第四十九話 患者を数字にした男
王宮の地下で見つかった帳簿は、数字だけが整っていた。
整いすぎている、とセレナは思った。
王宮地下書庫では、死者数を改竄した統計官が拘束された。
「数字を変えただけです。人は殺していません」
ユリウスは改竄前後の報告書を並べた。
統計官は数字を並べるのが上手かった。
その腕が、助けを呼ぶ声を消すために使われた。
統計官の机には、数字を丸めるための定規が置かれていた。
死亡報告は地区ごとに集められ、王宮へ提出する段階で減らされている。
ユリウスは原票と提出済みの表を並べた。
「この地区は四十七人が、十七人になっています」
統計官は視線を落とした。
彼が変えたのは数字だ。
だが、その数字を基に救援物資が配られた。
審問室では、統計官は王子の脅迫状を提出した。
「従わなければ娘を連れていくと言われた」
セレナは事情を聞きながらも、被害の調査を求めた。
審問官は、統計官が差し出した脅迫状の封を調べた。
王子の名が記されていても、それだけで本人が書かせた証拠にはならない。
使者の証言と王宮の出入記録を確認する必要がある。
セレナは審問官に、統計官の娘の安全を先に確保するよう求めた。
「恐怖を利用して証言を取れば、また同じことを繰り返します」
王都北門では、過少報告で支援が遅れた地区の遺族が集まった。
「うちの母は、数字の外で死んだのか」
遺族代表は証言を記録に残すよう要求した。
脅された事情は裁かれるべき事実の一部であって、被害そのものを消さない。
北門の遺族代表は、母の死を証明する紙がないと話した。
役所では「その月に亡くなった人はいない」
と言われ、埋葬許可だけが手元に残った。
セレナは埋葬記録と診療記録を照合するよう提案した。
亡くなった理由まで急いで決めつけない。
だが、亡くなった事実そのものを消すことは許さない。
代表は紙を両手で押さえ、何度も頷いた。
集計室では、看護人たちが残した日誌が本当の患者数を示していた。
「消された人は、消えていません」
リゼは日誌の写しを整理し、監督官へ渡した。
看護人の日誌には、正式な患者名簿に載らなかった人の体温や食事の記録が残っていた。
リゼは筆跡と日付を照合し、原本を傷めないよう写しを作った。
数字が合わない箇所には無理に答えを入れず、未確認と書く。
「本当の数がすぐ分からないなら、分からないと発表する方がいい」
ユリウスはその言葉を、新しい報告書の冒頭に置いた。
夕暮れの審問室では、統計官は自分が改竄した名簿の名前を読み上げた。
「一人ずつ、覚えています」
セレナは謝罪より先に、今後の公開集計制度を提案した。
統計官は、自分が削った欄を指でなぞった。
「娘を守るためでした」
遺族代表は静かに答えた。
「私の母にも、娘がいました」
審問室は沈黙した。
セレナは二人のどちらにも簡単な許しを求めなかった。
脅迫を受けた事実は調べるべきだ。
改竄によって生じた被害も調べるべきだ。
片方の苦しみで、もう片方の苦しみを消すことはできない。
統計官の男は、原票を前にしても視線を上げなかった。
「四十七を十七に変えろと言われた。それだけです」
ユリウスは訂正箇所を指した。
「減った三十人の名前は、どこへ行ったんです」
男は唇を噛んだ。
数字の差は分かる。
だが消された人の顔を、一人ずつ思い浮かべたことはなかった。
監督官は尋問を急ごうとしたが、セレナは診療記録と供述調書を混ぜないよう求めた。
誰が命令したのか、誰が書き換えたのか、書き換えによって救援が遅れたのか。
それぞれ別の証拠が必要だ。
統計官が罪を軽く見せようとしているからといって、確かめていない事実まで加えてはならない。
男は机の引き出しから、妻と子の名が書かれた脅迫状を出した。
「拒めば家族が消えると」
ユリウスはすぐには受け取らなかった。
立会人を呼び、封筒の状態を記録してから保管した。
男の家族の安全確認も、別の担当者に依頼する。
午後、遺族の女性が書庫の前で待っていた。
「夫の名前を戻してくれますか」
統計官は何度も謝ったが、女性は首を振った。
「謝ってほしいんじゃない。亡くなったことを、なかったことにしないで」
セレナは原票の確認が済んだ地区から訂正を始めるよう求めた。
訂正欄には元の数字も残し、誰がいつ変更したかを追えるようにする。
死亡原因が未確認なら、未確認と記す。
急いで一つの大きな数字にまとめれば、また別の誤りを作る。
夕方、統計官は自分が隠した帳簿の保管場所を一つ書いた。
監督官がその場所へ向かうのを見送ったあと、男は初めて泣いた。
セレナは慰めなかった。
泣くことも、証言することも、責任を終わらせる代わりにはならないからだ。
訂正された最初の地区報告を見た女性は、夫の名前を指でなぞった。
「やっと、ここにいる」
ユリウスは新しい一覧に誤字がないか本人に確かめた。
名前を戻す作業で、また別の人を間違えてはならない。
統計官の供述はまだ調査中だったが、確認済みの記録訂正まで止める理由にはならない。
セレナは遺族に、後から事実が変われば訂正履歴を残して知らせると約束した。
真実を守るのは、一度きりの発表ではなく、確かめ続ける仕事だった。
ユリウスは新しい報告様式の欄外に「訂正は削除ではない」
と書いた。
消された人の名前を戻す時、過去の誤りまで消してしまえば、誰が何を改めたのか見えなくなる。
セレナはその一文を残すよう求めた。
間違えたことを認める制度でなければ、正しい数字も長くは守れない。
報告書の最後には、確認できなかった人数も別欄に記された。
ユリウスは空欄を埋めようとせず、調査担当と期限を書いた。
知らないことを隠す数字より、まだ分からないと示す数字の方が、次の調査につながる。
統計官は最後まで「命令された」と繰り返した。
ユリウスは原票の端に残った赤い印を示した。
「この訂正だけは、あなたの筆跡です」
男は目を伏せた。
王宮からの圧力は調べる。
家族への脅迫も記録する。
だが、自分で選んだ改竄まで消えるわけではない。
セレナは遺族への通知文に、修正前の数字と修正理由を併記させた。
謝罪より先に、何が隠されていたのかを知る権利がある。
夕暮れ、統計官は修正すべき帳簿の所在を自分から書き出した。
監督官が受け取り、別の職員が写しを保管する。
セレナは今後の統計に原票の保存、訂正履歴、地区ごとの公開を盛り込むよう求めた。
数えること自体が悪いのではない。
数字が誰のために使われるかを、誰も確かめられなくなったことが問題だった。




