52話 トラウマの場所
レンは恐る恐る扉に手をかける。あの先に何があるのか。ミレイとの約束を果たすため、そしてミレイを救うため。再びウィスタリアへ戻ってきた。
「……よし」
意を決して、扉を開く。
「ここは……エルムダールの宿屋か?」
扉の先に広がっていたのは、見覚えのある宿屋の一室だった。木造の壁、簡素なベッド、部屋の隅に置かれた小さな机。古ぼけたように見えるが、以前とほぼ一緒だ。
「じゃあ、初期地点?」
「それはそうなんだが、前に来た時と比べて少し雰囲気が変わったような……」
「雰囲気?」
「ああ。家具とかは似てるんだけど、なんかこう……微妙に違う気がする」
明確に何が違うのかは分からない。それでも、以前知っているエルムダールとは何かが違っていた。
まるで同じ場所を再現しているのに、どこか別の場所にいるような感覚。
「まあ、今は気にしても仕方ないか」
レンはそう言って、部屋の扉を開ける。
「まずは一番の基本として情報収集とマッピングだな」
「そうね。ここにずっといても仕方ないし」
外へ出ると、街には以前と変わらないように見える光景が広がっていた。
行き交うNPC。
露店から聞こえてくる呼び込みの声。
剣を腰に下げた冒険者たちが、仲間と談笑しながら街を歩いている。
「……戻ってきたんだな」
「感傷に浸ってる場合じゃないわよ」
「分かってるって」
2人はとりあえず、街の中心にあるギルドへ向けて歩き出した。人が集まる場所なら、何かしら手がかりがあるかもしれない。
「やる事は山積みね。正規ルートでミレイの下までいくなら相当強くならないといけないし。私たち2人で進めるのも限界があるんじゃない?」
「ああ、仲間は必要だ。ソル達が見つかればいいんだが……」
ザラムの街を最後にソル達とは離ればなれになってしまっている。その後、彼らの行方はわからない。
「仲間……アンタが話してた成長するAIによる存在」
「ああ」
レンは以前、ソル達のことをナーシャに説明したことを思い出す。
彼らはただのNPCではない。ミレイが作った成長型AIによって、経験や会話を学習し、自分たちで考え、行動する存在だ。
だからこそ、今の彼らがどうなっているのか分からない。また仲間になってくれるのかさえも。
「どうした?」
ナーシャが考え込んでいることに気づき、レンが尋ねる。
「アンタ、仮に合流したとして最後まで何もかも隠し通すつもり?」
「何を?」
「私達の存在が何か、よ」
ナーシャの言葉に、レンは足を止める。
「それは……」
「ましてや、ミレイがいなくなった上に、実はこの世界の創世主です。どんなリアクションするのかしら?」
「……」
レンは答えに詰まった。
確かに、ソル達からすればレンとナーシャはこの世界の人間に見えるかもしれない。しかし、その2人が実は、この世界の外から来た存在。
そしてこの世界そのものを作った人物の片割れが、今や敵として立ちはだかっている。簡単に説明できる話ではない。
「いずれは、話さないといけないでしょうね。なんたってラスボスになっちゃったんだから」
「それは……俺の口から頃合いを見て話す」
「ふーん」
「下手に現実の情報を持ち込んで、あいつらの認識を変えたら、それこそ新しいバグを生む可能性がある。ミレイが何を考えてるのかも、まだ全部分かってないしな」
「……なるほどね」
ナーシャはそれ以上追及しなかった。
ただ、レンの判断を値踏みするように一度だけ横目で見る。
「まあ、アンタに任せるわ」
「助かるよ」
「別に。私だって、あのAIたちがどう成長してるのか興味あるし」
「そういうところはやっぱりミレイと似てるっぽいな」
「誰がミレイよ。私はただ、面白そうなものがあれば調べたいだけ」
そんな会話を交わしながら、2人はギルドへ辿り着いた。
ギルドの扉を開く。
中には以前と同じように、多くの冒険者たちが集まっていた。
受付にも何人もの冒険者が並び、壁には大量の依頼書が貼られている。
「ギルドの雰囲気もちょっと変わったな……」
「へぇ、なんかそれっぽいじゃん!」
「お前、こういうの好きなのか?」
「ゲームならこういう場所は定番でしょ。依頼を受けて、敵を倒して、報酬を貰う。分かりやすくていいじゃない」
「まあ……確かにな」
ナーシャはどこか楽しそうだった。
これまで彼女はウィスタリアを技術的な視点で見ていることが多かった。
