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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第二十二話 少女を殺したことにした男

「私は死んでいません」

会議室の外では、シーラのために温めた粥が冷めかけていた。

セレナは証言の続きを急がせようとしたが、少女の指先が震えていることに気づき、筆を置いた。

「今日はここまででもいい」

「でも、あの人がまた誰かを死んだことにしたら……」

「だからこそ、間違いなく残すの。急いで言葉を取り違えたら、あなたが苦しむことになる」

リゼは聞き取った事実と推測を別々の欄に書き、証人の名を記録した。

シーラが覚えていない日時は空欄にした。

空欄を埋めるための嘘だけは、ここに置かないと決めた。

セレナは少女の肩に毛布を掛けた。

十二歳の子供が、王国の公文書に記された自分の死亡日を読み上げなければならない。

その残酷さを、今さら理解した。

「ここには、あなたを責める人はいないわ」

「でも、私が生きていると分かったら、誰かが困るんですよね」

向かいに座るエドガーが、机の上の紙を伏せた。

王国医療院の死亡診断書。

署名欄にはセレナの名があり、死因には『治癒魔法の暴走』と書かれている。

「診断書を見たことは?」

「ありません。でも、あの夜のことなら覚えています」

シーラは指先で毛布の縁をつまんだ。

熱が下がり、セレナに礼を言ったあと、白衣の男が二人来た。

片方は院長オルフェン。

もう片方は、見たことのない銀の留め具を胸につけていた。

『回復したことは王子に報告するな』

男はそう言ったという。

少女は意味が分からず、母親を呼んでほしいと頼んだ。

しかし、窓のない部屋に移され、眠くなる薬を飲まされた。

「何日、そこにいたの?」

「数えられませんでした。朝も夜も分からなくて」

セレナの胸が痛んだ。

自分が追放されたあとの出来事ではない。

自分がまだ医療院の廊下を歩いていた間に、少女は壁一枚向こうで助けを求めていたかもしれない。

「逃げ出せたのは、どうして?」

「掃除をするおばさんが、私の名前を知っていたんです。死んだはずの子がいるって、怖がっていました。でも、水をくれました」

その女性はある夜、荷車の底にシーラを隠し、王都の外まで運んだ。

少女の記憶では、まず北の古い修道院に数日かくまわれ、追手の噂が広がると国境近くの農家へ移された。

修道院で「セレナ先生に会いたい」と話したことも覚えていた。

農家の老人が保護を引き受け、最後は彼に付き添われて帝国側の診療所へ来た。

移動の日付は曖昧なため、証言書には推定として記した。

「おばさんの名前は?」

「ナタリア。指に火傷の跡がありました」

エドガーはその名を書き留めた。

セレナは制した。

「証言者を探すのは、今すぐでなくていい。シーラを先に守りましょう」

会議室の扉が二度叩かれた。

皇女アーデリアが入ってくる。

護衛は外に残した。

「少女の身元を公表するのは危険です。王国側から引き渡しを求められるでしょう」

「隠しておけば、あちらは証拠を消せます」

エドガーの言葉に、皇女は首を振った。

「隠すのと守るのは違います。まず独立した医師二名に生存を確認してもらい、記録を封印します。証言は本人の同意が得られてから」

シーラは顔を上げた。

「私が話せば、セレナ先生は悪くなかったって分かりますか」

「あなたの言葉は大切。でも、証明する責任をあなた一人に負わせない」

セレナは膝をつき、少女と目線を合わせた。

「私の名誉より、あなたの安全が先よ」

「先生は、また私を助けてくれる?」

「今度は一人にしない」

廊下では、難民の子供が咳をしていた。

誰かが湯を運び、看護人が清潔な布を取り替えている。

セレナが築こうとしてきた医療は、今この瞬間も患者を待っていた。

皇女は机に封筒を置いた。

王国から届いた照会書だ。

『死亡者シーラの名を騙る者が帝国領内にいるとの情報あり。

身柄を確保し、引き渡されたい』

