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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第百六話 一枚の死亡診断書

窓口の裏では、訂正申請を受け付ける職員同士が言い争っていた。

「証人が二人いなければ認められない」

「戦争で家族を失った人はどうするんだ」

ユリウスは一律の人数を条件にする案を止めた。

確かめるべきは書類の枚数ではなく、残された記録が互いに何を裏付けるかだった。

一人暮らしの老人は、死亡扱いになった息子の生存を主張していた。

息子から届いた手紙はあるが、日付が読めない。

ユリウスはすぐに訂正印を押さず、郵便の配達記録と息子が働いているという工房へ照会を出した。

老人は不満を隠さなかった。

「また待たせるのか」

ユリウスは頭を下げた。

「待たせる理由と、いつ返事をするかをお伝えします」

数日後、工房から本人の署名が届いた。

老人は窓口で声を上げて泣いた。

書記も目を潤ませたが、ユリウスは確認を終えた書類を丁寧に綴じた。

感情が動いたからこそ、記録を曖昧にしない。

王国記録院の窓口で、ある母親は訂正通知と新しい生存証明書を見つめていた。

娘は隣の椅子で眠っている。

生きているのに死者として扱われ、配給を断られ、学校の名簿からも消された。

「朱印が変われば、終わりですか」

書記は答えられなかった。

シーラは母親の横へ椅子を運んだ。

自分もかつて死者の欄に書かれた少女だった。

「私も書類を直してもらいました。でも、失った日々は戻りません」

ユリウスは補償の申立書を差し出した。

配給を受けられなかった期間、学校に通えなかった月、役所へ通った交通費。

どれも、記録の誤りが暮らしへ及ぼした影響だった。

書記は領収書の提出を求めたが、母親は持っていなかった。

「食べ物をもらえなかった証拠なんて、どう残せばよかったんですか」

ユリウスは学校の出席簿や配給担当者の記録、近隣住民の証言を組み合わせる方法を提案した。

証言が食い違えば調査中として扱い、申立人をすぐに嘘つきと決めつけない。

母親と娘の記憶には、死亡扱いの知らせを受けた日付に三日の差があった。

書記は片方を消そうとしたが、セレナが止めた。

「違いをそのまま残してください」

調べると、学校へ知らせが届いた日と役所が処理した日が異なっていた。

矛盾して見える証言の両方に、理由があったのだ。

役所の書記は、訂正を求める人が増えるほど作業が遅れると嘆いた。

ユリウスは窓口を二つに分け、身分の回復を急ぐ人と損害の調査が必要な人を同じ列で待たせないようにした。

訂正は補償の認定を意味しないことも、最初に説明した。

期待させてから突き放すのは、もう一度人を傷つける。

最初に相談した母親は新しい証明書を胸に抱え、窓口で頭を下げかけた。

ユリウスはその手を止めた。

「こちらが直すべき記録でした」

謝罪を言葉で終わらせないため、次の申立人を呼んだ。

補償窓口が開いた最初の日、別の母親が申立書を破ってしまった。

記入欄が多すぎて、どこから書けばよいか分からなかったのだ。

ユリウスは書式を作った官吏を呼び、母親の前で一つずつ質問を読み上げた。

住所が失われた人に旧住所の証明を求める欄、配給を受けられなかった人に配給票を求める欄。

書類には、被害を受けた人ほど答えにくい問いが並んでいた。

「審査を甘くするのではありません」

とユリウスは言った。

「審査できる入口を作り直すのです」

窓口には聞き取り担当を置き、本人の言葉を記録した後に読み返して確認する手順を加えた。

書けない人の代筆には、別の職員が立ち会う。

記録を訂正する制度が、新たな偽りを生まないようにするためだった。

シーラは待合室で、母親に連れられた少女と並んで座った。

少女は「学校に戻っても、みんなが怖がる」と呟いた。

シーラは簡単に大丈夫とは言えなかった。

自分も教室の戸を開けるまで何度も足を止めたからだ。

「先生に一緒に入ってもらったよ」

と話すと、少女は初めて顔を上げた。

書記の一人は、訂正を認めれば役所の過失を証明することになると恐れていた。

ユリウスは「訂正しなければ過失が消えるわけではない」と答えた。

記録を直す担当と補償を審査する担当を分け、双方の判断と理由を残す。

母親は申立ての受付番号を受け取ったが、補償が認められたわけではないと説明された。

それでも「何も分からず待つよりはいい」と言った。

窓口を出た娘は、母親の手を引いて学校へ向かった。

失った日々の数え方は人によって違う。

けれど、明日の出席簿に名を載せることだけは、今日できる仕事だった。

翌週、訂正された名簿が学校へ届かなかったという連絡が入った。

役所では処理済みでも、配達係が古い宛先へ送っていた。

ユリウスは担当を叱るだけでなく、受取確認の欄を設けた。

書類が作られたことと、必要な人へ届いたことは違う。

シーラは窓口に置く案内札の文面を読み、「難しい言葉が多い」と指摘した。

書記は顔を赤くしたが、少女が実際に読める言葉へ書き換えた。

『あなたの記録が間違っていたら、ここで相談できます』。

その札の前で、杖をついた老人が足を止めた。

ユリウスは最初の母親へ、訂正した証明書を渡す前に確認した。

『学校と配給所へ連絡してよいですか』。

母親は驚いた。

今までは本人の知らないところで死亡扱いにされ、知らないところで手続きが進んできたからだ。

『お願いします。

でも、娘にはみんなの前で事情を話さないでください』。

ユリウスは連絡票にその希望も記した。

正しい記録を届けることと、本人の事情を広めることは違う。

数日後、学校から返事が来た。

名簿は直ったが、娘が戻る席はまだ用意されていないという。

シーラは先生に会い、初日に一緒に教室へ入る役を頼んだ。

娘は母親の後ろに隠れていたが、シーラが『怖かったら廊下で待ってもいいよ』と言うと、小さく頷いた。

紙の上の生存と、毎日の暮らしに戻ること。

その間には、まだ人の手が必要だった。

役所を出ると、シーラは少女に学校への道を教えた。

二人の歩幅は違ったが、急がせなかった。

ユリウスは窓口へ戻り、次の申立人を呼ぶ。

今日中に全員を救うことはできない。

それでも、誰かの名前をもう一度消さないための仕事は続いていた。

シーラはその光景を見て、セレナに尋ねた。

「私たちが言ったことを、信じてもらえなかったのかな」

セレナは答えた。

「信じたい気持ちと、誰も取り違えないように確かめることは、両方必要なのよ」

シーラはしばらく考え、老人に椅子を譲った。

訂正された一枚の紙の向こうに、それを待つ人の暮らしがあると知っていた。

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