51話 彼女を救う物語
巡る意識の中、再びレンはウィスタリアへ向かう。身体があるような、ないような、不思議な感覚。視界は暗闇に包まれ、上下左右の感覚すら曖昧になっていく。
やがて、遠くに一筋の光が見えた。その光へ引き寄せられるように、レンの意識が浮上していく。
「ここは、何処だ?」
最初にログインした時はエルムダールの宿屋の中で目が覚めたはずだが今回は違った。そこに広がっていたのは、見覚えのない空間だった。
星空のような光が無数に浮かび、足元も壁もない。まるで宇宙の中に放り出されたような異空間。
ただ一つ。目の前に、場違いなほど普通の扉だけが存在していた。
「なんだ、この空間……? そうだ、ナーシャ!」
レンは周囲を見回し、共にログインしたはずのナーシャを探す。
「ここよ」
背後から声がした。
「うおっ!?」
振り返ると、ナーシャが立っていた。
「さっきまで病院にいたはずなのに……ここがウィスタリア?」
「ああ。たぶんそうだ。最初にログインした時とは場所が違うけど……」
レンはナーシャの姿を見て――固まった。
「って、なんだその格好!?」
「失礼ね」
ナーシャは自分の姿を見下ろす。現実世界で着ていたラフな服装とは違う。身体に沿った動きやすい衣装。各所には機械的な装飾が施され、腰や腕には細かな装備が取り付けられている。
そして、その手には彼女の身体には似つかわしくないほど大きな銃が握られていた。
「銃士のデータがあったみたいだから反映させてみたの。ちょっとアレだけどまあいいわ」
ナーシャは銃を軽く持ち上げる。
「どう? 結構それっぽいでしょう?」
「いや、それっぽいっていうか……」
レンは銃とナーシャを交互に見る。
「……めちゃくちゃ物騒だな」
「そう? 私は嫌いじゃないわよ」
ナーシャは銃を一度眺めると、満足そうに頷いた。
「それに、前衛で殴り合うより私にはこっちの方が合ってるわ」
「まあ、確かに……」
「何よ?」
「いや、妙に似合ってるなと思って」
「ふふっ。見る目があるじゃない」
ナーシャは少し得意げに笑う。
「アンタの装備のデータも直したみたいよ。初期装備から少し変えたって」
「ホントだ……安そうなレザー装備じゃなくなってる」
レンは触って自身の装備を確認する。
以前のような安っぽいレザー装備ではない。同じ革を基調としながらも、動きやすく調整された装備になっている。
「なんか……前よりちゃんとしてるな」
レンは腰へ手を伸ばす。
「あれ? アロンダイトが……直ってる!」
「ニックが修正パッチの資料を見て、データ修復と簡単なブラッシュアップをしたみたいよ」
「ありがてぇ、丸腰は勘弁だったからな」
二人は目の前にある扉へ視線を向ける。
「あの扉が……ウィスタリアの入り口かしらね」
「だろうな。だけど、行く前にやらなきゃいけないことがあるからな」
「まずは、本人に話を聞かないとね」
「ミレイ! いるんだろ!? 出てきやがれ!」
レンの声は彼方まで響いていた。
ナーシャは周囲を警戒する。
「本当に出てくるのかしら?」
「来るさ」
「随分自信があるのね」
「俺たちが何をしに来たのか、あいつも分かってるはずだ」
その瞬間。
「やれやれ……」
2人の背後から声が聞こえた。
「せっかく本体がログアウトさせたのに、わざわざ戻ってくるとはね」
「出やがったな……!」
そこに立っていたのは、ミレイの姿をした存在。以前と同じ。
いや——以前とは、何かが違っている。
「……ようやく会えたわね」
レンは再びミレイの姿をしたバグと対峙する。
ナーシャが銃を構える。
「話には聞いてたけど……」
ナーシャはミレイの姿をじっと見つめる。
「ホントに、こんなことになってるのね」
「なるほど」
ミレイはナーシャへ視線を向ける。
「ナーシャの手引きか。レンにしては随分早く戻ってきたと思ったよ」
「私がいなかったら、そもそもここに来れないでしょうね」
「ふふ。そうかもしれない」
「……その余裕、気に入らないわね」
ナーシャの指が銃の引き金にかかる。
「ま、待てよ! ナーシャ」
「分かってるわよ。まだ撃たない」
「物騒だな……」
レンが違和感に気づく。
(なんだ?)
レンの眉が動く。
以前、ミレイと対峙した時に感じた、あの耳鳴り。頭の奥を掻き回すようなノイズ。
それが——ほとんど感じられない。
(ミレイからのノイズがほとんどなくなってる……? どうなってやがる?)
