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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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番外編第十四話 病院に託された赤ん坊が、三十年後に院長になった

三十年前の冬、国境共同病院の裏口に小さな籠が置かれていた。

夜勤の看護師が見つけた時、赤ん坊は古い毛布に包まれ、かすかに泣いていた。

名前を書いた紙はない。

看護師はすぐに院内へ運び、医師に状態を確認してもらった。

そして町の養育担当へ連絡した。

病院は赤ん坊を守る最初の場所になった。

養育先は、担当部署が安全を確認しながら探すことになった。


赤ん坊はフィオナと名付けられ、登録された里親夫婦に迎えられた。

養母のマルタは、よく言った。

「あなたは拾われた子じゃない。私たちが迎えた子よ」

幼いフィオナは、その違いが分からなかった。

十歳になった頃、同級生に出生のことをからかわれた。

泣いて帰った彼女に、マルタは古い毛布を見せた。

「これに包まれていたの」

「捨てられたから?」

「事情は分からない。分からないことを、あなたの価値に結びつけなくていい」

フィオナは毛布を抱きしめた。

柔らかさはほとんど残っていなかったが、洗った石鹸の匂いがした。


フィオナが医療の道を選んだのは、恩返しだけが理由ではない。

十二歳の時、養父が仕事中にけがをした。

治療を受けた後、家に戻っても働けず、家計が苦しくなった。

その時、共同病院の相談員は養父の仕事復帰までの支援先を調べ、家族が申請書を書くのを手伝ってくれた。

フィオナは初めて知った。

病院は、傷を治すだけの場所ではない。

その後も彼女は学校に通い、奨学金を得て医療を学んだ。

成績の良い年もあれば、試験に落ちた年もあった。

働きながら勉強を続け、現場で経験を積んだ。


それから三十年。国境共同病院の小さな分院で、新しい管理責任者を選ぶ時期が来た。

三十歳になったフィオナは、看護課程を修了して資格を得た後、地域連携と病棟運営の現場で経験を積んできた。その実績を評価され、候補として推薦された。

ただしフィオナは医師ではない。選考委員会は経歴と実務能力を確認し、診療上の判断は経験豊富な医師が責任者として統括し、フィオナは運営と地域連携を担うことを条件に、小規模な分院の院長職を任せる案を出した。

選考委員会は診療責任者と副院長に役割分担を確認し、フィオナもその条件を受け入れた。

「肩書きより、私が決めてよいことと、診療責任者や副院長に相談すべきことを明確にしてください」

その発言に、委員の一人が頷いた。


しかし別の委員が、出生の記録を話題にした。

「実の親の名前が分からない人物に、院長を任せてよいのでしょうか」

会議室が静まった。

フィオナは一度だけ目を伏せた。

答える前に、選考委員長が口を開いた。

「出生の事情は、職務能力を評価する項目ではありません」

委員長は議事録係に向き直った。

「本人の同意なく出生記録を選考資料に混ぜた経緯も、別途確認してください。今ここで詮索する話ではありません」

「しかし、信用というものが」

「信用は、仕事の記録と行動で確かめます」

委員長はフィオナの勤務評価を示した。

患者への説明、職員間の連絡、事故報告の改善。

どれも完璧ではない。

だが、問題を隠さず、修正を続けてきた記録だった。

議論はようやく本来の選考に戻った。


フィオナが院長職を引き受ける前、選考委員としてではなく相談相手として話を聞いていたセレナは、一つだけ確認した。

「断ってもいいのよ」

フィオナは驚いた。

「先生も、私に期待してくださっているのに?」

「期待と命令は違うわ。あなたの人生だもの」

フィオナはしばらく考えた。

幼い頃は、自分を迎えてくれた人々に何かを返さなければと思っていた。

けれど今は、返すためだけに働きたくない。

医療の仕事が好きだった。

誰かが困っている時、仕組みを整えることに手応えを感じた。

「やりたいです」

フィオナは答えた。

「でも、分からないことがたくさんあります」

「それを言えるなら、相談相手を作れるわね」

セレナは微笑んだ。

「院長は、何でも知っている人じゃない。誰に聞けばいいかを知ろうとする人でもあるの」

その言葉を、フィオナは就任後も何度も思い出した。


内定を知らされた夜、フィオナは里親の家へ向かった。

マルタは台所で豆を煮ていた。

「分院の院長を引き受けたんだって?」

「分院の、だけどね」

「それでも大仕事だよ」

フィオナは笑った。

「私、病院に恩返しすることばかり考えていた」

マルタの手が止まった。

「病院は私を助けてくれた。でも毎朝起こしてくれたのは母さんで、字を教えてくれたのは学校の先生で、泣いた時に隣にいたのは父さんだった」

「そんなこと、前から知っていたよ」

「うん。でも、ちゃんと伝えたかった」

マルタは鍋をかき混ぜながら目を拭いた。

「気づいてくれたなら、それでいい」


就任初日、フィオナは古い毛布の端を机の引き出しにしまった。

式典では出自の話をしなかった。

代わりに、分院の夜間受け入れ手順を説明した。

緊急時に誰へ連絡するか。

保護者のいない子供が来た時、医療と養育の担当をどうつなぐか。

職員が一人で判断を抱えないための連絡表。

「最初の仕事が、これですか」

副院長が尋ねた。

「はい。昔の私のような子が来た時、入口で迷わせたくないので」

フィオナは答えた。

「でも、それだけのためではありません。助けを求める人は、みんな迷わず入れるべきです」


最初の職員会議で、フィオナは全員の顔と名前を覚えようとして失敗した。

会議の終わりに正直に謝ると、年配の看護師が笑った。

「院長、私たちも新しい院長の癖を覚えるところです」

「私の癖ですか」

「緊張すると、紙を三回揃えます」

フィオナは手元を見た。

本当に書類の角を揃えていた。

部屋に笑いが起こる。

その笑いのおかげで、次の議題では職員から率直な意見が出た。


その夜、分院に高齢の旅人が運ばれてきた。

身分を証明する書類を持っていない。

受付の職員が困っていると、フィオナは言った。

「必要な診療を先に。手続きは担当と並行して進めましょう」

フィオナが診察に割り込むことはなかった。

医師と看護師が診療し、相談員が旅人の宿を調べた。

フィオナは連絡が途切れていないかを確認した。

それが院長の仕事だと、少しずつ分かってきた。


就任翌朝、フィオナはセレナから短い手紙を受け取った。

『就任おめでとう。分からないことは、一人で決めないで』

フィオナは笑った。

『はい。まず副院長に聞きます』

返事を書き終えると、彼女は引き出しを開けた。

古い毛布は何も語らない。

誰が自分を産んだのか、今も分からない。

それでも、今日誰を迎えるかは選べる。

フィオナは毛布をしまい、病棟へ向かった。

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