46話 プライド
ナーシャとのチャットから数時間後、レンはナーシャから合流場所に指定された喫茶店にいた。手持ちの荷物にはポータブルとインターフェースがある。少しでも交渉の手助けになればと持って来たのだ。
(やべえ……めちゃくちゃ緊張する)
レンの水を持つ手が僅かに震える。話を聞くとは言ったがあくまで『聞く』だけである。そこから先はこの交渉次第——
カランカラン……
約束の時間ちょうど、それと同時に喫茶店の扉が開いた。入店してくる1人の客、サングラスをしていたがスタイルの良い背格好と明るい金髪のその姿、ナーシャだ。
ナーシャは自身に向けられた視線の元へコツコツとブーツを鳴らして歩いていく。そしてレンのいるテーブルの前へ立つ。
「ナーシャさん、来てくれてありがとうございます」
ナーシャは特に反応せず、そのままレンの向かいの席に座った。
「あの、もし何か飲んだり食べたりするのなら、俺お代出しますよ」
「——言ったわね?」
「えっ? は、はい」
「メニュー持って。漢字とイントネーションが分からないものは私が指差して行くから代わりに注文しなさい」
「わかりました」
店員を呼びナーシャの指示通り注文を進めていくレンだったが……
「昨日の昼から何も食べてないの。遠慮なくいくわね。コレとコレと、あとコレ、それから……」
(……頼み過ぎじゃね?)
恐らく既に数人前は注文がされている。なんなら最初の方に注文したものも再度注文していた。そんなレンの心配も虚しく、ナーシャの指は止まらない――
「こんなものかしらね」
(よ、ようやく終わった……まあ話聞いてくれるならいいか……)
「——じゃあ、本題に入りましょうか」
ナーシャの一言を境にレンは改めて置かれている状況を話し始める。時折り、レンはナーシャの目元を見るがサングラスで隠れて視線がよく分からない。ナーシャは頷く事もなくレンの方向を向いたまま、注文した料理に手を伸ばしていた。
レンはナーシャの態度に不安になりながらも話を続けた。
「——以上が、今回の件の顛末です」
「アンタねぇ、昨日も言った気がするけどそんな意味の分からない話を初めて会った人間にされて、信じてもらえると思ってる?」
「そりゃあ……思わない、ですね」
「それと、その話が本当ならこっちの世界のミレイはどこで何をしているのかしら?」
「それも、直接見てもらった方が信憑性があると思います……」
※ ※ ※
数時間後、高木の車で移動してレン達はミレイの眠る病室へ来ていた。高木も、明神院長もミレイとナーシャの会合を固唾を飲んで見ていた。
「もう、数日眠ったままなんだ……」
「……」
ナーシャはミレイの手首や首元に触れる。
「呼吸も脈もある。だがご覧の様に外部からの刺激に一切反応を示さない」
「植物人間ってコト?」
「状態は似ているがそうとも断定はしきれないのが今の見解ではある」
「脳波に干渉するゲーム、ネェ」
ナーシャはインターフェースとそれを繋いでいるモニターを睨みつけた。
(多分、モニター自体は外部への映像出力だけであまり関係はなさそうね。問題はこのインターフェース……外見だけじゃ構造が想像つかないわ)
「全てが真実と仮定するなら、これ以上のアプローチは控えた方がイイわね」
「それは、どういう?」
「人の脳って実際は元々完全には機能していないのって知っているかしら?」
「話には聞いたことがある。何か、数パーセントくらいしか使われていないだとか……」
「そう、脳には未知の要素も多く存在する。ミレイが実行した脳へ直接干渉するっていうのは言わばタブーに近いわね」
「タブー……?」
「端的に言えばこのコは人の域で越えてはいけないラインを越えてしまっている。脳の扱いを自在に出来るなんて神みたいなもんよ」
常に側にいたレンからすれば慣れっこだった部分はあるが、ミレイのスペックは完全に人の箍が外れている。思えば人の域なんてとうの昔に越えていたのかもしれない。
(神……まさにウィスタリアで、あのバグが言っていたように)
「喫茶店で話してたけど、アンタも見て来たんでしょ? 形や結果はどうであれ、ウィスタリアという世界で神となったミレイを」
「あ、あぁ……」
「未知の要素にロストテクノロジー化したゲーム。こっちのミレイは寝たまま。医者もお手上げ。こんなのどうにか出来るわけないじゃない」
「そ、そんな……」
ナーシャの放った言葉にレンは俯く。
「——まあ、普通ならここで諦めるけどネ」
「えっ?」
「レン、アンタはミレイの為なら全てを投げ出せるのかしら?」
「……ミレイが助かるなら。もうあれほど辛い涙は流したくないからな」
「——そう」
「もしかして、協力してくれるのか!?」
「条件があるわ。まず助けられることの確約は出来ないわ。あと報酬、救出に成功したら30万ドル。失敗しても3万ドルは請求するけどいいかしら?」
金額にしてみれば約400万から4000万という報酬。ミレイならともかく、レンからしてみればかなりの高額だ。
「…………わかった。そのかわり最後まで諦めないことは約束してくれ」
「あら、金額聞いたら黙ると思ったケド。私は本気よ?」
「俺だって……本気だ!」
「そう、わかった。私も啖呵切ったからには最後まで付き合ってあげるわ。私はミレイを越えるために日本に来たのだから」
「アイツが出れなくなったゲームから、私が救いだす。勝利条件として悪くはないわ。ミレイが神だって言うのなら、私は神だって越えてやるわ」
ようやくナーシャが首を縦に振ってくれた。後は、再びウィスタリアへ向かって突き進むだけ——




