57話 決断
夜。森のはずれとはいえ、ちょっとしたモンスターが出るくらいは覚悟していたが、予想を遥かに超えてきた。
「何でここに居るんだよ!?」
思わず声を荒らげる。ついさっきまで、そこには誰もいなかったはずだ。それなのにミレイが当然のような顔をして隣に座っている。
夜の森の中。月明かりに照らされたその横顔は、見慣れたものだった。
「声、大きいよ」
ミレイが先に、低く言った。
背後は小屋だ。中にはローゼスとナーシャがいる。ここでまた一悶着あるとややこしくなる。ミレイなりの配慮だろう。
「多分、中の二人には届いていないだろう。今の距離と、音量ならギリギリで」
「しょうがねえだろ……さすがに驚くわ」
「だから、こちらも合わせて話している。安心するといい」
レンは、小屋の窓の方を一度だけ見る。明かりは弱い。人影は動かない。それでも、肩の力は抜けなかった。
「答えろよ、何でここにいるんだよ。待ってるって話だったろ」
「ずっと玉座に座っているのもヒマなんだ。たまに会話しに来るくらいはいいだろう? それにレンの進捗や外の変数も、時々はこの目で見に行きたいしね」
「まあ……理不尽に負けイベ喰らうよりか遥かにマシだけど」
この軽口もまるでミレイ本人そのもののようだ。
「……話すことがあってきたんだろ。ヒマだからってだけで来たわけじゃないと思うが」
「まあ、そうだな」
ミレイは、森の方を見たまま続ける。
「えっと、ブラックリストの『レリエッタ』を覚えているかい?」
「アイツか……そりゃまだ覚えてるよ」
「実はまだ生きていたんだが、訳あってバグを起こしてね……データごと消したから伝えとこうと思って」
「情報量多くね? それにどうしてミレイがアイツを……」
「私は本体をコピーする前に、とある一人のNPCに目をつけていてね」
「一人のNPC……?」
「ああ、名を『ドルマ』という。ブラックリストを脱獄させた主犯格と言えばわかるかな?」
「はぁっ!?」
ギルド襲撃。脱獄。首狩り。死霊。災厄。
複数の点が、一本の線になった。嫌な方向に。
「本体を管理室に誘導するための呼び水にでもなればと思って利用したのさ」
「利用って……NPCを、駒にしてたのか」
「私は最初から、その前提で動かしていた」
レンは、一度歯を噛む。
ソルに仕組まれたイベントだけではない。最初からこのミレイが全て手引きしていた。
「用は済んだけど、レン達がこうして戻ってきたからね。
別の意図で利用する事にした」
「別の意図……?」
雰囲気で分かる。あまり良い予感がしない。
「処理を、任せたい」
「えっ……? 処理ってなんだよ」
「『因子持ち』。彼らの呼称だ。ドルマ及びブラックリスト達には私が特殊なプログラムを与えている。もっとも人間に近く、バグを理解できるNPCとなる」
「何が言いたい?」
「私と戦って、私を超えるのだろう? それならファクター達に持たせた変数、フラグを回収してみせろ」
「そういうことか……回収したらどうなるんだ?」
「輪廻の彼岸に案内してやる。私の待つ場所だ」
ミレイの魂胆までは読めない。俺じゃ辿り着けないと思っているのか。はたまた待つのが面倒だから道標を提示しているのか分からない。
「輪廻の彼岸……そこにミレイがいるんだな」
「“今の私”が、ね」
訂正は、静かだった。同じ顔のまま、自分を分けて見せる。風が、木々の間を一度強く渡る。
剣の柄に手がかかるも抜く気はない。触れないと、落ち着かないだけだ。
「ちなみに拒否したら?」
「何も起きない。ただし、本体にも君たちにもエンディングは残らない」
「……選択肢の無い案内だな」
「他に、案内できる人間がいると思うかい?」
隣の横顔は、幼馴染のままなのに、隣にいる理由も、消したデータの数え方も、もう同じではなかった。
「ファクターの居場所は」
「それはレンが探すものだ」
「もう少し吐き出せよ、せめて」
「ヒントはここまでだ」
短く息が混じる。笑いというより、進度を確認した音に近かった。
「……わかった。どのみちやるしかないだろ」
「まあ、私としても予定調和だ」
