27話 旅を終えたら
レン達はナルの名刺に書いてある『セアラ』の街へ向かっていた。レニの街よりもさらに遠く、陸を隔てる海を渡る必要がある場所だ。道中は馬車で港町まで移動し、そこから船に乗り継ぐ予定だ。
「まさか、海まで渡るとは思わなかったわよ」
「まぁいいじゃねえか。数日頑張ったんだからちょっとした気分転換には丁度いいだろう」
「海上で、変な魔物とか出なければ良いですけどね」
「逃げ場の無い所でフラグ立てんなよ……」
「魔物もそうだがバグが無ければいいな。位置バグでも起きて座標がズレたりしたら、文字通り海へ真っ逆さまだ。海と言っても虚数空間の海だがな」
「それが一番怖ぇぇよ!」
しばらくしてレン達は港町へと着く。港町と言っても、そこにあるのは主に船と物資ばかり。店も小さな道具屋が一、二軒ある程度で、街というよりは船着き場を中心に作られた簡素な場所だった。
海から吹き付ける潮風が、レン達の髪を揺らす。
「なぁ、セアラ行きの船はどれだい?」
ソルが物資の運搬をしている船乗りに尋ねる。
「あぁ、それならこっちだ」
レン達は案内された船の乗船券を購入し乗り込む。船内には他にも十数人の客がおり、一般人に賞金稼ぎ、身なりの整った客もいた。
船自体も割と大きく補強もされており、小規模であれば魔物との戦いにも耐えられるような造りをしている。物資の中には戦闘用の道具や武器もあり、有事への備えもある。
「さて、とりあえず目的地に着くまで自由時間だな。お前らはしゃぎ過ぎて船から海に落ちるなよ?」
「大丈夫ですよ。みんなソルみたいにそそっかしくないですから」
「そうか、それなら大丈夫だな! そそっかしい俺は昼寝でもしてるぜ」
皮肉を言われつつも、ほとんど意に介さないソルは船内の共用の休憩所で横になる。
「私は久しぶりの船だし甲板で船旅気分を味わってこようかしら」
「僕も、少し風にあたってきます」
ミィナとカイルは船内の階段を登り、甲板へと向かって行った。
「せっかくだ、私達も甲板に出るか?」
「そうだな、行くか」
レンとミレイも二人に続き階段を登る。
港を離れ始めた船の後方には、次第に小さくなっていく港町が見える。海面に反射した光が眩しく、吹き抜ける潮風が心地良い。
「……こういうのも悪くないな」
レンは手すりに寄りかかりながら、遠くを眺める。現実世界では、こんな風に何日もかけて海を渡ることなど、そうそうない。ゲームの中とはいえ、こうして仲間達と船に乗っていると、本当に旅をしているような気分になった。
「なぁミレイ、今現実ではどのくらい時間が経ってるか分かるか? いくらラグでこっちの時間が遅く流れてても、現実でも時間は経過してるんだろう?」
「気になるか? 一度見てみるか?」
「えっ、というか分かるの!?」
「ああ、現実世界の軸の時計がレンのアロンダイトに仕込んであるぞ」
「そうだったの!?」
レンはアロンダイトを抜き、刀身をまじまじと見つめてみるも、時計のような要素は見当たらない。
「バグに影響されなくて、容量が小さくて済むもので役に立つのが時計さ。と言っても単純な時間と短針の周回による日付のカウントのみの時計だがな」
「ミレイの方には時計のデータみたいなのは無いの?」
「ああ、前にも言ったが『入力』の能力だけで容量が最大近くなってしまったからね。全てが終わったら全体的に少し軽くしないといけないな」
ミレイがアロンダイトを手に取り、鍔の下の部分からスクリプトコードへアクセスするように、内部へ干渉していく。
「それで、今どんな感じなんだ?」
「以前、私がウィスタリアに来て約10日の時点では、現実では3日しか経過していないと言ってたな?」
「うん、ミレイからメールが来た直後にウィスタリアへ向かったから間違いない」
「……レンがウィスタリアに来て約10日が経つ。だが、時計を見てみろ」
ミレイに言われるがまま、レンは時計を覗く。表示されている時間では、長針と短針が動いた分の時間はカウントされていたが、日付のカウントがされていなかった。
「えっ……? これってもしかして、日付が変わってない?」
「そう、動いたのは長針と短針のみ。レンがウィスタリアで過ごした10日の間、現実ではまだ半日行かない程しか経過していないんだ」
「ラグの振り幅が大きくなってる……?」
「そうだ。この数日の間に大幅に変わっている。随分と私達に都合の良いようにな」
その言葉に、レンは少しだけ眉をひそめる。時間の流れが遅くなる。それだけなら、レン達にとっては有利だ。
だが、それが誰かによって意図的に操作されているのだとしたら——
「ミレイ、本当にこの世界に俺達以外に誰かいるって思うか?」
「人間が想像できることは人間が実行できることだ。聞いたことくらいはあるだろう? 可能性としては充分にある。ましてや、相手が『ナーシャ』ならな」
"ナーシャ"はレンからしてみれば、アンノーンだが、ミレイの話を聞く限りではこっちも天才であるのは間違いなさそうだった。
「誰が相手だろうと、俺らなら何とかなる……いや、何とかするんだろ?」
「おお、どうした? 珍しく意気込むじゃないか」
「おうよ! 元の世界に戻ったらやりたい事もいくつか考えてるしな」
「やりたい事?」
「ああ」
少しだけ迷った後、レンは口を開く。
「元の世界に戻ったらどこか出掛けないか?」
「どこか、とはどこだ??」
「目的地まで決めてねぇ。ただ、たまにはどうかなって……」
「随分と大雑把な提案だな」
「それは否定出来ん」
思いつき見切り発車のような回答にミレイは少し呆れた顔でレンを見る。だが、その表情はどこか柔らかかった。
「……いいよ」
「え?」
「レンからのデートの誘いだ。受けて立とう。だが、その代わりプランは行く時までにもうちょっとまとめておいておくれ」
「ああ、ありがとう。任せとけ! ただ、デートって受けて立つものじゃないと思うんだ」
「レンからの初めてのお誘いだ受けて立たないでどうする?」
ミレイはレンを置いて階段を登っていく。内心、嬉しかった。同時にレンに気を遣わせてしまったという気持ちも芽生えた。最近は自分らしからぬ、愚痴とまではいかないまでも、弱みが溢れていたのは間違いない。
「あ、待ってくれよ」
レンが慌てて後を追う。その声を聞きながら、ミレイはほんの少しだけ頬を緩めた。
(ふふ、デートか。何としても帰らないとな。その時にでもそろそろ話してやるか、ウィスタリアの''意味"を)
レン達を乗せた船は目的地の『セアラ』へと向けて出航を始めた。
(——レン。お前だけは必ず元の世界に戻す。この先にナーシャだろうがバグだろうが、何が立ち塞がろうとも。それすらできないとしたら……私は、私を許さない。)
ミレイの中で静かな決意が渦巻いていた。
船は進む。セアラへ。
そして、ウィスタリアの真実へ——




