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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第三十四話 偽りの治癒師が売った奇跡の薬

「一晩で黒熱病が治る薬です!」

国境市場に響いた売り声に、セレナは足を止めた。

男の前には小瓶が二十本。

濃い紫色の液体が入っている。

一瓶、金貨五枚。

避難民が何か月も働いてようやく手にできる金額だった。

「王都の高名な治癒師が作った秘薬だ。帝国の医者が隠している治療法だぞ!」

周囲の人々がざわつく。

列の先頭にいた母親は、布に包んだ硬貨を握り締めていた。

「娘の熱が下がらないんです。これで助かりますか」

「もちろん。今夜飲ませれば朝には歩ける」

男は笑った。

セレナは母親の横に立った。

「お子さんを先に診せてもらえますか」

「また待たせるんですか。昨日も診療所で三時間待ったのに」

責める声に、セレナは目を逸らさなかった。

「待たせたのは事実です。申し訳ありません。今は呼吸の状態を確認したい」

少女は母親の背中でぐったりしていた。

呼びかけには反応するが、唇が乾いている。

セレナは看護人を呼び、水分補給と観察を始めさせた。

「その瓶を捨てろとは言いません。ただ、何が入っているか分かるまで飲ませないでください」

母親は瓶に伸ばしかけた手を止めた。

売り手が割って入る。

「治らなかったら、お前が責任を取るのか」

「治ると約束することはできません。だから、できる治療と危険を説明します」

「奇跡を信じる気持ちを奪うのか!」

「信じるかどうかを決めるには、材料が必要です。成分表と、効果を確かめた記録を見せてください」

男は小瓶を箱に戻した。

「秘伝だ」

母親が硬貨を包み直した。

「昨日、別の女の人がこの薬を買ったんです。子どもの薬代を払うために、毛布を売ったって」

売り手の顔から笑みが消えた。

セレナは男を追い詰めるより先に、その子の所在を確かめるよう看護人へ頼んだ。

売買の真偽は後で調べられる。

しかし、治療を遅らせている子どもがいるなら、待てなかった。

「秘伝なら、なおさら患者に安全を説明しなければなりません」

市場監督官が来たとき、セレナは男を犯人と決めつけなかった。

販売した瓶、残りの在庫、購入者の証言を別々に記録してもらう。

「この薬で助かった人もいる!」

男が叫んだ。

「その人の状態を確認します。飲んで悪くなった人がいれば、その記録も必要です」

検査室では薬師が瓶の沈殿物を調べた。

金属を含む鉱粉が混ぜられている。

少なくとも、この配合で安全性を保証する根拠はなかった。

だが、セレナはすぐに「毒薬」と言い切ることを避けた。

摂取量も、実際に飲んだ患者の症状もまだ分からない。

「販売は一時停止。購入した人には、飲んだかどうかを確認する。体調が悪い人は優先して診る」

監督官は回収札を用意した。


夕方、母親が診療所に戻ってきた。

少女の熱はまだ高い。

母親は目を赤くしている。

「もし、あの薬が本当に効くなら……私が飲ませなかったせいで」

セレナは言葉を選んだ。

「その不安は当然です。でも、今分かっていることだけで判断するなら、飲ませない方が安全です。娘さんの状態は私たちが見続けます」

「明日の朝まで、ここにいてもいいですか」

「もちろんです」


翌朝、少女は少しだけ水を飲めるようになった。

まだ回復したとは言えない。

それでも母親は、小さな手が自分の指を握り返すのを感じた。

調査が始まると、別の難しさが現れた。

瓶を買った人が名乗り出ないのだ。

「買ったと知られたら、愚か者だと笑われる」

市場監督官が肩を落とした。

「それに、治癒師の言葉より商人を信じたと責められると思っている」

セレナは相談窓口の札を書き換えた。

『偽薬購入者の申告』ではなく、『薬を飲んだ後の体調相談』。

瓶を持ってこなくても診察を受けられるようにした。

「叱るための窓口じゃありません。何を飲んだか分からなくても、症状を教えてもらうことが大切です」


午後、足取りのふらつく老人が息子に支えられて現れた。

「昨夜、半瓶飲ませました。朝から吐いています」

息子は目を伏せた。

「俺が買ったんです。父を助けたくて」

「まず呼吸と意識を確認します。飲んだ時間と量を、覚えている範囲で教えてください」

老人の症状が薬だけによるものか、元の病気によるものかはすぐには分からない。

エドガーは診察を引き継ぎ、薬師は残った液体を別容器に封じた。

息子はセレナの袖を掴んだ。

「俺のせいで父が死んだら」

「今、責めることはしません。必要な情報を伝えてくれたおかげで、治療の判断ができます」

息子は泣きながら頷いた。

一方、売り手は監督官の前で繰り返した。

「仕入れ先に効くと言われた。俺も騙されたんだ」

「そうかもしれません」

セレナは記録を確認した。

「でも、あなたは成分を知らないまま『必ず治る』と売りました。その事実は変わりません」

売り手は黙り込んだ。

責任の範囲を決めるのは調査と法の仕事だ。

セレナは医療者として、患者が何を飲んだかを明らかにすることに徹した。

夜、母親が娘の枕元でぽつりと言った。

「金貨が足りなくて、買えなかったことを恥ずかしいと思っていました」

「娘さんを思う気持ちを、誰かに値段で測らせなくていいんです」

セレナは少女の呼吸数を書き留めた。

「明日も同じ時間に診ます。変化があれば、すぐ呼んでください」

奇跡という言葉は、一晩で終わる約束を売る。

彼女たちの仕事は、終わらない夜に何度でも戻ってくることだった。

相談窓口の前に、昨日まで薬を売る男を信じていた人々が並んだ。

監督官は誰にも購入額を尋ねず、まず体調を聞いた。

セレナは少女の母親に、診療所で待たせた理由も説明した。

人手が足りないなら足りないと知らせる。

いつ診るかを約束し、守れなければ伝える。

偽りの奇跡に対抗できるのは、立派な言葉よりも小さな約束の積み重ねだった。


翌日、薬師は瓶の検査結果を監督官へ渡した。

検出された成分と、まだ確認できない作用を分けて記載してある。

セレナは報告書を読んで頷いた。

人々を守るためにも、恐怖をあおる言葉ではなく、確かめた事実だけを広める必要があった。

一方、男の荷車から大量の瓶が見つかった。

帳簿には、王国の貴族の紋章と、薬の仕入れ先を示す略号が残っていた。

「これで黒幕が分かりますか」

監督官が尋ねる。

「まだ分かりません」

「仕入れ先の略号だけでは、特定の貴族を犯人とは言えません。帳簿の取引日、運搬人の証言、代金の流れを突き合わせてください」

監督官は頷き、販売された瓶の番号を記録するよう部下に命じた。

購入者には返金の相談窓口を知らせる一方、健康被害の聞き取りは医療班が担当する。

金銭の調査と患者の救護を混同しないためだった。

セレナは答えた。

「でも、誰が病人の不安で儲けたのか、追う道筋はできました」

被害者の一人が「返金されれば娘は治りますか」と尋ねた。

監督官は言葉を失った。

セレナは母親に、返金の手続きと治療の見通しは別だと伝えた。

「お金を取り戻すことも大切です。でも、今夜の呼吸を一緒に見守ることは、明日まで待てません」。

母親は瓶を差し出した。

怒りの証拠として握りしめていたその瓶が、初めて検査に回された。

市場には翌日も人が集まった。

奇跡の薬を求める人ではなく、無料の相談窓口で自分の症状を話す人々だった。

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