24話 本当の名
幾度となく振り下ろされるナイフは的確に急所を狙ってくる。ライザは紙一重のところで躱すか、剣で捌きながら必死に食らいついていた。
「この動き、間違いねェな。やはり貴様が"首狩り"か!」
「世間ではそう呼ばれてるみたいですね。私としてはどうでもいいですが」
ナイフは不規則な軌道を描き、予想だにしない方向からライザの命を削っていく。
(コイツ……まだ更に速く動けるのか! クソッ! 初老の身体にはキツイぜ)
「なかなかやりますね。私の記念に相応しい相手で嬉しい限りですよ」
「小僧が! 調子に乗るなよ」
ライザは目を閉じて剣を深く構える。余計な情報をシャットアウトし、五感の精度を高める。瞑想よりも深く集中し、無駄な力を抜いていく。
「そんな状態で何が出来るんですか?」
"首狩り"は醜悪に満ち溢れた笑みを浮かべながら、構わずライザに斬りかかりに行く。
「ウォード流剣術奥義、"雨音断ち"」
「むっ——!」
攻撃への一連の流れ、防御に至るまでの全ての動作を最適化し、その分返しの一振りに速度を乗せる剣術。一部の攻撃は敢えて回避せず、僅かな隙を見定めて振り抜いた。
ライザの剣は寸分の狂いなく、首狩りの急所を捉えたが、相手もまた手練れ故、かすり傷のみつけて避けられてしまった。
「バカな!? あれを避けるのか!」
「信じられない……私に攻撃を当てた賞金稼ぎなんて久しぶりに遭いましたよ。これは驚きです」
「似たようなセリフを返してやる。首狩りめ」
すると、首狩りと呼ばれた悪意は舌を鳴らして人差し指を横へ振る。
「"フィガロ"あなたを殺す首狩りの名前です」
「自己紹介とは随分と律儀なモンだな」
「フフフ、あなたの走馬灯、その最期に浮かぶのが私の名前になるのですから!」
「気持ちの悪いヤツだ! だったら次は……」
「親父! 無事か! やっぱり親父を置いて逃げるなんて……」
ソルが戻って来てしまった。もし、ここで戻っていなければ、それか相手が首狩りフィガロでなければソルの運命は変わっていたかもしれない。
「バカヤロウ、なんで戻ってきた……!」
「勇敢なひよこは命を棒に振るだけですよ」
「えっ……」
フィガロは標的を変え、ナイフをソルへ向けた。
(コイツ……なり振り構わずか!)
「親父——!」
ライザはソルを庇う形で、攻撃を受ける。凶刃によって脇腹を深く斬られ、致命的な攻撃となってしまった。
「ぬうっ……!」
「これでお仕舞いです。私の50人目のレコード」
ライザを倒し、優越感に浸る。そして足早にフィガロはその場から立ち去ろうとする。
「待てよ、何で俺は無視するんだ!?」
「余韻が無駄になるでしょう? せいぜい与えられた命を噛み締めなさい」
「舐めてんじゃねえ!!」
ソルは立ち上がってフィガロを追おうとするも、ライザがソルの足を掴む。
「待て、追うな……追いつかないだろうし、今のお前じゃ勝ち目はない」
ソルの足は震えており、そのまま膝から崩れ落ちた。
「クソ……! すまねぇ親父、俺が戻ったばかりに……!」
「勘違いするな。俺が未熟だっただけだ」
「だったら、俺がアイツに攻撃された瞬間を狙えばよかっただろうが!」
「知らねえよ。動いちまったモンは仕方ねぇだろ」
ライザは転がり体勢を変える。よく見ると腹部の一撃以外にも細かい傷が無数にある。
「……俺は泣かねえぞ。その分、話すことが残ってんだ」
「待てよ親父、何でそんなしんみりしてんだよ……? このままくたばる気じゃないだろうな!?」
「ふぅ……周りを見てみろ、俺はもう助からん」
辺りには鮮血が飛び散っている。降り積もった雪が血の色を引き立てていた。ライザを抱えるソルの腕にも大量の血が付いていた。
「あっ……嘘だろ……嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」
「数年前、お前が孤児院を抜け出して俺の所へ来ただろう? 本当は追っ払うつもりだったんだが、何の魔が差したのかねぇ……俺はお前を受け入れちまった」
「……そうだ。孤児院の近くに棲みついた魔物を退治する為にギルドに依頼を出したんだ。それで来たのが親父だ。俺は親父の戦いを見てこの人についていって賞金稼ぎになると決めたんだ」
「俺に散々しごかれて泣かされてたクセに妙に根性だけはあるもんだったな」
「親父が泣きたくなければ強くなれって言ってたからな」
「そう、か……」
「親父! しっかりしろ!」
話している間も、辺りは血に染まっていく。同時にライザの体温がどんどんなくなっていた。
「もう話す体力もほとんどねえ……一度しか言わねえからよく聞け」
ソルは、ライザの最期となるかもしれない言葉に耳を傾ける。
「お前は強くなった……俺から教えることはもう何もない。俺の、剣と"ウォード"の名をお前にくれてやる……剣の腕は、あとは自分で磨け」
「親父……!」
「あとはお前、もう少し笑え……いつまで経っても仲間が出来ねえぞ」
「親父に言われたくねえ……」
「俺は構わねえ。こうして最期を看取るやつがいるだけ儲けものだ……首狩りフィガロ……この名前を忘れるな。忘れても心に刻み込んでおけ。いつかお前の前にも……」
「わかった……」
「血は繋がってねぇが、こうして息子を守れたのは、良かった……じゃあな、ソル」
ライザは話し終えると、眠るように瞼を閉じた。
「親父? おい! 目を開けろ! 親父——!」
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——"そうだ、俺は……!!"
「これは、ソルのノイズが減り始めている……?」
レンはソルの体に変化が起きたことに気付く。
(まさか、信じられない……いくらプログラムが自動生成されるとはいえ、一子相伝たる程の継承すらも実行出来るとはな。もはや、こと電脳世界において本当の生命体に限りなく等しいものにまで成長し始めているというのか……)
この現象にはさしものミレイも驚きが隠せない様子だった。
「ソル、大丈夫なの……?」
「みんな……俺は一体?」
「君は譫言のように言葉を呟いていたよ。何か、思い出したみたいに」
「……ああ、全部じゃないが、俺の賞金稼ぎを始めるきっかけと因縁をな……くっ!」
長い時間を経て、閉ざしていた記憶が甦った。それはもはや1人のNPCでなく、まるで人間のように。
(おそらく、内なる記憶としてのデータがあってそれが今、ブラックリストの手配書を見た事によってフラグが成立した、ということなのか……?)
ノイズが減ったとはいえ、ソルはまだ完全に戻ってはいなかった。意識が戻ってはいるが、冷や汗と表情から苦しさは伝わっていた。
「ちょっと、無理しないで!」
「みんな、聞いてくれ。無理を承知で頼みたいことがある。俺に首狩りを討たせてくれないか?」
「ちょ……!? 何言い出してんのソル!?」
「いくらなんでも無茶だって!!」
必死で止めるミィナとカイルだが、いつもと違うソルの表情からはただならぬ雰囲気を察していた。




