40話 エンディングに水は差さない
レンはアロンダイトを振り抜くも、当たらない。目で追いきれないほど俊敏に掻き回され、いつの間にか背後に回られていた。
(追いきれねぇ! まるで瞬間移動だ!)
「止めておけばいいのに。レンが私と戦って勝てると思うのかい?」
「お前の目的は……一体何なんだ?」
「目的、そうだねぇ、本体のデータを取り込むのは達成したし、今後の目的はまたゆっくり考えるとするよ。その為の力も、時間も、私にはある」
バグの手には熱を帯びた魔力が収縮してうずをまいていた。
(——おいおい、嘘だろ!?)
「豪爆炎」
咄嗟に火球をアロンダイトで受けるも爆風を凌げる筈もなくレンは吹き飛ばされる。
「レンっっ!!」
「殺しちゃいないよ。でもね、身体を這う蟻をいつまでも殺さずに払い続けるのはそう簡単じゃないんだ」
「はぁ……! はぁ……! 加減してこの威力だってのか……正直キツいぜ」
それでもレンはまだ諦めない。歯を食いしばってアロンダイトを両手で握る。
「随分と往生際が悪いね」
「悪いが、全滅するまでリセットボタンは押さない主義なんでな」
「では徐々に威力を上げよう。諦めるか、黒焦げになるか、どっちかな?」
「選択肢にお前の敗北も入れときやがれ!」
レンは何度も立ち上がる。バグに特攻まがいの攻撃を幾度となく繰り出すも、アロンダイトを掠らせることも出来なかった。
「はぁ、いい加減呆れてくるよ。イタチごっこにもならないじゃないか。もう、終わりにしよう」
「ざけんな!! 俺はまだ諦めねぇ——」
決死の覚悟で振り抜いた一撃。
今度こそ届く。そう確信した。
だが——
「……え?」
バグの手が、アロンダイトの刃を掴んでいた。
「なっ……」
渾身の力で引き抜こうとする。動かない。
「嘘だろ……?」
バグはまるで玩具でも扱うように、アロンダイトを眺めた。
「これで、私に勝てないとわかってくれたかな?」
「つ、掴み取っただと……!? バグが? アロンダイトの一撃を!?」
レンの手から、徐々に力が抜ける。
「修正パッチを当てれば私をデバッグ出来ると思ったかな? 私はもはやただのバグじゃない。本体を超えた、ミレイでもあり、私の存在こそが世界の理、そのものなのだから」
「ははは……んなもん、完全無欠じゃねえか」
「もし、バグと言うのであれば、私の世界の中にいるお前達の方がバグと呼ばれるに相応しいよ」
バグは掴み取ったアロンダイトをそのまま、真ん中辺りから粉々に握り潰した。
(そんな……アロンダイトが砕かれるなんて……!?)
アロンダイトの柄だけが、その手に残っていた。
「……」
レンはゆっくりと後ろに倒れ込む。握り砕かれ、飛び散ったアロンダイトの破片がレンにはよく見えていた。まるで走馬灯の様に時間が遅く感じていた。そして、悟ってしまった。
「——勝てない」
「どうした? 全滅するまで諦めないんだろ?」
バグの手には先程までとは違い、更に威力を上げた
豪爆炎を手に宿していた。
(やべえ……こんなの、どう防ぐんだよ)
レンは丸腰だ。直撃を食らえばひとたまりもない。
(そんな……!? レン、レン! レン!!)
