58話 2度目の船旅
ローゼスが同行してくれることになったのは、レン達にとって大きかった。とはいえ、喜んでばかりもいられない。龍狼との戦いから間もなく、傷も疲れも完全には抜けていない。 それでも、何をするにしてもソルたちと合流する必要がある。
「で、これからどうするワケ?」
隣を歩くナーシャが、こちらに顔を向けた。
ローゼスも加わったことで戦力は増えた。だが、肝心の仲間たちがどこにいるのか分からないのでは、次の行動も決めようがない。
「ソル達の居場所がわからないからな……」
レンは腕を組み、これまでの行動を振り返る。
ギルドに捜索を依頼する手もある。けれど、すぐ見つかるとも限らないし、何より金がない。そもそも、手掛かりもなしに捜索を頼んだところで、どれだけの成果があるのか。
「なんか心当たりないの?」
ナーシャに尋ねられ、レンは首をひねった。
「大きな街まで行くとか?」
ローゼスが控えめに提案する。
確かに、人が集まる街なら情報も入りやすい。冒険者が立ち寄りそうな場所を回っていけば、何かしら手掛かりが見つかる可能性はある。ただ、闇雲に移動するのは避けたかった。
「うーん……行き違いが一番もったいないしどうするか。せめて場所が絞れれば……」
そこまで口にして、レンはふと思考を止めた。
場所を絞る。それなら、何も自分の足で探し回る必要はないのではないか。
「あー! そうだ、『キキ』だ!」
思わず声が大きくなった。
隣のナーシャがびくりと肩を揺らし、怪訝そうな目を向けてくる。ローゼスまで少し驚いた様子でこちらを見ていた。
「……急に何よ」
「キキっていう知り合いがいる! あの子ならサーチで人の居場所を探せる!」
以前、キキが使っていた能力を思い出した。あれなら、レンたちが一つずつ街を回るよりも、ずっと効率よくソルたちを探せるはずだ。もっと早く思いついてもよさそうなものだが、ここまでの騒動ですっかり頭から抜け落ちていた。
「だれ? そんな便利なワザ使えるコがいるの?」
ナーシャは興味を引かれたらしく、さっきまでの呆れ顔を引っ込めた。
「ああ。俺たちの仲間の一人だ。ちょっと移動が必要だが、セアラって街に行けば会えるかもしれない」
「セアラ……?」
ローゼスが小さくつぶやく。
水の街セアラ。水路が街中を走り、船が人や荷物を運ぶ、ウィスタリアでも有数の水辺の街だ。
キキは、獣亜人の賞金稼ぎナル・アカツキが率いるパーティ『紅影』のメンバーだ。ナルとは以前、レニの街で知り合っている。その時、彼女からもらった名刺には、セアラの名が記されていた。
「ちょっと遠いけどな。船旅になるし」
「船かぁ……。海はあまり慣れてないんだけど」
ローゼスが少し困ったように眉を下げた。
「船酔いするタイプ?」
ナーシャが尋ねると、ローゼスは首を横に振る。
「乗ったことがほとんどないの。だから、どうなるのか分からなくて」
「なら、乗ってから考えればいいじゃない。ダメそうなら風に当たるとか、横になってるとか。ずっと船の中に閉じこもってるわけじゃないんでしょ?」
「そうしてみる……」
「じゃあ、まずエルムダールに戻ろう。そこから港町までは馬車で一本だ。船の時間も確認しておきたい」
行き先が決まると、ローゼスはほっとしたように息を吐いた。荷物を用意し、旅支度を整える。
長い間、ここで一人で暮らしてきた。外へ出れば、知らない人と出会うこともある。思いどおりにいかないことだってあるだろう。かつての仲間たちを失った記憶も、簡単に消えるものではない。
それでも、ローゼスは自分から同行を申し出た。
「……私、本当に一緒に行ってもいいのかな」
ぽつりとこぼした言葉に、ナーシャが首を傾げる。
「何よ、今さら。自分で考えて決めたんでしょ?」
「そうだけど……。私がいたら、迷惑をかけるかもしれないし」
「そんなの、誰にだってあるわよ。コイツだって、たまに変なことするし」
「おい、なんでそこで俺が出てくるんだ」
思わず口を挟んだレンを、ナーシャは涼しい顔で受け流した。
「事実でしょ?」
「……否定はしないけどさ」
レンが肩をすくめると、ローゼスの口元にも小さな笑みが浮かんだ。
気を遣って励まそうとしているわけではない。ナーシャは本当に、そんなことを気にする必要はないと思っているのだろう。