ミレイは立ち上がる。衣擦れの音だけが、夜に落ちる。
「共有は以上だ。あとは、レン側の進行待ち、ということでね」
「なぁ、ミレイ」
呼び止めた声が、自分でも意外なほど小さかった。
「……本体の方は、無事なのか」
背中が、一瞬だけ止まる。
「“無事”の定義次第だ。少なくとも、レンの読み通り消去はされていない」
それだけ言って、輪郭が闇に溶けて消えていった。追いすがる前に、隣の空気だけが、元の冷たさに戻っていた。
「行っちまった……マイペースなやつめ。まるで——」
言いかけたところで言葉に詰まる。
"ミレイみたいじゃないか"と言いかけた。
「ああ、くそ! 調子狂うぜ……」
レンは頭をグシャグシャしながら俯く。
「あいつはバグのはずだ! なのに……本当に、ミレイみたいに見えちまう……」
レンの葛藤はしばらく続いた。
——一方、小屋内。
弱い明かりが、最低限の家具だけを浮かべている。
窓の外は真っ暗で、静かな空間には虫の鳴き声のようなものだけが響いていた。
「そういや、アンタ一人の時ってモンスターとか来たらどうすんの?」
「ここは、森から少し離れてるから、あまりモンスターは来ないの。たまに来たりしても魔法で追い払えるし」
「ふーん」
短い返事のあと、ナーシャは肩をすくめる。
「まあ今日は私とアイツで見張り番するから。明日からどうするかゆっくり考えなよ」
「わかった……」
承諾は早い。考える時間をくれたこと自体が、先ほどの『無理強いはしない』と重なって、胸の奥に残っている。
「参考じゃないけど」
ナーシャが、天井を見ながら続ける。
「私もさ、ワケあってアイツに頼まれて一緒にいるの」
「そうだったんだ」
「最初はノリ気じゃなかったんだけどね」
短く、鼻で笑う。
「でも一緒にいると意外と面白いヤツで、誰よりも弱いクセに一番勝負心が強くて諦めが悪い。そんな感じかな」
「私とはまるで逆だね……」
ローゼスの声が、自分の膝に落ちる。逃げ延びた自分。一人でいる理由。その全部が、短い一文の後ろに並んだ。
「そうかもね」
ナーシャは否定しない。慰めもしない。事実を置くだけだった。
「だからいい勉強になるし、見てて飽きないわよ?」
「参考にしてみる」
それだけ言って、ローゼスは自室に戻り、目を伏せる。
眠るつもりはなかった。なのに、考えるほど、夜の長さだけが手前に来た。
少女が、初めて「変える」可能性を秘めたまま目を閉じた。
——夜明け
森の端に、薄い光が差す。夜のあいだに積もった露が、小屋の屋根を湿らせていた。
レンは、あまり眠れていない顔のまま中へ戻る。ナーシャは欠伸を噛み殺し、ローゼスはいつもの淡さで、二人をテーブルへ招き、向かい合って座った。
「夜、ずっと考えた」
ローゼスが、先に口を開く。視線はテーブルの木目に落ちたまま、すぐには上がらない。
「やっぱり変えたい。自分を変えたいと思う」
言葉は短い。なのに、昨夜の"謝りたい"や"仇を取りたい"より、重い——
「すぐじゃなくたって構わない。私を『フリューゲルの巨塔』に連れていってくれる?」
「ローゼス! じゃあ……!」
レンの声が、思わず前に出る。喜ぶところだったが、途中で飲み込む。彼女の肩がまだ強ばっているのが見えたから。
「もし……魔法当てちゃったら……ごめん」
謝る対象は未来の事故だった。過去の延長線上にある、同じ恐れ。テーブルの空気が一瞬だけ沈む。
「そこは、追々だ」
レンは首を横に振らない。肯定の形で受け止める。
「ボスに向けて、連携していく。当てない練習も、必要なら付き合う」
「……うん」
「決定、ってことでいいわよね。まあ、最初からそうなる気はしてたけど」
ナーシャが、椅子の背に体重を預けて息を吐く。
「何でだよ」
「顔に書いてあったわ。夜、考えてるときの」
ローゼスは何も言わない。否定もしない。耳までわずかに熱が寄っているように見えた。朝の光が、窓から机の端まで届く。
こうして——二人は、新たな仲間を迎えた。
行き先はまだ遠い。フリューゲルの巨塔。青い結晶のドラゴン。ソル達との合流、因子持ちの処理とやることは山積みだが、確実に一歩、前進する。




