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王子に追放された天才治癒師、隣国で病院を建てたら英雄になりました  作者: レモンティー


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第百四話 帝国にも病は来る

港の診療所に発熱者が運び込まれた夜、避難民の宿へ石が投げられた。

「王国の人間が病を持ち込んだ」

という噂が、検査結果より早く街を走った。

最初の発熱者が誰なのかさえ確かめられていないのに、宿の窓が割られた。

アーデリアは宿の警備を命じると同時に、帝国人の患者にも同じ診察手順を適用するよう通達した。

セレナは宿の裏口で、息子の熱を隠していた母親に出会った。

「知らせたら追い出されます」

セレナは隔離場所と食事の配給を説明し、母子が一緒にいられるよう手配した。

子供には脱水の兆候があり、看護人が少しずつ水を飲ませた。

診察を怖がらせる噂そのものが、病を重くすることもある。

調査の結果、発熱者は複数の職場に分かれ、同じ原因とは断定できなかった。

港湾労働者の一人は、帝国人であることを理由に自分は安全だと思い込み、受診を遅らせていた。

セレナは掲示板の文を直した。

『王国から来た人は相談を』ではなく、『熱や体調の変化がある人は国籍を問わず相談を』。

港の検査所では、別の難題が持ち上がっていた。

船が入るたびに全員を長時間待たせれば、傷みやすい食料が荷揚げできない。

だが、症状のある人を見逃せば、港の仕事そのものが止まる。

監督官は「いっそ船を全部追い返せば」と言った。

アーデリアは即答せず、医師と船長、港湾労働者の代表を集めた。

セレナは発熱の有無だけで感染症を断定できないと説明した。

問診を受ける場所、具合の悪い人を休ませる場所、必要な検査を受ける手順を分ける。

船員が申告をためらわないよう、診察中の食事と寝床も確保した。

最初の運用日、通訳が足りず、外国船の船員が指示を理解できなかった。

係員が声を荒らげると、船員はさらに怯えた。

セレナは手を上げて止め、身振りと絵で説明できる札を作らせた。

船長にも母語で注意点を書いてもらう。

完璧な翻訳ではないが、分からないまま命令に従わせるよりは安全だった。

夕方、監督官が報告に来た。

「予定より荷揚げは遅れました。しかし症状を隠していた船員が、自分から相談に来ました」

その船員は軽症だったが、早く診てもらえたことを喜んでいた。

検査室から結果が届くまで、港では憶測が膨らんだ。

船を止めれば食料が遅れ、止めなければ病が広がるかもしれない。

アーデリアは荷揚げ作業を一律に禁じず、体調不良者の休養、作業場所の清掃、飲み水の確認を優先した。

検査の結果が一つ判明するたび、診療所の掲示板に日付を付けて追記した。

古い情報を消さず、何が訂正されたかを見えるようにした。

避難民の母親が再び診療所へ来たとき、彼女は息子の熱だけでなく、宿へ戻る道が怖いと訴えた。

治療と安全は切り離せなかった。

検査所から届いた最初の報告は、セレナの予想を裏切った。

避難民の宿で発熱した者と、港の倉庫で倒れた労働者では、症状の経過が違う。

病名を一つに決めつけることはできなかった。

アーデリアは「調査中」

と明記した告知を出させたが、商人組合は曖昧な発表が客を遠ざけると抗議した。

「分からないことを、分かったふりはできません」

セレナはそう答え、代わりに受診すべき症状と相談先を具体的に示した。

発熱した人の移動を一律に禁じるのではなく、重症度に応じて診察と休養の場所を分ける。

宿の食事を届ける係にも手順を説明し、恐怖だけで患者から距離を取らせないようにした。

翌朝、石を投げられた宿の主人が診療所へ来た。

「泊め続けたら、うちまで嫌われる」

彼は疲れ切っていた。

アーデリアは宿の警備と窓の修理費を手配したが、主人が失った客まで即座に戻せるわけではない。

セレナは主人の話を最後まで聞いたうえで、宿泊者と従業員が相談できる窓口を一緒に確認した。

数日後、受診を遅らせた帝国人の港湾労働者が再診に訪れた。

「最初は自分たちだけは大丈夫だと思っていた」

と彼は言った。

セレナは接触歴の確認に必要な居住地や移動歴を聞き取り、治療の優先順位は国籍ではなく症状で判断した。

病気の原因を調べるには生活環境の情報が必要だが、人を治療する順番を国籍で決める理由にはならない。

診療所は重症者を優先する手順を掲示した。

通訳を介して説明すると、列の最後にいた港湾労働者が自分の番号札を握り直した。

隣にいた子供の呼吸が苦しそうなのを見て、彼はその親子を先に通した。

最初の夜、診療所の前に集まった人々は二つに割れた。

『宿を閉めろ』と叫ぶ者と、『閉めたら行き場がない』と訴える者。

アーデリアは衛兵に群衆を押し返させるのではなく、診療所へ続く通路を確保させた。

投石の疑いは別に調べ、病気の有無と犯罪の責任を混同しない。

セレナは子供を抱いた母親を先に中へ通した。

母親は『王国の人間だから最後だと思っていました』と震えた。

『順番は体の状態で決めます』。

セレナはそう答えた。

翌日の掲示には『検査中』という文字が残った。

市民の一人が『いつになったら安全だと言える』と詰め寄る。

エドガーは確定していない感染経路と、今すぐ行える対策を分けて説明した。

患者の体調が悪化した場合の連絡先、診療所の受付時間、食料の配達方法。

曖昧な安心を売る代わりに、今日できることを一つずつ示した。

三日後、投石で割れた窓の修理が終わった。

宿の主人は新しい板を見上げても笑わなかった。

『次に噂が出たら、また同じことになる』。

アーデリアは宿と港の代表を交えた説明会を定例化すると約束した。

セレナは母親に声をかけた。

息子の熱は下がり始めている。

母親は小さく礼を言ったが、『まだ宿へ帰るのが怖い』とも続けた。

病を診るだけでは終わらない仕事が、港には残っていた。

休業を命じられた商人たちは補償を求めた。

アーデリアはすべてを無条件に認めるのではなく、感染対策に必要だった休業期間と実際の損失を調べる窓口を作った。

「不安をなくすとは約束できません。でも判断の理由は公開します」

石を投げた者が捕らえられても、宿の窓はまだ割れたままだった。

セレナは修繕の手配を終えてから、ようやく診療所へ戻った。

アーデリアは報告書に一行を書き加えた。

『遅延時間だけでなく、相談できた人数も記録すること』。

港の安全を守る仕事は、船を止めた数を競う仕事ではない。

誰もが症状を話せるようにすることから始まるのだった。

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