41話 土砂降りの雨
あれから、どれだけの時間が経っただろうか。気が付いたら外は真っ暗になっており、滝の様な雨の音で目を覚ました。ログアウト直後の記憶が曖昧になっていた。恐らく、数え切れないほどの嗚咽を溢しいつの間にか失神した様な形で横になっていたのだろう。
だが、あの時だけは鮮明に覚えている。まるで網膜に焼き付いたかの様に、ミレイをあの場所に残してログアウトした瞬間が。助けられなかったという事実がレンの心にエンボスとして刻まれていた。
「少し、落ち着いたかな蓮君?」
レンの起床に気付いた高木が湯気の立つカップを片手に持ってきた。
「高木さん……」
「温かい飲み物入れてきたから、ゆっくり飲んでね。蓮君、その機械をつけてから丸3日も目を覚まさなかったんだから……」
(そうか……こっちではたったの3日しか経ってないのか……)
「すいません……俺、ミレイを……!」
「何があったのかは少しずつでもいいから。先ずは蓮君が戻ってきただけでも良かった」
レンは高木にウィスタリアであった出来事を掻い摘んで話していく。出来事の一つ一つが突拍子もない内容だが、高木は黙って頷き話しを聞き続けた。
「俺に、もっと力が……知識があれば何とかなったかもしれなかったんです!」
時折り、過呼吸気味になるレンに対して高木は頭にポンと手をやった。
「蓮君、出来る出来なかったを振り返っても仕方ありません。それに、蓮君がいなければウィスタリアに入る事すら叶わなかったんですよ? 先ず、今何が出来るかをもう一度整理してみましょう」
「出来る……事」
「私も、この3日間とても歯痒かったです。蓮君が身を賭して海玲様を助けに行ってくれたのに私は何も出来なかった」
「いえ……! そんなこと」
「でも、私なりに悪あがきはしてみたんです」
高木は1枚のメモをレンに見せる。そこには住所と、とある病院の名前が書かれていた。
「これは……? 明神病院?」
「海玲様がウィスタリアにログインしている場所です」
ウィスタリアにログインする前、ミレイから送られてきたメールに別の場所からログインしているとは書いてあったが、その場所がこの『明神病院』という場所だと言う。
「本当ですか!? よく、見つけましたね」
「ここは、元々聖堂寺家のかかりつけの病院になります。私も少なからず面識はあったのでもしかしてと思い、連絡をしてみたら……」
「ミレイが、ここに!?」
「ええ。今日はもう遅いですから、明日私が車出しますので一緒に行ってみましょう。今日はもう深夜で外は大雨です。本来私が言うことではありませんが、このまま此処へ泊まって下さい」
「すいません……ご迷惑をお掛けします」
レンはソファに身体を倒す。壁にぶち当たった時、ミレイなら大概の事は解決してしまうだろう。レンもそれに頼ってきた部分が大きい。
(正直、不安でしかねぇ。人生最大の壁をお前抜きで考えなきゃいけないなんてな……)
とっ散らかった頭の中を纏めようとするも、混乱するばかりだった。そしていつの間にか寝落ちしていた。
——明くる朝、雨はまだ降り続けていた。移動を考えると、高木が車を持っていた事が幸いだった。
「さぁ、行きましょう蓮君」
「——はい!」
二人は車に乗り込み、高木の運転で移動を始めた。過去に車でレンの自宅まで送ってもらったことはあったが、こんな形でまた高木の車の助手席に乗っているのが不思議な気分だった。
「あの……高木さんは、ミレイはともかく、どうして俺にまで優しくしてくれるんですか?」
「……実は、私にも子どもがいたんです。生きていれば丁度海玲様や蓮君と少し上くらいの年頃になっていたかしら」
「あっ——! すいません……」
「大丈夫ですよ。もうかなり前の話ですから」
レンは高木の事をよく知らなかった。聞くところによると、旦那とは離婚していて一人で子どもを育ててきたとのこと。
