35話 傷跡
雨音断ち——居合いに近いこの技は抜刀から斬撃、ほぼ全ての動作を無駄なく行うと共に、相手の動きを利用するカウンターの様なものであった。土壇場、ソルの放った亡きライザの技はフィガロの左目を切り裂いた。
「不完全だったが、それなりに手応えはあったぜ……!」
直前で回避はしたものの避けきれず、ソルの技を被弾したフィガロ。周囲と左目をおさえた手は鮮血で染まっていた。
(バカな……避けきれなかった? 私が?)
この瞬間、大技を放ち身動きが取れないソルとナルに続き、カイルが追撃に向けて動き出していた。
「うおおおぉぉぉっっっ!!」
カイルは傷の痛みを堪えて力を振り絞る。刃と刃が交わる度に傷から血が滲む。しかし、最大のチャンスとばかりに先程よりも強く、重く、フィガロに連撃を浴びせていた。
(ちっ、左目は……もう使い物になりませんね。だが、消耗しているのは君たちも変わりませんよ!)
数度の攻防では若干カイルが押したものの、あと一歩及ばすカイルの短剣が弾き飛ばされてしまった。
「しまった——!?」
「今度は先程のような浅い傷程度じゃ済みませんよ?」
フィガロがナイフを振りかぶったその時だった、キィン、という音と共に一閃の矢によって、ナイフを弾き飛ばした。
「何だと……?」
「油断したわね……! 今度は当てたわよ!」
首を締められ、意識の混濁しかけていたミィナだったが、狙い澄まして放たれた矢はフィガロのナイフを射抜いた。
「ナイスプレーだ二人とも、俺の剣は今じゃもう当てられねぇ……フィニッシュはナルにくれてやる」
「ありがとうよソル。後はウチに任せとき!」
ナルもまた、残った最後の力を振り絞る。前傾姿勢で、今にも崩れそうな脚でフィガロに殴りかかった。
「くたばれオラァァァ!!!」
残った体力を全て数十発の拳に変えて、フィガロに繰り出す。視界の半分を失ったフィガロは避け切る事が出来ずほぼ全ての攻撃を受ける。最後の打撃で女神像へ叩きつけられて、粉々になった像と共に埋まっていった。
「ハァ……! ハァ……! どうや、これで……!」
瓦礫と化した像からフィガロが立ち上がる。全身にダメージを負い、左目の出血も止まらないままだが、まだ両の足で立っていた。
「あれだけ食らってまだ立てるんか!?」
「ば、バケモンかあいつは……!」
(まだ……戦えますが、かなり不利ですね。まさかここまでダメージを負わされるとは……)
決定打に欠けて拮抗が続く。フィガロもここまでくると若干動きが鈍くなっていた。ソル達もフィガロも攻めあぐねていたその時だった。
——ドゴォォォン!!
「な、何だ!?」
聖堂に大きな爆発音が響いた。
「ちょっ……! もうちょい加減しようぜ!?」
「すまないな、まだ調節が難しいんだ。どうやらこちらも大詰めみたいだぞ?」
爆炎の中から現れたのはレンとミレイだった。
「レン! ミレイ!」
「おう、無事だったか……!」
「ということは、あのレリエッタってのは……」
「ああ、恐らくだが倒せたぞ」
————今から数分前
時間稼ぎが間に合ったミレイはギリギリで自らにスクリプトコードを入力する事に成功する。
「意味わかんない。何で勝った気でいるのよ!」
レリエッタは鎌の切先をミレイに振り下ろす。
「防壁展開」
レリエッタの鎌はミレイから展開された防壁によって傷一つ入れることができずに弾かれた。
「ば、バリアー!?」
「それなら、魔法で攻撃すればいいだけの——」
「言っただろう? 私たちの勝ちだ」
ミレイの右手には、太陽を彷彿とさせる巨大な火球が渦巻いていた。この状況にレリエッタも、レンでさえも衝撃を受けていた。
「あ、アンタ一体何者なのよ!? さっきまでこんな魔法使ってなかったじゃないっっ!!」
「そりゃあ、たった今使える様になったからな。さて、余計な話しは終わりだ。あまり時間がないのでな。よくも私の傷ついた顔をレンに見せたな。データの端くれ風情が」
「ふ、ふざけんな!!」
「——豪爆炎」
「あっ……」
レリエッタは激しい爆炎に包み込まれた。彼女のいた場所はあっという間に焼け焦げた瓦礫の山となっていた。
「か、勝ったのか?」
「その様子、影縫が解けているだろう? 恐らくこれで終わったはずだ」
「とんでもないのぶっ放してたけど、身体は大丈夫なのか!? お前、あれほど自分自身のプログラムは弄ると危険だって……」
「まぁ仕方ないだろう、不意打ちが失敗した段階でこうなる事は折り込み済みだったんだ。幸いキキのバフが残ってたおかげでコードも早く打ち込むことができたし。それに、思いの外大丈夫そうだ。魔法も使える様になったし安泰だろう!」
「それなら良いが……」
「さぁ、戦いはまだ終わってない。急いでソル達と合流するぞ。言っておくが蘇生魔法とかは使えない。使えるのは今さっき使った魔法のみだ。それ以外を使うとなると、またプログラムを弄らないといけないからな」
