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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第三十八話 王国の国民が、王宮を取り囲んだ

王宮の鐘が鳴るより早く、広場は人で埋まった。

旗を振る者はいない。

代わりに、木札や紙切れを掲げる者がいた。

そこには、死んだ家族の名前が書かれている。

「父は病院で亡くなったのに、記録にはいない!」

「息子を返せとは言わない。どうして死んだのか教えてくれ!」

怒りの声が石壁に反響した。

近衛隊長は門の前に盾を並べた。

群衆を押し返すよう命じられている。

だが先頭にいたのは、孫を背負う老人だった。

「王子に会わせろとは言わん。医者を通してくれ」

背中の少年は咳を繰り返し、呼吸が苦しそうだった。

「下がれ!」

兵士の声に老人がよろめく。

門の内側では、ユリウスが医療院への搬送許可を求めていた。

「病人を運ぶための通路が必要です。門を全部開ける必要はありません」

「群衆が押し寄せたらどうする」

「それを防ぐため、通路を区切るんです」

近衛隊長は答えなかった。

王宮からの命令は「開門するな」の一言だった。

そのとき、群衆の後方で悲鳴が上がった。

押し合いになり、老人が倒れた。

少年の頭が石畳にぶつかりそうになる。

一人の若い兵士が盾を捨てて走った。

少年を抱き上げ、壁際へ運ぶ。

「何をしている!」

上官が怒鳴る。

「患者です!」

若い兵士は震える声で答えた。

「今は患者です!」

ユリウスが門の小扉から出て、少年の呼吸を確認した。

周囲の人々が自然に道を空ける。

「医療院まで運びます。付き添いは一人だけ」

老人は頷いた。

「わしも行っていいか」

「もちろんです」

その光景を見た群衆の中から、別の声が上がった。

「門を壊すな! 病人が通れなくなる!」

遺族たちは互いに呼びかけ、医療用の通路を空けた。

怒りは消えていない。

それでも、傷つく人を増やすことが目的ではなかった。

王子レオニスは執務室の窓から広場を見下ろした。

「帝国が扇動しているのだ」

側近カイムは慎重に答えた。

「死者の名前を掲げているのは王国の民です」

「セレナが裏で操っている!」

「その証拠はありません」

王子は机を叩いた。

「ならば証拠を作れ」

「それは虚偽の報告を作れというご命令ですか」

カイムの声は低かった。

レオニスは答えなかった。

側近は命令を書き留めず、王宮の監察官へ面会を求めた。

王子の言葉だけで罪を確定できるわけではない。

だが、調べるべき事実を握り潰す理由にもならなかった。

カイムは返事をしなかった。

命令の危うさを理解したからだ。

広場では、遺族代表が台に上がった。

彼女の夫は病院で亡くなったが、死亡記録から消されていた。

「私たちは王宮を焼きに来たのではありません」

声は震えていた。

「名前を返してほしい。何が起きたのか調べてほしい。まだ生きている人が医者にかかれるようにしてほしい」

誰かが拍手し、すぐに止んだ。

人々は静かに聞いていた。


午後、王宮は代表者との面会を拒んだ。

代わりに、医療院への臨時通路だけを認めた。

「それで終わりではない」

遺族代表は言った。

「でも、今日ここで救われる命があるなら、その道は守る」

広場の片隅では、抗議に来た人々が交代で水を配っていた。

列に並ぶ老人を支える者もいれば、行方不明者の名前を書き取る者もいる。

遺族代表の女性は、夫の名前を書いた札を胸に抱えていた。

「ここで騒げば、夫の名を取り戻せると思ったのです」

隣の青年が尋ねる。

「取り戻せますか」

「分かりません。でも、誰も声を上げなければ、消されたままです」

青年は自分の札を裏返した。