「私は親族の伝で聖堂寺家へ世話役として仕事を紹介して貰ったんです。お給料も良かったですし、何より病弱だった息子の看病などにも都合を効かせて下さいました」
子どもが体調不良になった時や病院へ行く時など、気にかけて、その都度抜けさせてもらっていたとのことだった。
「ある時、息子の病気が悪くなり手術も決まってお金が必要になったんです。私はギリギリまで働き続けました。そんな時、海玲様に声をかけて貰ったのです。最近随分無理をしてる様だけど大丈夫か、と」
当時高木は働きたい分働いて構わないと言われており、子どもが入院してからは毎日遅くまで働いていた。
「悩みましたが、嘘をつくわけにもいかないので私は海玲様に事情を話しました。すると海玲様は、『分かった』とお返事されたと思ったら、小切手を持ってきて入り用なら必要な分だけ書くといい、と仰られたのです」
「ミレイらしいと言えばミレイらしいですね……」
「ご迷惑をお掛けする訳にはいきませんと、お断りしたのですが、『私自身にはこんな事くらいしか出来ない。高木は頑張ってるし信用も出来る。返済はしなくてもいい。働く時間の分だけ側に居てあげたら——』と。凄いですよね、当時まだ小学生になられたばかりですよ?」
(あの時、それがミレイの高木に対して出来ることだったのか)
「おかげさまで息子の手術は成功したのですが、その数ヶ月後に容体が変わってそのまま……」
「そう……だったんですか……」
「私は、海玲様にしてもしきれないほど感謝してます。海玲様に助けて頂いたおかげで最後の数ヶ月でしたが、息子と一緒にいられたのだから」
レンは勘違いをしていた。元お手伝いさんだからだとか、仕事をくれたからだとか、そういうのではない。高木本人の意思でミレイを助けたいからここにいるのだ。
「そのしばらく後くらいかな、海玲様が蓮君を連れて来られたのは。私も数年は蓮君の事を見てますから。まるで2人とも自分の子どもの様に感じる面もありました。ですから、蓮君にだって協力致しますし、海玲様を助けたいという気持ちは、私も一緒です」
「高木さん……」
「私達の、出来る事を先ずは進めていきましょう」
(俺たちの出来る事、か……)
車を走らせて数十分ほど、明神病院に辿り着く。地域の中でも大きい病院であり、その一室にミレイが居るとの事だ。
「あの、電話させて頂いた高木と申します。院長とお約束させて頂いているのですが……」
「かしこまりました。確認致しますのでお掛け頂いてお待ち下さいませ」
待つ事1時間弱。昼頃になり、レン達の元へ院長がやってきた。
「大変お待たせ致しました。院長の明神と申します。高木さんに折原さんですね?」
「は、はい……すいません、お忙しい中突然……」
「いえ、構いませんよ。丁度今少し時間が取れましたので。どうぞこちらへ」
二人は院長に連れられて病院内を移動する。
「昔の話しになりますが、私の先代が聖堂寺家と良くさせて頂いていたみたいでね。なんでも、医者になる為の学費を融通してくれたんだとか」
「そうだったんですか、すごいですね……ミレイもそうですけど、聖堂寺家全体がスケールが大きくて」
「確かにそうだね。折原君は知らないかもしれないけど、海玲ちゃんは小さい時から何度か診た事もあるんだ。折原君のお話しも偶に聞いた事があるよ」
「えっ? じゃあ俺のこと……」
「知ってるよ、会ったのは初めてだけどね。もちろん高木さんの事も。だから海玲ちゃんが久しぶりに病院に来た時や、高木さんから今回の件で連絡をもらった時、一大事だと思ってね。こうして直接お会いさせてもらったよ。蓮くんなら今の彼女の状態がわかるかもしれない」
「ミレイの状態——?」
案内されたのは一室の前、扉の横には"聖堂寺海玲"の名前が記載されていた。




