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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第十七話 敵国の病院に、王国の兵士が運ばれた

帝国の国境診療所に、王国軍の紋章をつけた荷車が止まった。

「頼む! ここしか開いていなかったんだ!」

手綱を握る農夫の後ろに、三人の兵士が横たわっている。

一人は胸を押さえて浅く息をし、一人は腕の布を血で染め、最後の一人は熱に浮かされていた。

門衛が槍を横にした。

「王国兵は通せない。捕虜の受け入れには軍の許可がいる」

「許可を待っている間に、死ぬ人がいます」

セレナは荷車に近づき、まず呼吸の苦しい兵士に声をかけた。

「聞こえますか。どこを打ちました?」

「……馬から、落ちた」

左胸の動きが小さい。

唇の色も悪かった。

「エドガー先生を呼んで。イーナ、担架と毛布。門衛の方は、軍の規則に従って武器を預かってください」

「勝手に決めるな!」

門衛の声を受けて、セレナは立ち止まった。

「軍の監督下で武装を解除し、緊急の診察だけを始めます。正式な収容判断は軍医と警備隊長に求めます。時刻も理由も記録します」

規則を破るためではない。

規則のせいで死なせないための手順だった。

門衛は唇を噛み、仲間に担架を運ばせた。

エドガーが駆けつけると、二人は胸を負傷した兵士を優先した。

意識、脈、呼吸の変化を確かめ、体をむやみに動かさず、搬送先への連絡を急ぐ。

「ここで無理な処置をするより、設備のある軍病院へ運ぶべきだ。ただし移送中に悪化する恐れがある」

「私が付き添います。状態を記録して、受け入れ先に渡しましょう」

次に腕の負傷者を診た。

巻かれた布は泥と血で固まり、本人は手を引っ込めた。

「敵国の医者に、何をされるか分からない」

「処置の前に説明します。嫌なことがあれば言ってください」

セレナは道具を見せ、エドガーと出血の状態を確認した。

兵士はしばらく彼女を睨んでいたが、やがて袖をまくった。

「俺たちは、あんたを追い出した国の兵士だぞ」

「知っています」

「それでも助けるのか」

「傷の重さを、国籍で変えることはできません」

包帯を受け取るイーナの手が一瞬止まった。

彼女の兄は国境の小競り合いで足を負傷している。

セレナはそのことを知っていた。

「イーナ。交代してもいいのよ」

「……いいえ。今、必要な仕事をします」

その返事に、負傷兵の視線が下がった。


昼を過ぎると、診療所の外に人だかりができた。

「帝国の子供は三日も順番を待っているのに、敵兵を先にするのか!」

商人の男が叫んだ。

寄付を取り消すと言う者までいた。

セレナは男の前に出た。

「待たせていることは、私たちの責任です。申し訳ありません」

「謝れば済むのか!」

「済みません。だから今、待機中の患者を全員見直します。昨日は歩けた人が、今日は歩けないかもしれません」

イーナが診療簿を開いた。

男の息子は熱が続いているが、意識ははっきりしていた。

一方、胸を負傷した兵士は呼吸が悪化している。

「順番を決めるのは、帝国人か王国人かではありません。今、誰が最も危険かです」

「じゃあ、うちの子は後回しか」

「診察し直します。危険な変化があれば順番も変えます。三日間、何も説明しなかったことも改めます」

男は納得した顔ではなかった。

それでも、息子の診察へ向かった。


夕刻、軍病院への搬送が決まった。

胸を負傷した兵士を担架に移すとき、彼がセレナの袖を掴んだ。

「……俺を運べば、あんたまで疑われる」

「それを判断するのは、あなたの呼吸が落ち着いてからです」

彼はかすかに笑った。

搬送車が出発するまで、セレナは付き添って状態を伝えた。

残る二人のうち、熱のある兵士は夜になってようやく目を覚ました。

「南門を……閉めるな……」

寝台の脇にいたイーナが顔を上げる。

「何の門ですか?」

「王都の、南門だ。病人を外へ出せと命じられた。城内に病が広がっていると、知られるなと……」

セレナの胸が冷たくなった。

第十六話で王都の医療院に異変が起きたという知らせが、頭をよぎる。

「その命令を、あなた自身が聞いたのですか」

「隊長が読み上げた。王子の命令だと言った。……封蝋は見たが、文面までは見ていない」

セレナは記録係の手を止めた。

「『王子が命じた』と断定してはいけません。隊長からそう聞いた、と書いてください」

兵士は目を伏せた。

「門の向こうに、子供を抱いた母親がいた。あの子は、立てなかった。俺は……開けなかった」

「その子がどうなったか、分かりますか」

「分からない。怖くて、見なかった」

セレナは責める言葉を飲み込んだ。

証言は大切だ。

しかし、今この男に答えを押しつけても、門の向こうの子供は戻らない。

「覚えている日時と隊長の名前を、明日、熱が下がってからもう一度確認します。今は休んでください」

兵士は涙をこぼした。

「名前を記録したら、国の家族が罰せられる」

「診療に必要な記録は残します。ただし、証言と診療簿は分けて保管します。公開や軍への提出は、責任者と手続きを確認してからです」

エドガーが戸口から言った。

「敵兵の収容は軍に報告する。隠すことはできない。だが、未確認の証言を事実として広めることもしない」

兵士は小さく頷いた。


翌朝、警備隊長が現れた。

「王国兵を匿っているとの通報があった」

「三人を受け入れ、一人は軍病院へ搬送しました。武器は封印し、受け入れ時刻も記録しています」

エドガーが書類を差し出す。

「緊急診療として私が承認した。以後の身柄の扱いは、軍の判断に従う。ただし治療の継続は必要だ」

隊長は記録を読み、長く黙った。

「皇女殿下への報告が要る。反発も出るぞ」

「承知しています」とエドガーが答えた。

隊長が去ると、ガレスが低く言った。

「王国では命令書で追い出されて、今度は書類で王国兵を守るのか」

「書類が人を守るわけじゃない」

セレナは診療簿を閉じた。

「誰が何を決め、誰が苦しんだのか。消されないように残すの」

外から、新しい荷車の音がした。

門衛が扉を開け、叫ぶ。

「負傷者が二人! 片方は帝国の農夫、もう片方は王国の兵士だ!」

イーナは一瞬だけ二人の服を見比べ、それから顔色と呼吸を確かめた。

「先にこちらを。意識が落ちています!」

彼女が指さしたのは、王国兵だった。

待合室に不満の声が上がった。

それでもイーナは担架を呼び、農夫にもすぐ診察が回るよう指示した。

セレナはその背中を見た。

国境の線は、消えない。

昨日までの憎しみも、簡単には消えない。

それでも、この病院には一つだけ、譲らない決まりができた。

助けを求めて来た人の命を、敵か味方かで量らない。

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