だが、今は純粋に一人のプレイヤーとして、この世界を楽しんでいるようにも見える。
そんなナーシャを横目に、レンは掲示板へ近づいていく。
「ん? この依頼書……」
レンは一つの依頼書を手に取る。そこに書かれていた名前を見た瞬間、レンの表情が変わった。
「特級手配書……『フィガロ』のやつじゃねえか!」
ザラムの街で死闘を繰り広げたブラックリストの1人、『フィガロ』の手配書だった。
「この手配書っていつから置いてあるんだ?」
「こちらはもう3年前から貼られてますね」
「随分長いこと貼られてるんだな……って、3年前だと!?」
レンは周囲を見渡す。
自分がログアウトしてから、現実では数週間しか経っていない。
レンが一度ログアウトしてからもどるまで、ウィスタリアでは3年の月日が流れていた。
「かなり大きな事件でしたからね。ギルド本部襲撃——ギルドのトップのレビウス司令による直々の公開手配ですから」
「ウィスタリアでは3年も経ってたのか…現実では2〜3週間くらいだったはずなのに……」
レンは手配書を見つめる。
そこには、あの時と変わらないフィガロの姿が描かれている。けれど、世界は確実に時間を進めていた。
「ねえ、人探しするんでしょ?」
「あ、ああ……」
ナーシャの一言で、レンは我に返る。
「今はソル達を探す方が先だ」
「なら、ぼーっとしない」
「分かってるって」
レンは手配書を元の場所へ戻す。
そしてギルド内を見渡した。しかし——
「……いないな」
ギルド内を見渡すもソル達の姿はない。
「やっぱりそう簡単には見つからないか……ミレイの時はエルムダールに閉じ込められてたからすぐに見つかったけど……」
レンは小さく息を吐く。
「今回はエルムダールにバグが起きてる様子も無いし、おまけに3年も経ってるんじゃな……」
焦って探し回っても、見つかるとは限らない。
まずはこの三年間でウィスタリアに何が起きたのかを知る必要がある。
——そんなことを考えていた時だった。ナーシャが受け付けと話していた。
「ナーシャ? 何を……」
「依頼を受けてみた。モンスターの駆除だって」
ナーシャは依頼書を手にしていた。
「えええ!? なんで勝手にやったんだよ!?」
「いいじゃない。そういうゲームでしょ? それに、コイツの試し打ちも兼ねて、ね」
腰に装備した大きな銃へ手を添える。
「あー……」
レンは頭を抱える。
確かにナーシャは、まだこの銃を実戦でまともに使っていない。試してみたい気持ちは分からなくもない。
(まあ、ただ闇雲に探し回るよりかは、レベル上げや資金繰りにもなるからいっか……)
「ちなみに、何のモンスターを駆除するんだ?」
ナーシャは依頼書を眺める。
「えーと、この漢字ってなんて読むの?」
ナーシャが指差した文字を見る。
「これは『龍』だからドラゴン。こっちは『狼』だからウルフ。さしづめドラゴウルフって感じだ」
「なるほどね」
「……待て、駆除の対象って」
「これよ」
「……」
レンの顔から血の気が引いていく。
苦い思い出が蘇る。最初にログインした時の初戦闘が龍狼だったこと。居合わせたミレイのおかげで事なきを得たが、今回はそうもいかないだろう。
「だから、何で序盤に戦わなきゃいけないんだよ!!」
「そんな強いの?」
「弱かったらこんなリアクションしとらんわ」
「いいじゃない。戦闘はヒリついてこそ楽しいのよ」
ナーシャは依頼書を見つめたまま、どこか楽しそうに笑う。
「はぁ……大丈夫かな」
「強くならなきゃいけないんでしょ?」
「……」
「だったら、強い敵と戦う方が効率いいじゃない」
「理屈は分かるけどな……」
依頼をキャンセルする気はないようだ。そもそも下手にキャンセルするとペナルティを受ける可能性もある。
「もう、やるしかないじゃない」
「そこは普通、受ける前に考えるんだよ!」
「受けちゃったんだから仕方ないでしょ」
「……はぁ」
レンは深いため息を吐く。
だが、ナーシャの言う通りでもあった。
ミレイの元へ辿り着くには、今の2人では力不足だ。
仲間を探す。情報を集める。そしてレベルを上げる。どれも必要なことだ。
「……分かった。やるしかないな」
「そうこなくちゃ」
ナーシャが銃を担ぐ。
「さあ、行きましょう」
「おう……」
2人はギルドを後にする。向かう先は、龍狼が待つという、エルムダール近郊の森。
「あれ? ここってまさか……」
——以前、バブルと魔界樹に苦戦した蜃気楼の森だった。




