第四十六話 皇女は、敵国の孤児に膝をついた
小さな兄妹がスープの皿を伏せた。
食べ物を拒むほどの憎しみを、誰がこの子たちに教えたのだろう。
難民保護所では、親を失った兄妹が帝国の食事を拒み続けた。
「敵の国のものは食べちゃいけないって」
アーデリアは冠を外し、床に座って同じスープを飲んだ。
皇女の靴は泥で汚れた。
護衛は慌てたが、アーデリアは拭こうとしなかった。
兄妹の名はトルとメイといった。
保護所に来て三日、兄は食事の皿を妹の前へ押し出すだけで、自分では口をつけていなかった。
王国の村で「帝国人の出すものには毒がある」
と聞かされたのだという。
アーデリアは護衛に銀の食器を下げさせ、皆と同じ木椀を受け取った。
床に座ると、兄の目がようやく彼女の顔に向いた。
面談室では、兄は妹を守ろうとして、自分の発熱を隠していた。
「妹を一人にしないで」
セレナは二人を別々の場所へ放り出さず、感染対策を整えた近接区画を用意した。
アーデリアは最初の一口を飲み、熱さに少し顔をしかめた。
メイが思わず笑ったが、兄はまだ動かない。
「信じなくてもいいわ。ただ、妹さんの分を冷ましてあげて」
兄は椀を手に取った。
説得に勝ったのではない。
妹を守りたいという彼自身の気持ちに、食事へ向かう道を作っただけだった。
救援会議では、帝国貴族は敵国の孤児に予算を使うことを非難した。
「その子たちを敵にするか、隣人にするかは私たち次第です」
アーデリアは支出と受け入れ人数を公開すると決めた。
敵と呼ぶ言葉は簡単だ。
子供がその言葉を覚えるのはもっと簡単だ。
診察の際、セレナは兄の額が熱いことに気づいた。
トルは妹と引き離されると思い、昨夜から寒気を隠していた。
「離れたら、また会えなくなる」
感染症の可能性を考えれば同じ寝台にはできない。
それでも隣り合う区画に二人を置き、看護人が声を届けられるようにした。
メイには兄が休む理由を年齢に合わせて説明した。
衣類倉庫では、寄付された服は大人用ばかりで、子供には大きすぎた。
「小さな服なら、今ある布から縫い直せます」
避難民の仕立屋が裁縫班を立ち上げた。
救援会議で貴族が予算の無駄を訴えると、アーデリアは保護所の支出表を配った。
食事、寝具、医療、通訳。
それぞれに必要な額と担当者が記されている。
「敵国の子供に費やす金があるなら、帝国の孤児に使え」
と言われ、彼女は帝国内の孤児施設にも同じ基準を適用すると答えた。
国籍で待遇を変えないことは、自国の子供を後回しにすることではない。
庭では、妹が皇女に花を差し出した。
「お姉ちゃん、敵じゃなかった」
アーデリアは花を受け取り、王国に残る子供たちの数を尋ねた。
衣類倉庫の仕立屋は、大人用の外套をほどき、子供の上着に仕立て直した。
針仕事を手伝ったのは、故郷を失った王国の女性と、帝国の町の老人だった。
二人は言葉の訛りをからかい合いながら、同じ糸を分けて使った。
メイが袖を通すと、手がちょうど出た。
兄は初めて、妹が明日もここで暮らす姿を想像できた。
アーデリアが最初に差し出したスープを、トルは床へこぼした。
護衛が身を乗り出すと、メイが泣き出した。
「お兄ちゃんを連れていかないで」
アーデリアは護衛に下がるよう命じ、濡れた床を自分の布で拭いた。
怒られなかったことに、兄妹の方が驚いていた。
保護所の医師は、二人の体調を記録した。
長く食べていない子に急に大量の食事を勧めるのは危険だ。
水分を少しずつ確かめ、温かい食事を少量から始める。
トルは妹の皿だけを見ていたが、イーナが「あなたの分もある」
と告げると初めて顔を上げた。
「お父さんは王国兵だった。帝国兵は悪い人だって」
トルの声は小さかった。
アーデリアは自分の国の兵士が誰も傷つけなかったとは言わなかった。
「戦争で悪いことが起きたのは本当です。あなたのお父さんをどう思うかまで、私が決めることはできません」
その夜、保護所の職員が兄妹を別々の寝室に移す案を持ってきた。
年齢別の規則だからだ。
トルは書類を見ただけで妹を抱きしめた。
アーデリアは規則の目的を確かめ、二人が安全に同じ区画で眠れるよう、見守りの担当を増やした。
例外を許すなら、次の子にも使える判断基準を残さなければならない。
翌朝、トルは食堂の隅で小さな椀を持っていた。
まだ半分も食べられない。
それでもメイが「おいしい?」
と聞くと、彼は初めて自分の言葉で答えた。
「少し」
アーデリアはそれを勝利だとは思わなかった。
食べられるようになった子が、いつか自分の家へ帰りたいと言った時、その願いを受け止められる国でなければならない。
彼女は家族の捜索記録を毎週照合するよう命じた。
保護所の帳面には、兄妹の欄だけ家族の消息が空白だった。
職員は「見つからない可能性もある」
と小声で言った。
アーデリアは空白を勝手に死亡と書き換えないよう命じた。
分からないことは分からないまま残し、捜索を続ける。
トルはその帳面を見て「お父さんが帰ってきたら、ここを教えてくれる?」と尋ねた。
「必ず伝える方法を用意します」
アーデリアが約束できるのは、探す手順と知らせる努力までだった。
翌週、トルは新しく来た子にスープの椀を渡した。
自分もまだ怖いのに、「熱くないよ」
と教えている。
アーデリアは遠くから見ていた。
自分が座って飲んだ一杯より、子供同士が交わす一言の方が、長く残るかもしれない。
保護所の職員は、食事を拒む子を叱らず、理由を聞く時間を当番表に組み込んだ。
保護所の入口には、今日も新しい子供が来た。
アーデリアはトルたちに向けたのと同じように、その子の名前を聞いた。
名を答えられない子には無理に聞かず、まず温かい場所へ案内するよう職員に頼んだ。
夜、トルは食堂の入口でアーデリアを待っていた。
「妹には、敵じゃないって言った。でも父さんを殺した兵士も、ここの兵士と同じ服だった」
皇女は返事を急がなかった。
「同じ国の人がしたことを、なかったことにはできない」
トルは唇を噛んだまま頷いた。
翌日、職員は兄妹に面会を強いることなく、父親の消息を調べる担当者の名前を伝えた。
食事を一杯飲めたことと、傷が癒えたことは違う。
庭でメイが差し出した花は、保護所の塀の隙間に咲いていた小さな白い花だった。
「お姉ちゃん、敵じゃなかった」
アーデリアは礼を言ったが、すぐに笑顔を作れなかった。
王国側には、まだ橋を渡れない子供がいる。
彼女は係官に保護所の空き寝台を調べさせた。
花を一輪受け取っただけで終わらせないために。




