56話 ローゼスの過去
レン達はローゼスに連れられて再び森の中を進み出していた。
「『ついてきて』とは言われたけどどこまで行くんだ……? それに、俺この道は初見だ……」
無言の道中が続く。モンスターも龍狼の咆哮で逃げ出したせいか出てこないため、一層森が静かに感じる。聞こえてくるのは木々の葉が風に揺れる音と、三人の足音だけだった。
ナーシャもイクリプスを背中に掛け、退屈そうに両手を頭の後ろにやっていた。
「どこに行くのかしらね? あのコ全然喋らないし」
「まあ、とりあえずついて行こう。またモンスター関連でトラブったら人数が多い方が良いだろうし……」
しばらく歩き続け、森を抜けた先、辺境の場所に小屋があった。
周囲には他の建物もなく、人の気配もない。ローゼスはその小屋へ向かうと、扉を開ける。
「ここ、今の私の家」
ようやくローゼスが口を開く。
「適当に座って」
「お、お邪魔します」
レンは恐る恐る中へ入る。ナーシャも続いて入り、室内を見回した。生活に必要な最低限のものだけが置かれている。余計な装飾もなく、誰かと暮らしているような痕跡もない。
レンとナーシャが適当な場所へ腰を下ろす。
ローゼスは二人の向かいに座ると、しばらく何も言わずにこちらを見ていた。
そして、ローゼスが不意に口を開く。
「私の目を見て」
「……え?」
レンは戸惑いながらローゼスを見る。
ローゼスはじっとレンの目を見つめていた。
その表情はいつもと変わらない。
けれど、その奥には何かを確かめるようなものがあった。やがて、ローゼスは小さく息を吐く。
「まあ、悪い人じゃなさそうだから。少しは伝えてもいいか」
「?」
レンは首を傾げる。
ナーシャも黙ったままローゼスを見ていた。
「私はね、昔とあるパーティにいたことがあったの」
「ずっと一人で戦ってたわけじゃなかったのか」
「人と話すのはあまり好きじゃないから、馴染めなかったのもあるけど……」
「?」
「私のせいで、パーティを全滅させたことがあるの」
「!?」
レンの表情が強張った。
ナーシャも、さすがに軽い表情を消す。
「当時、かなり難易度の高い依頼に挑戦していたの。目的地の深部で強いモンスターに襲われて……」
ローゼスの声は淡々としていた。まるで、遠い昔の出来事を話しているように。
だが、その手だけは膝の上で小さく握られていた。
「何とか凌いでたんだけど、パーティとの連携が取れてなくて、私の魔法が味方に当たっちゃったの」
「フレンドリーファイアか……」
ナーシャが静かに口を挟む。
「結果、その人はそのままモンスターにやられて……他のみんなも……」
小屋の中に、重い沈黙が落ちた。レンは何も言えなかった。ローゼスの視線は、遠い記憶を見ているようだった。
「リーダーは私を庇って……囮になって、私を逃したの……」
少しだけ、声が震えていた。
「一回のミスが全滅を招いたの。私のせいで……」
「ごめん。そんなことがあったなんて……」
「いいの、もう何年も前のことだから。戒めとして風化させたくないから」
「でも、さっきはちゃんと当てたじゃない?」
ナーシャはローゼスをフォローする。
「それは、そうだけど……」
「ローゼス自身はどう考えてるんだ?」
「どういうこと?」
「俺は、そのパーティにいた訳じゃないから、その人たちがどんな考え方してるかはわからない。でも庇ってくれたってことは仲が悪かった訳じゃないんだよな?」
「……うん」
短い肯定だった。その一音に、当時の関係の温度が残っている気がした。
「なら、このままで良いのかなって思ってさ。今の状態を続けても多分何も変わらない。自分に出来ること、何でもいいと思う。今と考え方を変えてみるのはどうかな?」
「……」
ローゼスは答えを探するように、視線を落とした。
「私は……」
短く息を吸う。次の言葉を選ぶのに、時間がかかっていた。
「みんなに、謝りたい。みんなの仇を取りたい」
その言葉の温度が、小屋の空気を少しだけ変えた。
罰としての孤独から、行為としての償いに、ほんの一歩だけ顔を向けたように、レンには聞こえた。
「ちなみにさ、その依頼の場所ってどこだったのよ?」
「……『フリューゲルの巨塔』」
「——!」
レンはその場所に見覚えがあった。
「モンスターってのはもしかして、青い結晶みたいなドラゴンじゃなかったか?」
「えっ? 知ってるの!?」
ローゼスの声に、初めて強い揺らぎが混じる。驚きと、わずかな警戒だった。
「あ、いや、ウワサで聞いたくらいだ」
(これは……『アズライルドラゴン』で間違いないな)
(私はクリアまでプレイしてないからわからないけど、ソイツ強いの?)
(かなり終盤のダンジョンのボスだ。多分今の俺たちだけじゃ無理だ。そもそも依頼が受注できないしな)
「なぁ、一つ提案なんだけど……俺たちと一緒に来ないか?」
「——えっ?」
「俺たちは、はぐれた仲間を探してる。合流出来れば、フリューゲルの巨塔に行くチャンスもあるはずだ」
「あなたたちが良くても、その仲間の人がなんて言うか……」
すぐには賛同できないという態度だった。自分を嫌う理由を、他人に先回りして探すような言い方だった。
「それは大丈夫だと思うぞ。俺からもみんなに説明するし、ソルのことだからローゼスが来てくれれば喜ぶだろうし、協力もしてくれる」
(——ソルって確か……)
三年前、魔界樹戦のあとにスカウトしようとしたあの男の顔が浮かぶ。
「どうかな? もちろん無理強いはしない! 考えてみて欲しい」
「……少し、考えさせて欲しい。明日には答えを出すから」
「わかった」
即答を求めなかったことが、かえって彼女の肩の力を抜いたように見えた。
「それはいいんだけど、私たちは今日どうするのよ? 日も暮れる頃だし、今からじゃ森を抜ける前に夜になるわよ?」
ナーシャが窓の外へ顎をしゃくる。空はすでに、橙色から灰色へ傾き始めていた。
「今日は……私の家でいいなら泊まっていいよ。ここまで連れてきたの私だし」
「へぇ、意外と気が効くじゃん。お言葉に甘えようかしら。野郎は外で見張り番ね」
「マジか……わかったよ」
文句を言いつつも、否定はしなかった。見知らぬ土地の夜を、無警戒に過ごす方が危険だ。
「途中で変わってやるわよ。そんな悲観した顔しないでもらえる?」
「悲観まではしとらんわ! じゃあ、ある程度時間経ったら頼むよ」
——しばらくして。
小屋の外は、本当に真っ暗だった。
街灯はない。月の光すら、雲に薄く遮られている。森の輪郭だけが、黒く沈んで見えた。
「もう真っ暗だ……よくここに住もうと思ったな」
「またモンスターに襲われるかもな」
「それだけは勘弁だな……えっ?」
言葉の途中で、声が止まった。
「なんでおま……ここに——!」
あまりに自然過ぎて、理解が遅れるほどだった。
レンの隣に、さもずっと一緒に居たかのようにミレイが座っていた。




