50話 RE:DIVE
ついにログインが現実となった。あとはウィスタリアへ入り、ミレイを救い出す。とはいえ、ログインした後にどう動くか。それを決めておかなければならない。
レン達は、ログイン前の最後の作戦会議を行っていた。
「ログインをしたとして、ミレイを元に戻してログアウトさせる方法はあるのかしら?」
ナーシャが口火を切る。
ミレイ自身もバグを起こしてしまった。それがログアウトできない原因ならば元に戻す必要がある。
「色々考えてみたんだけど、ミレイを助けるにはバグのミレイに勝たなければいけないと思ってる」
「……」
ナーシャが眉をひそめる。
「まさか、ラスボス倒して丸く収まりますなんて都合の良い話じゃないでしょうね?」
「いや、あながち間違いじゃない」
レンは一度言葉を切る。
「ただ『倒す』じゃなくて『勝つ』ことがミソなんだ」
「……どういうワケ?」
「あえて、あのバグは『ミレイ』と呼ぶ。というのも、管理室で遭遇した段階であのミレイには『感情』みたいなものがあったんだ」
「感情ですって?」
「そこまで露骨なものじゃない。いわば意思というか、考えというか、無機質な存在ではなかったんだ」
「……それで?」
「その存在がミレイをコピーして『第二のミレイ』になったんだ。ここで重要なのはコピーされたのはバグを起こす前のミレイなんだ」
「……」
一同は黙って聞いている。
「ウィスタリアの中では、俺たちはデータの一部になっている。つまりあのミレイの中には、バグを起こす前のミレイのデータがあるはずだ」
「……なるほど」
ナーシャが考え込む。
「正常だった頃のミレイをコピーしたなら、そのデータも残っている可能性がある。なら、そのデータを使えば——」
「ああ。ミレイを元に戻せるかもしれない」
「……」
「だから、ミレイを元に戻す方法はゼロじゃないと思ってる」
そこまで言ったところで、ナーシャが問いかける。
「どうやって、その正常なミレイのデータを引き抜くの?」
「……」
レンは黙り込んだ。
「……こればかりはミレイ自身にやらせるしかないかもしれない」
「ミレイ自身に?」
「ああ」
「つまり、ミレイに勝って、ミレイ自身に元へ戻させるって?」
「そのつもりだ」
ナーシャは呆れたようにため息を吐いた。
「随分簡単に言うわね。これじゃほとんど進展がないのと変わらないじゃない?」
その言葉に、レンも反論できなかった。あのミレイは強い。前回、レンは戦った時に全く歯が立たなかった。
「だから俺は、ログインしたらミレイと話そうと思う。かなり危険な賭けだが……」
「話す?」
「勝負をふっかけるんだ」
「……メチャクチャね」
「開幕戦闘になったって勝てやしねぇよ。だったら強くなってから挑むしかない」
レンは自分の手を見る。アロンダイトを握っていた手。
そして、あの時――簡単にその剣を握り潰された。
「どうやって?」
「それはログインしてから考える」
「……はぁ」
ナーシャは頭を抱える。
「アナタ、行き当たりばったりじゃない」
「仕方ねぇだろ。情報が足りなすぎるんだ」
「ただ、一つだけ問題があるわ」
「何だ?」
「あのミレイが、本当に『勝負』に乗ってくれるの?」
「……」
レンは少し考えた。
「……乗せる」
「随分自信があるのね」
「ミレイだからな」
レンは答えた。
「俺が知ってるミレイなら、勝負を持ちかけられて無視するとは思えない」
「……そう」
ナーシャは小さく笑った。
——そして翌日、場所は明神病院。ミレイのいる部屋だ。病室には、インターフェースと必要な機器が運び込まれていた。
ベッドの上では、ミレイが今も眠り続けている。その横で、レンとナーシャがログインの準備を進めていた。
「準備はいいわね?」
「ああ、やるしかねぇ」
レンはミレイを見る。何日経っても、ミレイは目を覚まさない。
それでも——今度こそ連れ戻す。
「二人とも、少しいいかね?」
病室の入口から声がした。振り返ると、そこには院長が立っていた。
「いよいよ、なんだね」
「ああ」
レンが頷く。
「今日、もう一度ウィスタリアへ行きます」
「そうか……」
院長はベッドで眠るミレイへ視線を向けた。
「正直に言えば、私は今でも君たちの話を完全に理解しているわけではない」
「……」
「だが、ミレイちゃんがここで眠り続けていること。そして、君たちが彼女を助けようとしていること。それだけは分かっている」
院長は静かに微笑む。
「だから、頼む」
レンは真っ直ぐに院長を見る。
「ミレイちゃんを連れて帰ってきてくれ」
「……はい」
レンは力強く頷いた。
「必ず」
院長が部屋を出ると、高木が二人の最終確認を行う。
「二人とも、準備はできてる?」
「問題ないわ」
ナーシャが答える。
イーサンも機器を確認していた。
「インターフェース、問題なし。接続状態も安定してる」
「データチェック。異常なし」
ニックもパソコンで画面を確認する。
「ただし、一度ログインしたら、全てが終わるまで戻れない。だったよね?」
「分かってるわ」
ナーシャが答える。
「だから、向こうのことは私達で何とかする」
「そういうこと」
ニックが頷く。
「僕たちにできるのは、二人を見守ることだけだ」
「だから、現実側のことは私達に任せて」
高木が言う。
「二人は向こうのことだけ考えて」
「……分かった」
レンは頷いた。最後にもう一度、ミレイを見る。
「……行ってくる」
返事はない。それでもレンは、ミレイが聞いているような気がした。
「今度こそ、連れて帰るからな」
ナーシャが隣に立つ。
「行くわよ、レン」
「ああ」
二人は同時にインターフェースを装着する。
「「Link start!」」
視界が白く染まる。現実世界から切り離されるように、二人の意識がウィスタリアへと移っていく。
高木は二人を見つめる。イーサンとニックは、それぞれ機器の状態を確認する。院長も病室の外から、静かにその様子を見守っていた。誰も、二人に声を届けることはできない。
だからこそ——
ただ、無事を祈るしかなかった。そして。
再び、ウィスタリアへ。