同時に、ミレイも絶望していた。この世界で切り札となるアロンダイトとスクリプトコードのどちらも通じずこの追い詰められた状況も然り、ひいては自身が全く動けない状況に、自身が生んだ世界でレンが殺されかけている状況に。
「なんで動かないんだよ、私の身体」
ミレイの身体はまるで鎖で巻かれた様に動かなくなっていた。しかし、彼女もまだ足掻く。
「くっ……動け、動け、動け動け動け動けって!」
ほんの僅かに指先が動く。しかし、それに伴いノイズが全身を伝い、激しい頭痛を催した。だが、お構いなしにミレイは自身を縛るコードを消していく。
「動けよっ!! 私の身体だろう!!!」
残された最後の力を振り絞りミレイは、あるコードを発動した。
「——なんだ、これは?」
バグは豪爆炎を放とうとする手を止めて、ミレイを警戒した。
普段のスプリクトコードとは違い、ミレイの右腕全てにはノイズを纏っていた。それはもはやスクリプトコードでも魔法でもなく、バグに近い何かだった。
「何のつもりだ? 本体?」
(これでいい、例え、刺し違えてもレンは守る)
「スクリプトコードじゃない? 何だこのコード!?」
「これで——最後だ」
ミレイから放たれた一撃は初撃は躱されるも追尾する様に軌道を変え、バグに直撃した。
「ぐ、がぁっ……!?」
バグは、ミレイの一撃で膝をつく。頭を抱えて苦しそうにもがいていた。有効打を与えた様に思えたがその代償は大きかった。
「ミレイ……その、腕……!?」
「あぁ……ちょっと、無理し過ぎたか」
ミレイはバグによって足止めされていた四肢を無理くり動かしたのか、コードの影響かは不明だが、右腕の肘から先がノイズの塊の様になっており、無くなっていた――
「……まさか、自分の腕を異常データにして私にぶつけたというのか!?」
バグは苦い顔をしながら立ち上がる。少なくとも効果はあったようだ。
「ふふふ……使えるバグは実力の内。そういえば昔どこかで聞いた言葉だ」
「本体よ、それがどういう意味かわかっているのか? この程度のダメージならば時間が立てば回復出来るぞ。無駄な自爆でしかない」
「そうか。なら、これでも無駄と言えるかな?」
ミレイの左手にはとある文字列が球体となって固まっていた。
「それは、強制ログアウト権限か——!?」
「ただのコードとは違うぞ、言わばトロイの様なものをお前の中にぶち込んで破裂させたのさ。何もお前を消す事だけが勝利条件じゃない」
バグはミレイによる攻撃と、掠め手を取られた事によって、険しい表情をしていた。
「レン、今ログアウトさせてやる」
「あ、あぁ、やっぱりすげえな……お前には敵わないわ……」
ミレイは文字列の球体を開放させた。紐解かれた文字列は帯状になり、レンの周りを漂い始めた。
「か、身体が……!」
レンの身体が薄ら透明になり始める。
「もう安心だ、ログアウトを始めた段階でリンクの一部は切れている。これで私達の勝ちだ——」
「ふ、ふふふ、そういうことか。ならば、ログアウトするがいいさ」
「あぁ、そうさせてもらうぜ」
「どうした? 本体? お前も早くログアウトするがいい?」
「レンをログアウトさせたら私もログアウトするさ」
「何故だい? 一緒にログアウトすればいいじゃないか?」
バグの引っ掛かる様な発言にミレイは口を噤んでしまった。
「…………」
「ミレイ?」
「そうだよねえ! 本体、君はログアウト出来ないんだよね?」
「はっ? どういうことだ!?」
「レン、あいつの口車に乗るな」
しかし、バグは畳み掛ける様に核心をつく。
「レン、君もゲームをやっているなら何となく分からないかな? 今の本体は言わば破損データ。そんなものがゲームのセーブ、もとい出入りが出来る状態だと思うのかい?」
「な、何でそんな事……!?」
「分かるさ、今の私は本体をコピーした『ミレイ』でもあるのだから」
「そうなのか、ミレイ……?」
「…………」
「なぁ、何とか言ってくれ!」
「——すまない、レン」
