53話 アップデート
蜃気楼の森へ向かう二人、レンの足取りが重い。
「なんでそんなテンション低いの?」
隣を歩くナーシャが、不思議そうにレンを見る。
「ああ……龍狼の戦闘もそうだったんだが、今向かってる蜃気楼の森もな、ボス戦で全滅しかけた場所だったんだ。それがセットになったもんだから」
レンは遠くに見える森を眺めながら、深いため息を吐く。
龍狼、そして蜃気楼の森。どちらも、レンにとってはあまりいい思い出がない。
初めてのログイン直後、龍狼に襲われた。そして、その後に訪れた蜃気楼の森では、バブルと魔界樹との戦闘で死にかけた。
どちらも、ミレイがいたからこそ切り抜けられた戦いだった。
しかし、今は違う。ミレイはいない。
そして今回は、レンとナーシャの二人だけだ。
「ふーん。でもヘンね、ゲームとしてやった時はそんなモンスターいなかったと思うけど」
「よくわからないが、やっぱり色々変わってるな。3年の間に一体何が起きたんだか……」
「まあ、頑張らないと今日宿ナシになるわよ。報酬ももらえないし」
「宿代のために龍狼と戦うって考えると、なんか急に現実的になったな」
「ゲームなんてそんなものでしょ」
「お前、順応するの早すぎだろ……」
「面白そうならいいのよ」
ナーシャはそう言って、大きな銃——イクリプスを肩に担ぐ。
「それに、この銃も試したいし」
「お前、完全に楽しんでるだろ」
「当然じゃない」
そんな会話を交わしながら、二人はしばらく歩き続けた。視界の先に木々が増えていく。
「ここね」
「ここだが、前来た時みたいに霧がかってないな……」
「そんなのただの森じゃない」
「いや、そうなんだけど……」
ナーシャは特に気にした様子もなく、森へ入っていく。
「ちょ、待てって!」
「早く来なさいよ」
レンも慌てて後を追う。森の中は静かだった。以前のような濃霧はなく、足元も比較的見やすくなっていた。
「……本当に変わったな」
「三年経ってるらしいんだから、変わることくらいあるでしょ」
「ゲームの中の三年って、そんな簡単に環境が変わるもんなのか?」
二人が森の奥へ進んでいたその時だった。
「……ん?」
木々の間に影が見えた。
「レン」
「ああ」
二人が足を止める。次の瞬間、一体のモンスターが飛び出してきた。
「エッジホーク!」
鋭い爪を持つ鳥型モンスターが、二人へ向かって急降下する。
「出やがったな! アイツなら今の俺たちでも問題ないはずだが油断するなよ!」
レンがアロンダイトへ手を伸ばす。
しかしその直後——
ズドンッ
「ギャッ!?」
エッジホークが空中で弾け、そのまま光の粒となって消滅した。
「うん、イイカンジ」
「えっ? 一発? よく当てたな……」
「このくらいなら余裕よ。射撃は割と得意だし」
音に気づいたエッジホークが次々と湧いて出るが、ナーシャは的確に撃ち落としていく。だがその中で地を這う小さな青い液体モンスターがいる。バブルだ。
「待て、バブルがいる! コイツは」
——ズドンッ
「何?」
粉々になって消えていくバブル。
「……えっ? 倒せるの? その銃便利過ぎない?」
「さすがイクリプス。汎用性も高いわね」
ナーシャは銃に名前を付けてご満悦だ。
「まあいいか……」
そこからしばらく歩き続け、以前魔界樹と戦闘をした森の深部——泉へと辿り着く。
「ここ、ボスがいた場所よね?」
「ああ、前に魔界樹がいた場所だ」
「セオリー通りならここに龍狼がいるはずね」
二人は周辺を探す。
「いたわ! 正面よ!」
ナーシャが指差す泉の向こう側。木々の間から、何かがこちらを見ている。
「いや……」
レンは周囲を見渡す。
「正面だけじゃねぇ」
木々の隙間から、次々と姿を現す龍狼。
やがて、二人を取り囲むように複数の龍狼が姿を現した。
「……ワオ」
「マジかよ……!?」
レンの顔から血の気が引いていく。あの時、初めて戦った龍狼が複数。しかも、逃げ道を塞ぐように配置されている。
「確かに単体とはどこにも書いてなかったわね」
「そこを確認してから受けろよ!」
ジリジリと距離を詰められる。龍狼の瞳が鋭く光る。
次の瞬間——
複数の龍狼が、一斉に二人へ飛びかかった。
「うおおおおっ!?」
「面白くなってきたじゃない!」
レンは咄嗟にアロンダイトを振り抜く。
——ガキィン!
牙と刃がぶつかり、凄まじい衝撃が腕へ伝わった。
(あぶね……! だけど、コイツら思ったほど強くはねぇ!)
レンは確信する。あの時よりレベルが上がって強くなっているのもあるかもしれないが、目の前にいる龍狼自体がそれほど大きくなく、力も弱い。
「単純な力比べならレリエッタの方がよっぽどヤバかったぜ!」
レンは龍狼の牙との鍔迫り合いを制し、払い退けた。
一方、レンの後方ではナーシャがイクリプスを連射していた。
——ズドンッ!
エッジホークやバブルを粉々にした一撃を当てたが、龍狼は体勢を崩すも起き上がってきた。
(さすがに強いわね……数発程度じゃ落ちないか)
その直後、頃合いを見計らったもう一体の龍狼が横から飛び込んできた。ナーシャは咄嗟に身を捻って回避する。
「へぇ……!」
地面を転がりながら、ナーシャが笑った。
「モンスターのクセに連携してくるなんてね」
「単体でも強いのに面倒くせえな! そもそもコイツにそんな能力なかったのに」
「頭良いのかしらね」
「頭……そういうことか!」
「なんか気づいたの?」
「成長型AIだ! NPCだけが成長するもんだと勝手に思ってたが、モンスターも成長しやがるんだ!」
「あのコ……厄介なもの作ってくれたわね」
ダンジョンも変化し、敵の種類や行動パターンも変化。こうなってくると、今までやってきたウィスタリアの知識が活かせない。『時間』と『成長』というアップデートが二人の足枷になっていた。




