44話 Don't push your luck.
ミレイが以前、自身を目の敵にしていると言っていた『ナーシャ・ストールマン』当人がなんと海外から遠路はるばるやって来たのだった。彼女もまた、ウィスタリアを知る数少ない存在と聞いている。
「遠い所からいらして頂きありがとうございます。お茶で大丈夫かしら?」
ナーシャの前に湯飲みに入ったお茶が置かれる。
「Thank you! コレがジャパニーズ"粗茶"ね!」
「ちなみに自分で粗茶とは言わんぞ……」
道端で偶然にもミレイの家を探していたナーシャに遭遇したレンは簡単に状況を説明し、案内をした。当然と言えば当然だが説明を受けたナーシャの表情は険しかった。
「それはそうと、アンタがまさか、話しに聞いてたレンだったとはね」
「俺も割りと同じ気持ちです」
ウィスタリア内でミレイが話していたナーシャ当人にまさか日本で鉢合わせするとは夢にも思っていなかったレン。ミレイからはあまり彼女の良い話しを聞かされていなかった為、印象としては不安だったが、話してみると特段おかしな所は感じられなかった。
「で、ミレイには会えないってどういうコト?」
遠路はるばる来たにも関わらず、ミレイにすっぽかされたナーシャはあまり機嫌は良くなさそうだった。
「詳細を話すとさらに長くなるんですけど……」
「mmm……日本語で長く話されてもネ……1分くらいにまとめてよ」
「えぇっ!? 1分て……その、何というか、まぁ……結論から言うとゲームに閉じ込められてるんだ」
「……Are you serious?(真面目に言ってる?)」
レンは自身の語彙力を恨んだ。ナーシャの声が1トーン低くなり、英語で圧をかけ始める。
「あの……本当の話しなんです」
「証拠、見せてよ」
レンはナーシャの言葉を受けミレイの部屋に案内する。ブルーアウトしたパソコンやインターフェース、その他周遍機器について話せるところまで説明した。
「コレが、ミレイが話してたウィスタリアね。コレだけじゃほとんどわからないケド」
「聞いたことあるんですか?」
「少しね、まさかここまでスゴいものになってるとは思わなかったわ」
レンはミレイの言っていた事を思い出す。ナーシャはミレイ自身が編入するまでは、学校で常にトップの成績を叩き出していた事、そしてミレイとは別のベクトルでパソコン、プログラムに関する知識がある事を。
「あの、もしかしてナーシャさんならインタフェースの繋ぎ方、分かるんじゃ……?」
「……そうね、調べれば分かるかも知れないわね」
「ほ、本当ですか!? その……もし出来たら、インターフェースを繋ぐの、お願い出来ませんか!?」
まさに、渡りに船。ミレイ救出の希望が垣間見えた瞬間だった。しかし——
「Why?」
「な、なぜって、ナーシャさんならもしかしてウィスタリアにログインする方法を見つけ出せるかと思って……」
「それをする私のメリットは?」
「め、メリット……?」
「そもそも都合が良すぎるわね、何で初めて会ったヤツにそこまで協力しなきゃいけないのかしら?」
「……っ!」
「Don't push your luck.(調子乗んな)」
ナーシャの目は冷たくレンを睨みつけた。
「えっと……高木さん、今の通訳出来ます?」
「調子に、乗るな……ですか」
「そうネ」
「……I want a cigarette(タバコ吸っていいかしら)」
「お煙草でしたらお庭の方でお願い出来ますか?」
ナーシャはスーツケースからタバコを取り出すと高木に案内されて庭の方へ向かった。設置された椅子に座るとタバコに火をつけた。
「一つ言っておくケド、私はミレイの友達でも何でもないわ」
「えっ……? でも招待されたって……それに、もしナーシャさんの力で助けることが出来るんなら協力して欲しいんだ! 見返りが欲しいならくれてやる!」
「招待、ね。遊びに来たわけじゃないわ。私はミレイと決着をつける為に日本に来たの。そのミレイが居ないんじゃ何の意味もないじゃない。ソレに私はアナタ達の便利屋じゃないわ。図々しいにも程がある」
「待ってくれよ! 決着って何なんだ? ミレイと一体どういう関係なんですか!?」
「まったく……無駄足だったわ。どういうつもりか知らないケド、ここまで来させといてこのザマなんて、失礼極まりないわね」
ナーシャはタバコを吸い終えるとスーツケースにタバコを戻し、荷物を持って家を出ようとする。
「待ってください、せめて話しだけでも……」
「とんだ観光スポットだったわ。人を怒らせるにはうってつけの場所ね」
ナーシャはレン達の静止を振り切りそのままミレイの家を後にする。
「ダメか……確かに初めて会った人に物事を頼むのも筋違いとは思ったけど……」
去っていくナーシャを見てレンは肩を落とす。しかし側に居合わせた高木から意外な返答があった。
「蓮君、まだ可能性はあります」
「えっ?」
「海玲様のポータブルのウィスタリア、実はさっき彼女のスーツケースの中にバッテリーと一緒にこっそり入れちゃいました。なんか、難色を示してましたから……何かあった時に蓮君が持っているポータブルで連絡出来るかもしれないと思いまして」
レンは思った。涼しい顔して行動力があり、機転が効く。伊達に長い事ミレイの世話係をしていた訳ではないと。
「高木さん……だいぶブッ込みましたね。よくそんな事思い付いたなぁ……」
「蓮君の諦めの悪さがうつっちゃったのかもしれません。多分これが現状での本当に最後のチャンスです……後は彼女がウィスタリアを手に取ってくれる事を願いましょう」
可能性は決して高くない。レンと高木は旧ウィスタリアを通じてナーシャの反応を待つ事にした。