ローゼスはしばらく二人を見つめていたが、やがて静かに立ち上がった。
「……分かった。行ってみる」
その声には、まだ不安が残っていた。それでも、先ほどまでのためらいとは少し違う。
ローゼスは小屋の中を振り返った。
使い慣れた家具も、いつも過ごしていた場所も、何一つ変わっていない。ここにいれば、余計なことを考えずに済む。誰かを失うことも、自分のせいで誰かを傷つけることもない。
けれど、それは何も変わらないということでもあった。
会いたい人たちがいる。伝えたい言葉がある。過去の過ちをなかったことにはできなくても、もう一度向き合うことならできるかもしれない。
「……行ってきます」
誰に向けた言葉なのか、自分でもはっきりとは分からなかった。ローゼスは小さく息を吸い、扉の外へと足を踏み出した。
外の空気がそっと頬を撫でた。
たった一歩。それだけのことなのに、彼女の表情には、ほんのわずかな変化があった。
レンは何も言わず、その様子を見守った。無理に背中を押す必要はない。彼女はもう、自分の足で歩き始めている。
「……じゃあ、行こうか」
レンの声に、ローゼスは振り返って頷いた。小屋を後にし、来た道をたどって森に入る。
蜃気楼の森は、相変わらず静かだった。木々の隙間から差し込む光が地面に斑模様を作り、風が葉を揺らすたび、さわさわと乾いた音が耳に届く。
つい先ほどまで、レン達はこの森で龍狼に囲まれていた。今はローゼスも一緒にいるとはいえ、警戒を解く気にはなれない。レンは時折、進行方向や木々の奥に目を向けながら歩いた。
レン達は森を抜けたあと、そのままエルムダールへと戻り、ギルドや商店のある通りを回って港町行きの馬車について確認した。幸い、定期便が出ているらしく乗り継ぎを考える必要はなかった。
龍狼の討伐で得た報酬で必要な物資を買い足し、装備に問題がないことを確認した。船旅は初めてではないが、海の上では陸地のように簡単に引き返せない。出発してから不足に気づくのは避けたかった。
準備を終えたレン達は、馬車乗り場へ向かった。
港町へ向かう馬車は、荷物を積み終えると間もなく出発した。車輪が石畳を踏み、ガタゴトと規則的な揺れが座席から伝わってくる。
「……馬車って、こんなに揺れるんだね」
向かいに座ったローゼスが、座席の縁をつかんでいた。
「道によってはもっとひどいぞ」
「えっ、これより?」
「まあ、慣れればどうってことないわよ」
ナーシャは平然と窓の外を眺めている。揺れなど気にも留めていない様子だった。
ローゼスはまだ少し落ち着かないようだったが、やがて座り直し、窓の外へ目を向けた。
街道沿いの景色が、ゆっくりと後方へ流れていく。エルムダール周辺の緑豊かな風景から、少しずつ開けた土地へ。道を行き交う人や荷車も増え、港町が近づいていることを感じさせた。
「ねえ、セアラってどんなところなの?」
ローゼスがレンに尋ねる。
「水路が多い街だな。船がそのまま街の中まで入っていける場所もある。水上の移動が盛んで、商人も多い」
「そうなんだ。初めて行くところだから……」
「観光には行くわけじゃないけどな」
「分かってるよ。ちょっと緊張しちゃって」
「まあ、着いたら少しくらい街を見てみるか」
ローゼスは窓の外に視線を戻した。
その横顔を見ていると、彼女にも少しずつ新しい一歩を踏み出してほしいと思う。過去に囚われたままではなく、これから出会うものにも目を向けられるように。
「着いたみたいよ」
ナーシャの声で、レンは窓の外に目を向けた。
建物の向こうに海が広がっていた。陽の光を受けた水面がきらきらと輝き、港には大小さまざまな船が停泊している。帆を畳む船員、荷を運ぶ人々、出航を待つ旅人。波止場は活気に満ちていた。
「ここが港町……」
ローゼスが窓の外を見回し、感嘆の声を漏らす。
「初めて見るなら、あとでゆっくり見ればいいわ。まずは船を探しましょ」
「うん」
馬車を降りると、潮の匂いが鼻をかすめた。陸地にいるのに、どこか別の世界へ足を踏み入れたような気分になる。
「よし。まずはセアラ行きの船を探そう」
レンの言葉に、二人が頷く。
こうしてレン達は港の船着き場へと歩き出した。




