を靴で踏みしめた。
ここには薬草だけでなく、家族の畑もあった。
セレナが収穫の見込みを尋ねると、農夫は笑った。
「来年の話をする前に、今夜の飯がいる」
彼女はすぐに頷いた。
種を守れと命じるだけなら、王宮の役人と変わらない。
畑を再建するには、農家が冬を越せる条件を作らなければならなかった。
農家の納屋では、農民は種を食料に替えようとしていた。
「子供を飢えさせてまで畑は守れない」
ガレスは食料支援と種子の買い取りを組み合わせた。
納屋の種袋は半分が湿り、残りにも虫食いがあった。
農学者は袋ごとに状態を分け、少量を試験用の苗床へ移した。
全部をまけば全部が育つというわけではない。
ガレスは食料支援の代わりに種を無償で取り上げる案を退け、買い取りと共同保管を提案した。
農夫が種を売ったあとも、来季の作付けに参加できるよう契約に書き込んだ。
土壌調査地では、元の畑は排水が悪く、苗が腐っていた。
「薬草の種類だけでなく、土地も見ましょう」
農学者が高畝と排水路を提案した。
今日の患者と来年の患者を、同じ計画の中で考えなければならない。
元の畑は雨のたびに水がたまった。
焼け残った杭には、昨年の浸水位置が刻まれている。
農学者は地形を測り、排水路と高畝を作る場所を示した。
セレナは「薬草はどこでも育つ」
という王宮の古い教本を思い出す。
教本の文字より、畑に立つ人の経験の方が正しいこともある。
彼女は農夫たちに、失敗した年の記録も残してほしいと頼んだ。
評議会では、王国官僚は収穫物の専売権を求めた。
「独占したら、また薬が届かなくなります」
アーデリアは複数の共同組合へ生産を分散させた。
評議会では、官僚が収穫物の専売権を要求した。
安定供給のためだという説明には一理ある。
だが買い取り価格を一か所で決めれば、農家はまた逆らえなくなる。
アーデリアは共同組合を複数認め、品質基準だけを共通にした。
セレナも薬効が確認できない草を無理に治療へ使わないと明言した。
収穫を増やすことと、薬として安全に使うことは別の仕事だった。
苗床では、最初の芽が土を破った。
「これが育つころには、もっと多くの人を救いたい」
セレナは芽に触れず、静かに見守った。
苗床の準備中、農夫の娘が小さな木札を持ってきた。
焼ける前の畑で母が使っていた、種まきの日を記す札だ。
母は避難先から戻っていない。
「これを立ててもいい?」
セレナは娘に場所を選ばせた。
新しい畑を作ることは、失われた暮らしが戻ったふりをすることではない。
誰がここで働いていたのか、忘れずに続けることだ。
農夫は種袋を抱いたまま、セレナを家の跡へ案内した。
土壁は崩れ、台所だった場所に割れた器が残っている。
「薬草を作れば人が助かると言われても、うちの子は腹を空かせています」
セレナは返す言葉を探した。
正しい未来の計画が、今日の空腹を埋めるわけではない。
アーデリアの補給係が、復旧作業に参加する世帯へ食料を配る案を示した。
だが農夫は「働けない老人はどうなる」
と問い返した。
セレナは作業への報酬と、避難民への食料支援を別の制度として記録するよう求めた。
薬草畑を守るために、弱い人を切り捨てるわけにはいかない。
種の選別では、若い農業係が焦げた袋をすべて捨てようとした。
古参の農婦が止めた。
「外側が焼けても、中には生きている種がある」
二人は小さな皿に種を分け、発芽試験を始めた。
どれが育つか分からないうちから、収穫量を約束しない。
セレナは医療の検査と似ていると思った。
夕方、畑の端で少女が木片を立てていた。
火事で亡くなった祖父の名前が、拙い字で書かれている。
「おじいちゃんが、この畑を作ったの」
セレナは木片を抜かなかった。
作業道を少し曲げ、苗床から見える場所に残した。
農夫はその様子を見て、種袋を差し出した。
「全部は渡せない。来年、俺たちが食べていく分も要る」
セレナは頷いた。
「残してください。共同の畑だけでなく、あなたの畑も戻さなければ」
試験区画の札には、播種日、土の状態、担当者の名前が記された。
失敗した場合も隠さず残す。
焼け跡で始まった仕事は、英雄が畑をよみがえらせる物語ではなかった。
村の人が自分たちの土地を再び選び取るための、小さな準備だった。
試験用の種をまく前に、農婦は畑の土を一握りずつ別の皿へ分けた。
灰が多い場所と、水がたまる場所では育ち方が違う。
少女は祖父がいつも同じ場所から種をまいていたと話した。
セレナはその記憶も帳面に書いた。
測定した数字と、長く畑を見てきた人の経験は、どちらか一方だけでは足りない。
畑の復旧計画には、最初の収穫を薬用だけに回さず、村の暮らしに必要な作物の場所を残すことも記された。
夜、農夫の家では薄い粥が分けられた。
セレナは招かれても最初の一椀を受け取らなかった。
子供たちの分が足りないと分かったからだ。
農夫は気まずそうに笑ったが、翌朝、共同炊事場の担当者が訪れた。
畑を再建する仕事は、畑の中だけでは終わらない。
働く人が明日も起きられるようにすることから始まる。
苗床の世話を引き継ぐ日、農婦は少女に水の量を教えた。
多すぎても少なすぎても芽は弱る。
「毎日見て、昨日と違うところを探すんだよ」
少女は頷き、祖父の木片の隣に小さな観察札を立てた。
農夫は芽が出た畝の隣に、何も植えない小さな区画を残した。
焼けた土がどれほど回復したか確かめるためだという。
「今年の収穫は減りますよ」
と娘が言うと、農夫は頷いた。
「だからこそ、来年も同じ失敗をしたくない」
セレナは区画ごとの土の状態と発芽数を記録した。
薬草が育たなければ原因を調べられる。
芽が出ても、すべてを手柄にしない。
その慎重さが、荒れた畑に戻ってきた最初の技術だった。
数日後、試験用の苗床に小さな芽が現れた。
まだ薬になるまでには長い時間がかかる。
セレナは芽に触れず、発芽数と土の湿り具合を帳面に書いた。
すぐに患者へ届けられる薬は、別の地域から調達し続ける。
今日の治療を止めず、来年の不足にも備える。
二つを同時に進めるための、頼りないほど小さな緑だった。