「すまない……って、そんな……」
「概ね、奴の言う通りだろう。この世界において、私達はデータだ。それが破損したとなると……ログアウトすれば恐らく、リンクを正常に切断出来ない。元の世界には、戻れないな」
「よせよ……そんな冗談」
「…………すまない」
「ミレイ——!」
レンはミレイの元へ駆け寄り、肩を掴もうとしたがその手は空を切った。まるで、もう自分がそこに居ないかの様に。
「なんで!? なんですり抜けるんだよ!?」
「ログアウトはもう始まっている。視覚や聴力、一部の認識以外はリンクが切れ始めているんだ。ごめんね、レン——お別れだ」
「勝手に話しを進めるなよ……俺がそれで納得すると思うのか!?」
「——っ」
「約束、したじゃねえか。一緒にウィスタリアを完成させようって」
「——あぁ」
「帰ったら一緒に、何処かに出掛けようって」
「————あぁ」
「俺だけ、ログアウトしたって意味が無いじゃないか! お前が、いなきゃ……!」
「————私だって」
「ミレイ……?」
「私だってレンと一緒に帰りたかったに決まっているじゃないか!!!」
ミレイは大粒の涙をこぼし叫んだ。レンはミレイの声に圧倒された。同時に、レンはミレイの涙を見て悟った。今度こそ、もう本当にどうする事も出来ない状況なのだと——
「もう、こうするしかないんだ……私を助けに来てくれたのにごめんよ……せめて、レンだけは無事に戻って欲しい」
「そんな、今際の際みたいなセリフ吐くんじゃねぇ! 考えろ! まだ他にも手が……!」
しかし、ミレイは黙って首を横に振った。
「ねぇレン。私の存在って、レンにはどう写っているのかな?」
「どうって……大事で、大切な存在に決まってんだろ!! 俺にとって何よりもかけがいのない――」
「そうか、私も同じだ。多分、それ以上にな」
「ミレイ! 俺は——! お前を——」
「レン、もう声がほとんど聞こえないんだ。ログアウトがもうすぐ終わる。恐らくこちらの声も、じきに届かなくなるだろう」
「待てよ! 待——くれ! 俺は——お前——伝えなきゃ——ない、話し——事が山ほど————」
涙を止める事は出来なかったが、ミレイは最後に顔を上げて笑顔でレンを見つめた。
「どうか、レンには幸せになって欲しい」
「——————」
レンの声はもう届かなかった。
「さよなら——レン」
ログアウトが完了したレンは粒子に包まれ消えていった。粒子が放つ光が彼女の涙へ溶けていった。
「ありがとう、私の——愛する相棒」
ミレイは涙を拭った。
(限界か……もう指もほとんど動かせないな)
「さぁ、別れの挨拶は済んだかな?」
「邪魔せずに待ってくれるとは、随分律儀じゃないか」
「私も悪魔じゃない。もう一人の私の、想い人との別れ際くらいは好きにさせてやるさ。君たちの迎えた終わりなのだから」
2人の『ミレイ』は互いに睨み合う。
「大事なエンディングに、水は差さないよ」
(俺は————)
(レン——助けに来てくれたのかい?)
(レンには私の居場所でいて欲しい——)
(アロンダイト——諦めの悪い君にぴったりだ)
(レン————)
(そうだ、俺はミレイを——)
(ミレイを——)
(さよなら————レン)
レンは、意識の終着に辿り着くと目を大きく開いた。
「蓮……くん?」
「あ……こ、ここは……?」
「蓮くん! 良かった! 目を覚ましたのね!」
レンの視界に映ったのはミレイの部屋の中。レンに呼びかける高木の姿がそこにあった。レンは戻ってきたのだ。ウィスタリアにログインした、あの部屋に。
レンは部屋を見渡す。見慣れたパソコン、見慣れた機器、家具、インテリア、何も変わらず置いてある。
「あっ————」
いつの間にか、レンの頬に涙が溢れていた。
「あ、あぁ……ああああああああぁぁぁ!!!」
「どうしたの!? 蓮くん!?」
ミレイを助けられなかった。レンは行き場のない絶望と悲しみ、自身の力不足を怒り、そして嘆いた——




