45話 交渉
あれから、行き場のなかった彼女はビジネスホテルに宿泊する事にしていた。ナーシャは受け付けで渡された鍵の部屋に入ると、一目散にベッドに転がった。
(信じられない! 人を国外まで呼んでおいてすっぽかすなんて、日本人が嫌いになりそうだわ!)
ナーシャはしばらくベッドに転がりながら溜まった鬱憤を枕に八つ当たりしている。
(コレじゃただの旅行じゃない……はぁ、トウキョウやオオサカにでも行って帰ろうかしら)
そう考えつつ、スーツケースの中から着替えやタブレット、充電機などを出し始める。
「何かしら? これ?」
ナーシャが見つけたのはポータブルのウィスタリア。ミレイが持っていた予備機。高木が一か八かでスーツケースに放り込んだものだ。
「あぁ、何かの拍子で間違えて持ってきたのかしら。面倒ね、返すのも気づかなかったフリしてそのままにしとこ」
再び、怒りが燻りかけたが返す義理も義務も無いと考えスーツケースに戻そうとする。
「……ゲームねぇ、ヒマだし少し見てやろうかしら」
スーツケースに向かう手を止めて、まじまじと全体を見渡す。予備機と一緒に入っていたバッテリーに気付き、予備機に着けて電源を立ち上げてみる。
「日本のゲーム機は一通りやった事あるけど古いタイプね。数年以上前のタイプかしら。これをアイツが子どもの時に、ね……」
最初は暇潰しと、しぶしぶゲームを始めたナーシャであったが、キャラクターのレベルが上がったり、ボスを倒し進めていくうちに徐々にのめり込んでいった。
「ちょっと! 何でコイツこんなに強いのよ! ゲームバランスおかしいんじゃないの!?」
最初は適当に操作していたナーシャだったが、次第に画面を見る目が変わっていった。
「この敵、さっきと同じ流れで攻撃をしてるわね……」
もう一度倒される
「……ふふ」
ナーシャの口元が僅かに吊り上がった。
「そういうことね、パターンが単調よ」
今度は敵の動きを見ながら攻撃を繰り返す。
「そこ!」
敵の攻撃をかわし、反撃。
「やっぱり!」
偶然ではない。全てではないが、乱数だけでなく敵の行動には明確な法則性があった
「面白いじゃない……」
ゲームを始めて数時間経過。ナーシャは黙々とプレイしていた。当然、時間など気にしていなかった。ボスが倒せず詰まっても、レベルを上げつつ、相手の行動パターン、法則、そして大まかなダメージの振り幅を見定めて撃破していった。
「ふん、こんなモンよ。私に出来ないゲームなんてないわ」
キリのいい所まで終えたナーシャは布団をかけて、寝ようとしたが、電気を消しても部屋が暗くならないことに気づいた。
「えっ? 外が明るくなってるじゃない……」
時計を見る。短針はすでに朝の時間を指していた。
「……嘘でしょ。私、何時間やってたのよ……」
ナーシャは呆れたように息を吐く。
「……まあ、暇つぶしにはなったわね。ちょっとつぶし過ぎたケド」
その時、チャットにメッセージが届いていることに気づく。
「何これ? もしかしてチャットかしら? 一体誰から……まさか」
当然、差出人は同じゲーム機を持っているレンからだった。ナーシャは差出人の名前を見て顔をしかめたが、チャットを開く。
"日本語で申し訳ないですが、このチャットに気づいたら返事を下さい。もう一度お話しする機会を頂けませんか?"
「……やっぱりアンタ達の仕業ね」
ナーシャは眠そうな目を擦り、ムスっとしながらレンにチャットの返信を送る。
"アンタ達が見せたがってたゲームってコレの事だったのかしら? だとしたらせめて数年前に見せないとダメね。この程度で人を日本まで呼びつけてすっぽかすなんてナメてるとしか思えないわ"
ナーシャは気まぐれでウィスタリアをプレイし、気まぐれでレンに返事をした。それはレン達に垂らされた希望の糸となるかもしれないものだ。
「来た……! 返事が来た!」
レンの手が震える。彼女の癪にさわれば、それまで。
"ミレイが約束をすっぽかしたのは代わりに謝ります。ごめんなさい。でもミレイが言ったのはそれじゃありません! あなたが今持っているウィスタリアは試作のもので、プラットフォームを移行したものがあるんです! お願いです、もう一度お話しするチャンスを下さい!"
(はぁ、メンドくさいのに足突っ込んじゃったわ)
ナーシャは送信したメッセージを眺める。
「……我ながら、何やってるのかしら」
ウィスタリアの画面を見る。さっきまで遊んでいた世界が、静かにそこに映っていた。
「まあ、ちょっとくらい話を聞いてやってもいいか」
ナーシャは予備機をベッドに置き、手で顔を押さえて少し考える。ふぅ、と息をつくと再び予備機を手に取った。
"わかったわ。話だけ、もう一度聞いてあげる。私が指定した場所に来なさい。くだらない内容だったら承知しないわよ"
ナーシャは折れた。初見での冷たいあしらいにも引かず、本来出来るはずのない連絡をゲーム機を使用して行う離れ業を思いついたレンと高木に。
ひいては暇つぶしと称してゲーム機を手に取ってしまった自身を恨んだ。
「高木さん! やりました! ナーシャさんのアポイントが取れました!」
「じゃあ……! もう一度、会えるのね」
結果として直前でナーシャのスーツケースに予備機を放り込んだ高木のファインプレーとなった。ここからはレンの仕事となる。ミレイを最もよく知り、共にウィスタリアを生き抜いてきたレンがその全てをナーシャに伝えることだ。
「このチャンス、絶対無駄にしません。ナーシャさんを説得してみます」
レンの一世一代の交渉が始まる。