妹の名と、最後に目撃された病棟が書かれている。

死亡の確認はまだない。

代表はそれを見て、安易に弔いの言葉を言わなかった。

門の内側で、近衛隊長は若い兵士を叱責した。

「盾を捨てるなと命じただろう」

「申し訳ありません」

「お前が走れば、他の兵も持ち場を離れる。門が破られれば、もっと多くの人が傷つく」

若い兵士は唇を噛んだ。

「では、次に子供が倒れても見ていろと?」

隊長はすぐには答えられなかった。

彼は門の配置図を引き寄せ、医療用の小扉に二人の兵を増やした。

盾の列は維持し、搬送の呼び出しには別の兵が動くようにした。

「次は持ち場を離れる前に、救護係を呼べ。呼んでも来なければ、私に言え」

若い兵士は顔を上げた。

「隊長が動いてくださるんですか」

「私の命令で、人が死ぬのを見たくはない」

そのころ、王宮の執務室では側近カイムが一通の報告を握っていた。

死亡台帳の移送記録と、遺族が掲げる名前の一部が一致している。

「殿下、広場の訴えには確認できる事実があります」

「だからどうした。民はいつも不満を言う」

「病人を診る道まで閉ざせば、不満では済みません」

「お前まで私に逆らうのか」

カイムは返答を飲み込んだ。

王子を説得できないなら、少なくとも記録を残す必要がある。

彼は報告書の写しを封じ、提出した時刻を書き入れた。

日が傾くと、遺族代表は広場の人々に呼びかけた。

「明日も来る人は、名前と最後に会った場所を持ってきてください。確かでないことは、確かでないと書いてください」

「王宮に嘘をつかれたのに、私たちまで正直に書くのか」

「だからこそです。私たちの言葉まで疑われないように」

その場にいたユリウスは、思わず顔を上げた。

医療院で彼が守ろうとしていた原則が、広場にも生まれていた。

ユリウスは臨時診療所の入り口に、死亡者の照合窓口と診察受付を別々に設けた。

遺族の悲しみを診療の順番に利用しないためだった。

「父の名前を届けたら、診察を先にしてもらえますか」と尋ねる少女に、彼は首を振った。

「診察は体の状態で決める。でも、お父さんの名前は必ず受け取ります」。

少女はしばらく考え、二つの列のうち先に祖母を診察へ連れていった。

ユリウスは臨時診療所で傷ついた人々を診た。

抗議者も兵士も、同じ布で止血し、同じ手順で記録する。

若い兵士が腕の傷を押さえながら尋ねた。

「俺は命令に背いたのでしょうか」

「私には軍の規則は判断できない」

ユリウスは包帯を結んだ。

「でも、あなたが運んだ子は今、医師の手当てを受けています」

夕暮れ、王宮の門は閉じたままだった。

広場には死者の名前が並び、その横に、医療を求める要望書が置かれた。

広場の端で、抗議に参加していた老女が倒れた。

門の前にいた兵士は一瞬ためらったが、槍を置き、診療所へ運ぶのを手伝った。

老女の息子はその兵士を睨みつけたまま、それでも担架の片側を持った。

怒りは消えない。

けれど今この瞬間、同じ人を救おうとしている。

その事実が、広場にわずかな通路を開いた。

人々は翌日も来ると決めた。

剣ではなく、名前と証言を持って。


その夜、王国の枢密会議は医療救援に限る臨時の決定を公示した。

王子の地位を直ちに剥奪するものではない。

しかし、死亡記録の調査と国境の救護事務は、王子の直属命令から切り離して臨時の救護評議会へ移す。

評議会には地方の医師、補給官、行政官が入り、物資の受領と王国側の救護所設置を担当する。

帝国の医療班を王国領へ入れる協定は、王国の正式な署名権者の承認を別途必要とした。

「王子を裁くことと、今日の患者を救うことは、同じ日には終わらない」

ユリウスは公示を読んで呟いた。

それでも救援の判断が一人の怒りに左右されない道が開かれた。

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