39話 狂う世界
原因不明のパスコードエラー、そして2人の前に現れた謎のバグ。あのミレイでさえも思考が追いついていなかった。
「誰って……コイツがナーシャって奴じゃないのか!?」
レンも当然、バグの正体はわからない。ただ一つ、本来不可侵である場所に現れた禁忌の存在という認識はあった。
「なぁんダ、分かっちゃウのカ」
「本来ならこの部屋には私か、私が手引きしたレンしか入れない。ほんの僅かな可能性があるとしてナーシャだけだ。お前は何故ここに入れる!?」
「簡単ダよ、ワタシは、あなたダカら。あなたかラ、生まレタ、モウ一人の」
「——えっ?」
「本物が来ル、この時ヲ、ズッと、待ってイた!」
「ミレイッッ!!」
「ぐっ!?」
ノイズが、ミレイに向かって激しく発光する。二人は視界を失い目を覆う。そして視野が戻った二人が見たものは——
「すまないな、あの姿だと会話がしづらくてね。これでやっと本当の『私』が完成した」
「えっ!? ミレイが……二人!?」
そこにはミレイに瓜二つの人物が立っていた。表情も服装も、全く同じだった。唯一違うのは妖しく写る紫色の瞳であった。
「ば、バカな!? お前の、正体は……!?」
「私は、この世界が生まれた時、ある一つのバグとして存在した」
「バグ……!?」
「レン、君にも何度か見つかりそうになって存在を消されそうになった事もあったよ。だが、私は生き残った」
「バグは……見つける度に消していたはずだ!」
「消せていないよ。厳密に言えば、『本体』を捉えていなかったのさ。此処にいる私をデバッグしなければバグは永遠に生まれ続ける」
「随分優しいじゃねえか、それとも舐めプか? 自ら私が本体ですなんて喋るなんてよ」
レンはアロンダイトを握る手に力を込める。
「仮に言わなくとも、本体のミレイなら私の正体はわかるだろうし、君たちの言うノイズでも察しがつくだろう?」
「なるほど……考えれば考えるほど、あり得ない存在だ」
ミレイはバグの正体に一つの仮説を立てていた。
「どういうことだよ!」
「おそらくあれは、バグと人間の融合体だ……!」
「嘘だろ……!? そんなのアリかよ!」
「だが、それと勝ち負けは別の話だ!」
ミレイはスクリプトコード発動の準備をする。なり振り構わず、出来る限り最速で、目の前の脅威を殲滅する為に。
「スクリプトコード! デリート!」
ミレイの方が確実に動き出しは速かった。しかし、膝を崩したのはミレイの方だった——
「何……!? 手足が、動か……ない!?」
「スクリプトコード、散々見せてもらったよ。案外簡単だね。これでもう動けないね、本体」
「まさか今のは……スクリプトコード!?」
バグが使用したのはミレイと同様、スクリプトコードの様なものだった。正確に言えばレンには認知出来なかったのだ。バグが軽く腕を薙いだ様にしか見えなかったからだ。
「不完全だったこの身体を満たす力をずっと待っていた。それが本体との融合。全て思い通りになったよ。随分と楽しみにしていた様だったからね。レンとこの世界に来ることを」
「——! 私を、誘ったのか」
「適当にバグを撒き餌にしたら見事に食い付いたね。そして外部から私を消せないと分かったらまんまとウィスタリアに入ってきた。まさか、ゲームマスター権限まで奪われているとは思わなかったろう?」
「ログアウト出来なくなったのはお前が原因か!」
「なら、何故ログアウト出来なくしたタイミングで私をコピーしに来なかった?」
「ログインさせただけではいざ対面した際にデバッグされる恐れがあったからな。だから私が成長する時間を設けた。君たちはここに辿り着くまでに散々プログラムを弄ってくれたおかげで私はこの力を得た」
ここに至るまでミレイはスクリプトコードを数回発動している。その過程をバグは見ていたということになる。
「それで、スクリプトコードを……! だがお前とはここで初めて会った筈だ、空高くから俺たちを見てたとでも言う気か?」
「もっと単純さ、今や私と世界は一心同体とも言える。君たちが何処で、何をしていても手に取るように分かるんだ」
(スクリプトコードを使い過ぎたせいでコイツがスクリプトコードを覚えたってのかよ!? いや、それどころの話しじゃない、コイツの言う事がマジならシャレにならねぇぞ!?)
レンとミレイは悟った。今起こっている事実が、最悪の想定を上回っていると。
「簡単だったよ。君たちの動向を見て適度にバグやイベントを仕込めば、スクリプトコードを使用して処理せざるを得ないタイミングを作れる。ある程度誘導して準備が整ったらバーレル鉱山付近にイベントを作れば、本体なら何かしらの方法でここまで来る」
(じゃあここまでのバグも、ソルにあったイベントコードも、全部こいつが……!?)
「それに、勝手にナーシャの仕業だと思っていてくれたおかげで動きやすかったよ。固定観念、いや、ナーシャであって欲しかったんたろう?」
二人は戦慄する。ナーシャであれば話し合いが通じたかもしれない。得体の知れない、理解を超えた存在は恐怖を更に駆り立てた。
「私は、この世界に生まれ、知を得て、この世界と結合した。そして今、創生者である本体をコピーして私と融合させた。これがどういう事か分かるかな?」
(元々のバグの力に、ミレイのスペックがそのまま上乗せされてるってことは……)
「……神にでもなるつもりかい?」
「違うね。私はこの世界において、もう既に神を超えたのさ」
これまでの敵とは遥かにスケールが違った。もはやキャラクターや魔物が相手ではない。この世界そのものが悪意を持って襲い掛かろうとしている。
「逃げろ……レン」
「逃げる? どこへ? 来た道を戻るのかな? 世界と私は繋がっていると言ったはずだ。どこにも逃げる場所なんてない」
(どうすれば……)
ミレイは地に伏す。自身と同等以上の能力をコピーされた上、どんな時でも盤面をひっくり返せる切り札を封殺された。そしてログアウト以外に逃げる手段がない。ミレイの脳裏には『詰み』が浮かんでいた。
「降参するというなら苦しまずに済ませてやる」
レンは黙ってアロンダイトの刃をバグに向ける。
「諦めないのか? レン1人で何が出来るというんだ?」
「ミレイはもう詰んだって思ってんのか?」
「えっ……?」
「俺は……まだ諦めてない! まだ手はある! それに、アイツを倒せばめでたくゲームクリアじゃねぇか!」
「すごいね、感服するよ」
バグは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりレンの方へ近づいていく。
「お前が全てのバグの原因なら、ミレイを縛る存在なら、俺がお前をデバッグする!!」
バグに対してレンもアロンダイトと共に駆け寄った。




