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彼女にはデバッグが必要です  作者: 輝夜
2章 もう1人の天才

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56話 ローゼスの過去

 レン達はローゼスに連れられて再び森の中を進み出していた。


「『ついてきて』とは言われたけどどこまで行くんだ……? それに、俺この道は初見だ……」


 無言の道中が続く。モンスターも龍狼の咆哮で逃げ出したせいか出てこないため、一層森が静かに感じる。聞こえてくるのは木々の葉が風に揺れる音と、三人の足音だけだった。


 ナーシャもイクリプスを背中に掛け、退屈そうに両手を頭の後ろにやっていた。


「どこに行くのかしらね? あのコ全然喋らないし」

「まあ、とりあえずついて行こう。またモンスター関連でトラブったら人数が多い方が良いだろうし……」


 しばらく歩き続け、森を抜けた先、辺境の場所に小屋があった。


 周囲には他の建物もなく、人の気配もない。ローゼスはその小屋へ向かうと、扉を開ける。


「ここ、今の私の家」


 ようやくローゼスが口を開く。


「適当に座って」

「お、お邪魔します」

 

 レンは恐る恐る中へ入る。ナーシャも続いて入り、室内を見回した。生活に必要な最低限のものだけが置かれている。余計な装飾もなく、誰かと暮らしているような痕跡もない。


 レンとナーシャが適当な場所へ腰を下ろす。

 ローゼスは二人の向かいに座ると、しばらく何も言わずにこちらを見ていた。


 そして、ローゼスが不意に口を開く。

 

「私の目を見て」

「……え?」


 レンは戸惑いながらローゼスを見る。

 ローゼスはじっとレンの目を見つめていた。


 その表情はいつもと変わらない。

 けれど、その奥には何かを確かめるようなものがあった。やがて、ローゼスは小さく息を吐く。

 

「まあ、悪い人じゃなさそうだから。少しは伝えてもいいか」

「?」


 レンは首を傾げる。

 ナーシャも黙ったままローゼスを見ていた。

 

「私はね、昔とあるパーティにいたことがあったの」

「ずっと一人で戦ってたわけじゃなかったのか」

「人と話すのはあまり好きじゃないから、馴染めなかったのもあるけど……」

「?」

 

「私のせいで、パーティを全滅させたことがあるの」

「!?」


 レンの表情が強張った。

 ナーシャも、さすがに軽い表情を消す。

 

「当時、かなり難易度の高い依頼に挑戦していたの。目的地の深部で強いモンスターに襲われて……」


 ローゼスの声は淡々としていた。まるで、遠い昔の出来事を話しているように。


 だが、その手だけは膝の上で小さく握られていた。


「何とか凌いでたんだけど、パーティとの連携が取れてなくて、私の魔法が味方に当たっちゃったの」

「フレンドリーファイアか……」


 ナーシャが静かに口を挟む。

 

「結果、その人はそのままモンスターにやられて……他のみんなも……」


 小屋の中に、重い沈黙が落ちた。レンは何も言えなかった。ローゼスの視線は、遠い記憶を見ているようだった。

 

「リーダーは私を庇って……囮になって、私を逃したの……」


 少しだけ、声が震えていた。

 

「一回のミスが全滅を招いたの。私のせいで……」

「ごめん。そんなことがあったなんて……」

「いいの、もう何年も前のことだから。戒めとして風化させたくないから」

「でも、さっきはちゃんと当てたじゃない?」


 ナーシャはローゼスをフォローする。


「それは、そうだけど……」

「ローゼス自身はどう考えてるんだ?」

「どういうこと?」

「俺は、そのパーティにいた訳じゃないから、その人たちがどんな考え方してるかはわからない。でも庇ってくれたってことは仲が悪かった訳じゃないんだよな?」

「……うん」


 短い肯定だった。その一音に、当時の関係の温度が残っている気がした。

 

「なら、このままで良いのかなって思ってさ。今の状態を続けても多分何も変わらない。自分に出来ること、何でもいいと思う。今と考え方を変えてみるのはどうかな?」

「……」


 ローゼスは答えを探するように、視線を落とした。

 

「私は……」


 短く息を吸う。次の言葉を選ぶのに、時間がかかっていた。

 

「みんなに、謝りたい。みんなの仇を取りたい」


 その言葉の温度が、小屋の空気を少しだけ変えた。

 罰としての孤独から、行為としての償いに、ほんの一歩だけ顔を向けたように、レンには聞こえた。

 

「ちなみにさ、その依頼の場所ってどこだったのよ?」

「……『フリューゲルの巨塔』」

「——!」


 レンはその場所に見覚えがあった。

 

「モンスターってのはもしかして、青い結晶みたいなドラゴンじゃなかったか?」

「えっ? 知ってるの!?」


 ローゼスの声に、初めて強い揺らぎが混じる。驚きと、わずかな警戒だった。

 

「あ、いや、ウワサで聞いたくらいだ」


 (これは……『アズライルドラゴン』で間違いないな)

 (私はクリアまでプレイしてないからわからないけど、ソイツ強いの?)

 (かなり終盤のダンジョンのボスだ。多分今の俺たちだけじゃ無理だ。そもそも依頼が受注できないしな)


「なぁ、一つ提案なんだけど……俺たちと一緒に来ないか?」

「——えっ?」

「俺たちは、はぐれた仲間を探してる。合流出来れば、フリューゲルの巨塔に行くチャンスもあるはずだ」

「あなたたちが良くても、その仲間の人がなんて言うか……」


 すぐには賛同できないという態度だった。自分を嫌う理由を、他人に先回りして探すような言い方だった。

 

「それは大丈夫だと思うぞ。俺からもみんなに説明するし、ソルのことだからローゼスが来てくれれば喜ぶだろうし、協力もしてくれる」

(——ソルって確か……)

 

 三年前、魔界樹戦のあとにスカウトしようとしたあの男の顔が浮かぶ。

 

「どうかな? もちろん無理強いはしない! 考えてみて欲しい」

「……少し、考えさせて欲しい。明日には答えを出すから」

「わかった」


 即答を求めなかったことが、かえって彼女の肩の力を抜いたように見えた。


「それはいいんだけど、私たちは今日どうするのよ? 日も暮れる頃だし、今からじゃ森を抜ける前に夜になるわよ?」


 ナーシャが窓の外へ顎をしゃくる。空はすでに、橙色から灰色へ傾き始めていた。

 

「今日は……私の家でいいなら泊まっていいよ。ここまで連れてきたの私だし」

「へぇ、意外と気が効くじゃん。お言葉に甘えようかしら。野郎は外で見張り番ね」

「マジか……わかったよ」


 文句を言いつつも、否定はしなかった。見知らぬ土地の夜を、無警戒に過ごす方が危険だ。

 

「途中で変わってやるわよ。そんな悲観した顔しないでもらえる?」

「悲観まではしとらんわ! じゃあ、ある程度時間経ったら頼むよ」


 ——しばらくして。

 小屋の外は、本当に真っ暗だった。

 街灯はない。月の光すら、雲に薄く遮られている。森の輪郭だけが、黒く沈んで見えた。

 

「もう真っ暗だ……よくここに住もうと思ったな」

「またモンスターに襲われるかもな」

「それだけは勘弁だな……えっ?」


 言葉の途中で、声が止まった。

 

「なんでおま……ここに——!」


 あまりに自然過ぎて、理解が遅れるほどだった。

 レンの隣に、さもずっと一緒に居たかのようにミレイが座っていた。

 


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