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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第四十四話 王子の命令書は、まだ生きていた

地方へ向かう街道には、古い布告が風に破れながら残っていた。

新しい命令が届くまで、古い命令は人を縛り続ける。

地方の関所では、地方総督が古い王命を盾に薬の通過を拒んだ。

「王子殿下の印がある以上、私には逆らえません」

アーデリアは暫定評議会の新しい公文書を提示した。

命令書の封蝋は立派だった。

中身が人の命を妨げることと、封蝋の美しさは何の関係もなかった。

関所の前には薬を積んだ荷車が四台並び、最後尾の御者は馬に与える水まで尽きかけていた。

門を閉ざす理由は敵軍ではなく、一枚の古い布告だった。

セレナは書面の日付を確認する。

王子の命令は救援協定より前に発せられている。

だが地方総督は「撤回の原本を見ていない」

と言い、封印された命令書を胸に抱えた。

関所の詰所では、総督の机には互いに矛盾する命令書が三枚あった。

「紙の上では王子がまだ国を治めているのね」

セレナは現場に混乱が残る理由を理解した。

アーデリアが差し出した新しい公文書には、暫定評議会の署名があった。

しかし総督は首を振った。

「評議会の権限を認めたという王宮の通知がない」

ユリウスが王都から持参した議事控えを広げると、総督の部下が不安げに目をそらした。

間違った命令に従えば人が死ぬ。

新しい命令に従えば自分が罰せられる。

総督が迷う理由は、単なる頑固さではなかった。

街道の先にある村では、薬の到着を待つ患者が井戸の周りに集まっていた。

「一日遅れたら、何人倒れると思いますか」

リゼは診療班だけ先行させ、輸送許可を待たず安全な水の確保を始めた。

制度は誰かの勇気だけに頼ってはいけない。

待たされている間に、村から来た少年が荷車へ駆け寄った。

妹が熱を出し、水を飲めなくなったという。

セレナは関所を越える許可のない薬を持ち出さず、診療班に村の状況を確認させた。

安全な飲み水と休息場所の確保はすぐに始められる。

薬の通行問題と目の前の救護を切り離すと、総督の副官も桶を運ぶ仕事を手伝い始めた。

評議会の通信室では、各地に撤回命令を届ける伝令が不足していた。

「命令を出すだけでは、現場は変わりません」

ガレスが郵便馬車と商人の定期便を使う連絡網を提案した。

詰所に置かれた三枚の命令書は、発行日も宛先も違っていた。

一枚は王宮医療院への薬の優先供給、もう一枚は疫病発生地への輸送禁止、最後は暫定評議会の救援協定である。

ガレスは同じ命令が地方ごとに違う意味で使われていると指摘した。

「次の関所でも、同じ説明を繰り返すつもりですか」

誰も答えられなかった。

夕方の関所では、総督は最後に自ら門を開けた。

「私は王子ではなく、ここに暮らす人を守る役人でした」

セレナは彼を責めず、次の村へ向かった。

アーデリアは通行の許可と同時に、命令の伝達方法を変える提案をした。

王国側の公印、受領時刻、撤回対象の旧番号を一枚に記し、郵便馬車と商人の定期便で複数経路へ送る。

受け取った役所には受領書を返させる。

「知らせたつもりを、知らせたことにしてはいけません」

総督は初めて、新しい命令書に自分の署名を添えた。

関所の倉庫で、荷車の御者が膝を抱えていた。

「村には熱のある子がいるんです。今日届くと伝えてしまった」

彼は薬が万能でないことを知っていた。

それでも届けると約束したものが届かない怖さを、誰よりも知っていた。

総督は旧王命の写しを机に広げた。

発令日も押印も正式である。

だからこそ、勝手に破れば職を失うかもしれない。

アーデリアは怒鳴らずに尋ねた。

「新しい評議会の通達を受け取った記録はありますか」

総督は目をそらした。

伝令は来ていた。

ただ、内容を確認しないまま封筒を保管していたのだ。

「知らなかったのではなく、知るのが怖かったのですね」

総督は反論しなかった。

セレナは責める言葉より先に、待機中の薬が傷んでいないかを確認した。

熱に弱い薬は日陰へ移し、封が破れた箱は使用を保留する。

通過を許されても、安全に使えなければ患者は助からない。

門の前に、近隣の村長たちが集まり始めた。

新しい通達が届くたびに別の村だけ優先されるのではないか。

総督は一つの村に特別な許可を出して収めようとしたが、セレナは止めた。

「今回だけの例外にすると、次の患者はまた止まります」

アーデリアは新旧の命令の適用関係を文書にし、評議会の確認印を取り寄せる間、救援協定に基づく緊急医療輸送として限定通行を認めさせた。

武器と兵員は通さず、薬と付き添いだけを検査する。

双方の監督官が積み荷を数えた。

御者が出発前に総督へ頭を下げると、総督は「礼を言われる資格はない」と答えた。

「なら次は止めないでください」

と御者は言った。

その言葉の方が、長い叱責よりも総督の胸に残った。

村へ向かう途中、荷車の一台が立ち往生した。

御者は関所で長く待ったため馬が疲れていると説明した。

セレナは後続の荷車を止めず、必要な箱だけを積み替えさせた。

村の診療所には、到着予定時刻が変わることを先に知らせる。

関所が開いたからといって、失った時間が戻るわけではない。

翌日、総督は関所の壁に新旧通達の一覧を掲げた。

読み上げる係官も置き、文字を読めない御者が内容を確かめられるようにした。

村に到着した荷車から薬箱を降ろすと、診療所の医師は数を数え、受領書に時刻を書いた。

遅れたことも隠さなかった。

御者はその紙を持って関所へ戻ることになった。

「届いた証拠が必要なんですね」

と彼は言った。

セレナは答えた。

「届かなかった時に、どこで止まったか分かるようにするためでもあります」

総督の補佐官は、古い王命を撤回したと書けば自分も処罰されると訴えた。

アーデリアは署名を迫る代わりに、暫定評議会の通達番号と発効時刻を読み合わせ、両国の立会人を置いた。

「あなた一人の勇気に任せれば、次の関所で同じことが起きます」

補佐官はようやく通行簿を開いた。

誰が許可し、どの文書に基づいたか。

その一行が、次に来る荷車の命を守ることになる。

門が開いたあとも、古い布告は破られなかった。

監督官が封をして保管し、通行を止めた時間と待機中の患者の容体を記録した。

セレナは総督の謝罪にすぐ返事をしなかった。

責任を問うのは後でできる。

今は四台の荷車を村へ届ける。

走り出した馬車の後ろで、総督が部下に「次の伝令が来たら、夜でも起こせ」

と命じる声が聞こえた。

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