「それだけヤバいの使えりゃ充分過ぎるって! これ以上はやめとこうな」
——その後、瓦礫の山を登っていきレン達はソル達と合流する。先程の爆発は道を塞いだ瓦礫を吹っ飛ばした音だった。
(そうか……あのレリエッタを退けてここまで)
「ん? レリエッタの術が解けたってことは、じゃあもう堅牢を解いても大丈夫なんだな!」
レリエッタを倒したと聞き、オウガはレリエッタのドールが無力化している事に気づいた。
「状況は8対1、これでチェックメイトだブラックリスト」
「ふ、ふふふ……ふはははははは!!」
「どうした、頭おかしくなっちまったのか!?」
レン達もフィガロも満身創痍なのは間違いないが、明らかに窮地なのはフィガロだった。しかし、怯むことなく状況を楽しむかの様に笑っていた。
「見事だ。この戦いはお前達の勝ちだ! だが、私はまだ死ぬ気はない」
フィガロは自身の周りの瓦礫を手に取り、女神像があった場所の上部のステンドグラスに向けて放り、割ると自身もステンドグラスの前へ移動する。
「テメェ! 逃げる気か!」
「逃げるのも戦いの内です。私とて、ここは分が悪いのでね、退かせてもらいます」
「ミレイ! 豪爆炎で狙えないか!?」
「だめだレン、あの位置だと当たっても外にいる町民を巻き込む可能性があるぞ?」
「いずれ、また会うでしょう。——特にそこの2人。ソル、そしてナル・アカツキ、君たちはなかなかに強者だった。必ず私がその首を貰います。それまで生きていてくださいね」
フィガロは割ったガラスの所から飛び降りる様に外へ出て、そのまま姿を消した。
「行っちまった……」
「お、終わったぁ——!!」
「もう、動けへん……」
全員、緊張の糸が切れたと同時にその場に倒れ込む。
「終わったのはいいが、この聖堂……どうすんだ?」
オウガは触れてはいけないタヴーに突っ込む。女神像は粉々になり床も壁も穴だらけ、瓦礫の山、地下墓地も同様の状況だ。
「……やべえな」
「ウチらも逃げるか……?」
「何でこっちが悪役みたいになるのよ!」
レン達は今後の物議を決めあぐねていた。
「あのぅ……?」
レリエッタに洗脳されていた数人の内、一人がレン達に話しかけてきた。
「私、ここの神父をしている者です。うろ覚えですが、あなた方があの二人組を追い払って下さったんですよね?」
「えっ? あ、うん……まぁ逃げられちまったけど」
「ありがとうございます! おかげで助かりました! 一時はどうなるかと……ずっと身動きとれずにあの鎌を持った女に操られていましたもので」
「無事みたいで良かったですね」
「聖堂は……ギルドに掛け合って修繕費が出るか確認してみます。幸い目撃者は私以外にもいますし、今回の件は恐らくギルドも把握しているでしょうから」
「おっ! ということは……ウチらは弁償せんでいいんやな!」
「とんでもない! あなた方から頂くなんてそんな! それよりも私に出来る事があれば何なりと言ってください!」
その後、神父の計らいにより、食事と宿場を提供してもらうことになったレン達。
全員疲弊し、特に前線組は満身創痍だったものの、ミレイの習得したヒールでほぼ完全に近い状態に治癒する事が出来た。
身体を癒した後は空腹を癒す事を兼ねて、祝勝会という体で宴を開くことにした。この祝勝会、始めこそ落ち着いていたが、お酒が進むにつれて本音が出始める。
「なぁーんで特級ブラックリスト2人も戦って報奨金が無いのよっっっ!!!」
ミィナは注がれたお酒を飲み干すと、悲しみと怒りを溢した。かれこれ10杯目。
「仕方ないな、フィガロには逃げられちまったしレリエッタは行方不明だそうだからな」
「ダッハッハ! 聖堂の修繕費を請求されないだけ良かったじゃねぇか!」
「レリエッタに操られてた人達が証言してくれたのもありましたからね」
「まあ、何とか無事に戦い抜いただけ良かった!」
「良くなぁい! 一攫千金どころかパーティランクも上がらないし、結果ただのハイリスクノーリターンじゃないの!!!」
「まぁまぁ、今日は酒でも飲んでパーっとやろうや! また明日からコツコツやろうや」
「そうやな、タダ飯タダ酒タダ宿はありがたくもらっとき! あ、あとこの辺の同じ皿、3つずつ持ってきてな!」
「ナルはタダ飯だといつもの数倍は食べますです……」
「はぁ、やっぱりこうなると思ったわよ……」
その夜更け、全員戦い疲れて寝静まっていた。事前に行動を決めていた2人を除いて——
「さあ刻は満ちた、行くぞレン」
「行くって言っても、どこに行くんだ?」
「無論、バーレル鉱山だ。バグに決着を付けに行こうじゃないか」
「……えっ!? どうやって?」
「それはこれから教える、ついてきてくれ」
レンは心のどこかで感じていた事がある。早く解決する術があるならそれに越した事はない。しかし、ほんの少しだが、ミレイが勝負を焦っている。そんな様に思えていたのだった。