「何をしに来たのかな? 私に消されに来たのかい?」
その言葉にナーシャは咄嗟に銃を構える。
「私、あの顔を見ると無性に撃ちたくなるんだけど」
「気持ちは分かる。でも今は我慢してくれ」
「……仕方ないわね」
ナーシャは銃を下ろす。
レンが一歩前へ出た。
「お前と……ミレイと話したいことがある」
「……何だい? つまらない話なら聞かないよ」
「こっちにとっちゃ全部重大事案なんだ。全部聞きやがれ」
レンは真っ直ぐにミレイを見る。
「まず、ミレイ本体は何処にいる?」
「ふふ」
ミレイは笑った。
「分からないのかい?」
そして、自分自身を指差す。
「目の前にいるじゃないか」
「——!」
「コピーのミレイ。バグ化したミレイ。どちらも完全ではなかった」
ミレイは自分の胸元へ手を当てる。
「だから、本当の意味で一つに融合したのさ」
「……そういうことか、違和感の正体がわかったぜ」
「違和感?」
「バグと対峙した時は、耳鳴りのような、頭の中にノイズが走る感覚があるんだが、今のミレイからはそれがほとんどないんだ。そりゃそうだ、コピーとしてでなく器はホンモノなんだからな」
「ご名答。レンにしては頭が冴えてるじゃないか」
「だったらつまり、今のミレイからバグの部分だけ取り除けば元のミレイに戻せるはずだ」
「……」
「私が、私に、それをすると?」
「まあ、ただ単に応じるとは思ってねぇよ。だから——」
一呼吸置く。
「勝負しようぜ、ミレイ」
「——レンが、私に勝てると思うかい?」
「思ってねぇ」
ミレイが目を丸くする。
「ナーシャ、君も同じ考えかな?」
「そうね。私もアンタが勝ちっぱなしなのは癪に障るわ。レンが勝つ方にオールインしてなきゃ私もここに来てないわ」
「先にハッキリ言わせてもらうぜ」
「……何だい?」
「今の俺たちじゃ、どんなに運が良くてもミレイには勝てやしねえ」
「なら、なぜ勝負を持ちかける?」
「だから、一つ提案がある」
レンはミレイを指差す。
「ウィスタリアに行って、今度は正規ルートでお前の下へ辿り着いて見せる。それまでに強くなって、正面からガチバトルだ」
「……」
「お前もミレイになる前にやってただろう? ミレイ本体のスクリプトコードを見て、お前もスクリプトコードが使えるようになった」
「……ほう」
「今度は俺が強くなって、お前の根城に行ってやる」
「……ふ、ふふ」
「……なんだよ?」
「あはははは!」
ミレイが声を上げて笑う。
「実に、メチャクチャな提案だ!」
ミレイはゆっくりとレンへ歩み寄る。
「今は勝てないから、強くなるまで待てと?」
それでもレンは武器を構えない。
ただ、仁王立ちのままミレイを見据える。
「正解だよ」
「……!」
「良いんだよ。それで」
ミレイの笑みが深くなる。
「実にレンらしい」
さらに一歩。
「私をよく理解している」
ミレイはレンの目の前で足を止めた。
「メチャクチャではあるが、素直で合理的。そして——」
楽しそうに笑う。
「一番、私を楽しませる解答だよ」
「だろうな。時間はあるって、自分で言ってたからな」
ミレイはしばらくレンを見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「いいだろう。その案、乗ってやろう。邪魔立ても、監視も無しで待ってやる」
ナーシャが目を細める。
「……随分あっさりね」
「約束は守るさ」
ミレイはナーシャを見る。
「それに、君もいる」
「私?」
「君がわざわざここまで来たんだ。君がどこまで成長するのかも見てみたい」
「……ふん」
ナーシャは少し笑う。
「後悔させてあげるわ」
「楽しみにしているよ。その代わり条件が1つある」
「条件?」
「私に辿り着くまでに——」
ミレイの余裕に満ちた表情から笑みが消えた。
「『ウィスタリアの真実』を答えられるようにしろ」
(ウィスタリアの……真実)
「あとはそうだな、もし本当に私の所まで来れたら——」
一瞬だけ、不敵な笑みを浮かべた。
「スクリプトコード抜きで勝負してやろう」
「ありがとよ。度肝抜くくらい強くなるから待っとけ。お前はラスボスらしく俺たちが来るまで玉座に踏ん反り返ってろ!」
「そうしよう、ではまた会おう。レン、ナーシャ」
ミレイの姿が、徐々に遠ざかっていき、空間の中へ消えていった。
「……とりあえず、最低条件はなんとかなったな」
レンが息を吐く。
「アンタね」
ナーシャが呆れたようにレンを見る。
「さっきも言ったけど、私はアンタにも賭けてるんだから、腑抜けたことしたら承知しないわよ?」
「分かってる……!」
レンはアロンダイトを握り締める。
「さあ、行こうぜ!」
「ええ」
ナーシャも銃を構える。
「ここからが本番よ」
——壊れた世界で彼女を救うために、バグだらけの世界からミレイを取り戻す戦いが、再び幕を開ける。