日付は三日前。

シーラが診療所に現れるより前だった。

王国は国境付近で少女が生きているという噂をつかみ、本人確認より先に照会書を出したらしい。

「王国は、あの子が生きている可能性を知っていた……」

セレナが呟くと、皇女は静かに答えた。

「そして、私たちより先に探していた。生存の可能性を知りながら死亡記録を訂正しなかったのなら、単なる誤診では済みません」

シーラは封筒を見つめ、初めて怒った顔をした。

「私、名前を返してほしいです」

証言を終えたあと、シーラは机の下で両手をこすり続けていた。

「怖かったら、今日はここまでにしましょう」

「でも、言わなかったら、また誰かが死んだことにされる」

セレナは少女の勇気を褒める代わりに、水を差し出した。

勇気があるからといって、十二歳の子供に全てを背負わせていいわけではない。

証言の続きは、本人の希望と体調を確認してからにすると決めた。

その小さな願いが、会議室の全員を動かした。

セレナは診断書を閉じた。

死者として扱われた少女を、生きている一人の人間として守る。

そのための仕事が、ようやく始まった。

シーラは会議室を出るとき、セレナの袖を引いた。

「お母さんを探す手紙に、私の名前を書いてもいい?」

「あなたが望むなら。でも、宛先を確かめて、ほかの人には見えないように送りましょう」

少女は考え込んでから、短い一文を書いた。

『私は生きています。

今は安全な場所にいます』。

署名はしなかった。

「これだけで、お母さんに分かるかな」

「分からないかもしれない。だから、あなたしか知らない思い出を一つ添えてみる?」

シーラは幼い頃、母と一緒に窓辺で育てた青い花のことを書いた。

エドガーは封をした手紙を受け取り、王国側の協力者へ渡す前に経路を二重に確認すると約束した。

そのころ、保管庫では診断書の写しと少女の証言が別々の箱に収められていた。

証言だけが失われても、書類だけが奪われても、調査を続けられるようにするためだ。

セレナはシーラに言った。

「あなたが今日したことは、誰かを裁くためだけじゃない。明日、自分の名前で生きるための一歩よ」

少女は返事の代わりに、封筒を両手でそっと撫でた。

保管庫へ向かう途中、エドガーはセレナに低い声で告げた。

「診断書の署名は、筆跡だけでは決着しません。原本がいつ作られ、誰が受け取り、誰が保管したかまで追う必要があります」

「私の無実を急ぐために、あの子を何度も証言台へ立たせたくない」

「そのために書類を調べるんです」

二人は死亡診断書の受領印と、王宮医療院の搬送記録の写しを照合した。

日付は同じでも、時刻欄には食い違いがあった。

搬送記録には夜半の印。

診断書には、その前の夕刻に死亡確認を終えたことになっている。

それだけで偽造と断定はできない。

時刻を書き間違えた可能性もある。

だが、シーラが生きている以上、少なくとも診断書に記された死は事実ではない。

シーラが粥を食べ始めると、セレナは会議室から一歩下がった。

少女の勇気に救われた自分が、今度はその勇気を利用しないためだった。

「私が話したせいで、あの掃除のおばさんが捕まる?」

「名前を知っている人を、すぐに探しに行かせたりしない。安全な連絡方法を決めてからにするわ」

「じゃあ、お母さんにも?」

「あなたが望むなら、居場所を確かめる。ただし、返事が来るまでここにいていい」

「王都の洗濯場にいたの。私を探しに来たら捕まるって言われた」

シーラの声が細くなった。

「だったら、手紙を届ける人を選びましょう。居場所を知られない方法で」

セレナは保護担当者に、王都の救護窓口を経由した安否照会を依頼した。

母親の所在が確かめられるまでは、再会できるとは約束しなかった。

シーラは匙を持つ手を止め、「待つのは怖いけど、ここなら待てる」と言った。

セレナは証拠箱に封をし、立会人と一緒に署名した。

少女に再び同じ夜を語らせなくても、調べられることはまだある。

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