55話 輪廻の彼岸
ローゼスの助けにより、何とか無事に龍狼戦を終えた二人。巨大な龍狼が地面に倒れ、周囲には戦闘の爪痕が残っている。先ほどまで響き渡っていた咆哮も止み、森には静寂が戻っていた。
「終わったぁ……もうこの森に悪意しか感じねぇよ」
「トラウマが増えたわね」
ナーシャも息を整えながら、倒れた龍狼を見つめる。
彼女にとっては初めての場所、初めて戦うボスモンスターだったはずだ。それでも最後まで動じることなく戦い抜いた。
レンはそんなナーシャを見て、改めて彼女の適応力に感心する。しかし、迂闊に依頼を受注したのはまた別の話。
「あの時ナーシャが手配書を——!」
レンが思い出したようにナーシャへ視線を向ける。
「そういえば、他の仲間はどうしたの?」
手配書の話をするよりも先に、ローゼスが口を開いた。
「3年前、訳あってはぐれちまったんだ」
ローゼスはそれ以上聞くことなく、静かにレンを見つめていた。
その様子を見て、レンはふと、三年前のことを思い出す。
あの時も、ローゼスはどこか一人でいることを望んでいるようだった。
「……そう」
ローゼスはゆっくりその場を去ろうとする。
「待ってくれ! 少し話を聞きたいんだけど、ダメかな?」
「話?」
「俺たち、3年分の記憶がないんだ。何かあったら教えて欲しい。それにローゼスのことも聞けたら……」
ローゼスの表情が、ほんの僅かに変わった。
「私の……?」
「前に、"一人でいい"って言ってたのを思い出してさ、ちょっと気になって……話したくなければ話さなくてもいい」
自分たちの知らない三年間のこと。
そして、ローゼスが一人でいたい理由。
知ることができるのなら、少しでも聞いておきたかった。
ローゼスはしばらく黙ったままレンを見つめる。
何かを話そうとしているようにも見える。けれど、その口から言葉が出てくることはなかった。
森を抜ける風が、二人の間を静かに通り過ぎていく。
——ウィスタリア某所
「あなたと会うのも三年振りですね。——ミレイ様」
静かな空間に、ドルマの声が響く。
「やぁドルマ、久しぶりだね。キミにバグの一部を渡した時以来かな?」
「ええ、それで計画の方はどうなんです?」
「予定より早まったけど支障はないよ」
「それは何より」
ドルマは淡々と答える。
しかし、その視線は目の前のミレイから離れない。
「どうしたんだい?」
「あなたは、一体何者なんですか?」
とてつもないノイズが周囲に走る。
空間そのものが揺らいだように、周囲の景色が一瞬だけ歪む。
(なんだ……? この気配は!?)
「ふふ、もう君達のレベルならもう話しても大丈夫そうだね」
「……?」
「みんな、おいで」
ミレイがそう告げる。するとミレイとドルマのいるその場に、数名が転送されてきた。
「ここは……?」
「ここは『輪廻の彼岸』。ウィスタリアが生まれ、収束する場所だよ」
周囲にはデータのような光が漂い、時折ノイズとなって最後は流星のように消えていく。
「ドルマから話は聞いてるかもしれないが、今の私と実際に会うのは初めてだね」
この場にはドルマ、フィガロ、そして災厄——アトラ。傍らに傷だらけのレリエッタの姿があった。
「では、あなたが……」
「ああ、私がこの世界を創った、といえばいいかな」
空気が張り詰める。その言葉の重さに、誰もすぐには口を開かなかった。
「まあ大体のことはそこのドルマに任せているよ」
ミレイはそう言って、周囲にいる者たちを見渡す。
「キミには、私がどう視えているかな?」
ミレイはゆっくりとフィガロに近付いていく。
「黒塗りのノイズ。姿ははっきり見えませんね。声はなんとなくわかるといったところでしょうか」
「アンタの声……聞き覚えあるわよ……」
レリエッタが反応する。
「レリエッタか」
「ノイズ越しでも見えるわ……よくも私を傷だらけにしてノコノコ現れたわね!」
「そういえば、キミは本体に負けたんだったね」
「黙れ!! 私の顔に泥を塗りやがって!」
レリエッタは怒りを露わにする。問答無用でミレイに向かって自慢の鎌を振るが——ミレイの首に当たるとともに、粉々になって散っていってしまった。
「ウソ……私の鎌が」
レリエッタが自身の鎌へ目を向ける。持ち手だけが残ったその鎌に、突然ノイズが走った。
飛び散った刃も、輪郭が揺らぎ、まるでデータそのものが崩れていくように、その姿が乱れていく。
ミレイはレリエッタの一撃にも、一切表情は崩さない。稚児のいたずら程度にしか感じていなかった。
「非礼は詫びよう。その傷も元通りに戻す。それじゃあダメかい?」
「ふざけんな! アンタも、あのレンとかいうザコも、全部私が葬ってやる!」
「……」
ミレイの表情が歪む。辺りのノイズが強くなる。
「やめておけレリエッタ」
ドルマが静かに制止する。
しかし——レリエッタは止まらない。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
「キミは……もういいかな」
ミレイの声が静かに響く。
「私の思想にそぐわないのは別にいいが、データの端くれ風情がレンを悪く言うのは許さないよ」
ミレイはレリエッタのツインテールの片方を掴み上げると耳元で呟いた。
「データ……私、データ。データって何よ……私私私は私わ」
レリエッタにノイズが走る。身体の輪郭が歪み、徐々にその姿が崩れていく。
「おや、破損してしまったかな? 私のノイズに耐えられなかったかな」
「あ……ア、ア、あ……」
レリエッタの声も、恐怖に駆られた表情も、次第にノイズへと変わっていく。
「電脳世界の海に還るといい」
ミレイはワームホールのような空間を展開し、レリエッタを持ち上げてそこに放り込む。
「ごめんね、見せしめにしたつもりじゃないんだ。……ただ彼女はバグを起こしてしまった。こうなっては私では直せないから」
「…………」
その場にいた者たちは、誰も言葉を発することができなかった。
「意見があれば、感情的にならず伝えて欲しい。最も、今の私が言うセリフではないだろうがな」
ミレイの言葉だけが、静まり返った空間に響く。
(あのレリエッタを……これが神の力とでもいうのか……?)
その中、アトラだけが僅かに気づいたエラーの存在
<——404 not found——>
こうして、レリエッタの存在はウィスタリアから消えた。




