23話 仮初めの記憶
ソルの全身が、瞬く間にノイズに包まれていく。
「あがっ……! 痛ェ、頭が、割れ……る」
「ソル! しっかりしろ!!」
レンは慌てて鞘に収めたアロンダイトをソルに近づけるが、効果がなかった。
(デバッグが出来ない……!? まさか、切ったり刺したりしないとデバッグの効果が出ないのか!?)
「これは……直接的なバグでは無いかもしれない。他に原因があり、それの処理にソルが追いつけていない状態だ」
ミレイも原因は掴めていなかった。
(キャラクターのバックボーンは細かく設定してはいない。もし成長型のAIが何らかの形で作用していて、イベントプログラムとして発動しようとしているのか? "首刈り"を見たことによる変数の変動でフラグが成立したのか?)
様々な可能性を考慮するが、予想だにしない状況にミレイも首を傾げていた。
「バグって、催眠の一種ってエルムダールで言ってたわよね!? 一体、なんなのこれ……」
(そうか、これは……)
レンはエルムダール無限回廊バグの時に住民へ声を掛けてバグが発生したことを思い出す。とあるイレギュラーに対し、状況を処理出来る力がないと連鎖してバグが起こる。レンが一番最初に目にしたバグが今、ソルに起きている事態と重なる。
「なんやこれ……一体どうしたん!?」
「何でソルがこんなことに……さっきまでなんともなかったのに」
「まずいな、このままじゃソルが処理に耐えられない。ほっとけばバグ化する可能性がある。危険だが直接スプリクトコードを打ち込むしか現状での対応策がない」
「マジかよ!?」
激しい頭痛に意識が朦朧とするソル。その最中、ソルの頭に一つの記憶が浮かび上がっていた。
「親、父……?」
ソルはその一言を発して意識を失ってしまった。
「ねぇ! 起きてよ! ソル!!」
——
——————
「——なんだ? また泣かされたのか?」
「えっ?」
ソルの目の前には、本来存在しないはずだった記憶である父親の姿がそこにあった。
「親父……?」
"だから言ってるだろう? 泣くのは構わねえ。だが、人を泣かせるやつになるんじゃねえ。泣くのが辛いなら自分も、大事なものも守れるくらい強くなりゃいい"
「じゃあ、どうして俺は一人になったんだ?」
"——俺が弱かったからだ"
「親父が、弱い? そんな訳はねェ! 力だって強いし、剣だって教えてくれたじゃねえか!」
"大事なものは守れたかもしれないが、自分を守れなかった。だから殺されちまった"
「——!!」
ソルの中で新たなプログラムが出現する。それは元より変数やフラグによって凍結されていたものなのか、もしくはシステムの域を超えたソルの本当の記憶なのか。それは誰にも知り得なかった。
「思い出せ……! 俺は、あの時……!!」
ソルはかつて、二人で依頼の現場に行っていた時の事を思い出そうとしていた。断片的ではあるが、当時の様子が少しずつ蘇ってきていた。
〰〰〰〰〰〰〰
ソルの記憶は、ウィスタリア内にて8年前に遡る。
「さて、目当てのものは回収したし帰るぞ」
時季は冬、ソルは18歳になり、初めてハンターとしての任務を行なっていた。
「これでやっとお前もハンターとして、飯を食っていけるようになるな」
「そりゃあな。なんたってあの親父、天下の『ライザ・ウォード』様が剣を教えてくれたからな」
「つけ上がるなよガキンチョ。まぁいい、お前の初依頼完遂祝いだ。帰ったら酒でも呑むぞ」
言葉は荒いが、ソルに褒められてライザ自身も悪い気はしていなかった。
「俺はまだ飲まねえよ」
「なんでぇ、つれねェなァ」
その時、ライザはとある気配に気づき、その方向へと振り向いた。
「誰だ? お前は?」
「驚かせてすいません。私、ギルドの調査隊の者なのですが、他の隊員とはぐれてしまいまして……もし宜しければ道中ご同行させて頂けないかと……」
視線の先には長身の男が立っていた。
「なんだ、それならついてくりゃいいじゃん。別に構わねえだろ親父?」
「ありがとうございます。では、御言葉に甘えて」
「止まれ」
ライザの表情はいつになく険しく、ちょっとした雑魚魔物程度であれば威圧で追い払えるくらいの雰囲気を醸し出していた。
「はい?」
「親父?」
「ソル、お前は先に帰っていろ。寄り道せずに」
「どうしたんだよ急に?」
「さっさとしやがれ!」
「……わかった」
ソルはいつになく険しいライザの反応に従うしかなかった。
「あちらはご子息ですかな? どうして先に帰したんです?」
「俺ァこれでも20年近くハンターをやってる。当然ブラックリストに載るようなヤツともさんざん戦ったし、修羅場もそれなりに見て、感じてきた」
「はぁ、それが何か?」
「気配の消し方、足運び、それにお前から仄かにする血の匂い。お前何モンだ? 調査隊なんてのはブラフだろ?」
ライザの指摘に対し、男は俯いた。同時に男は表情を変えてライザを睨みつけた。その変貌はまるで別人のようだった。
「……すごいなぁ。さすがキャリアが長いだけある」
途端に、男は凄まじいスピードでライザに切り掛かってきた。ライザは瞬時に反応し、自らの剣で受ける。
「ぬう……! なんの真似だ、貴様」
「何って、力比べですよ。弱い方が死ぬ。それだけです」
「そういや、耳にしたことがあるぜ。名うてのハンターを次々に狙うブラックリストの存在を。貴様がそうか! 目的はなんだ!?」
「目的、特にはないですよ。私はただ、自身を至高の域まで高めたいだけです。ひたすらに重ねた数字が私の糧になるのだから。まぁ、今日を一つの節目としてもいいかもしれません」
「何が節目だぁ?」
「あなたで丁度50人目なんですよ。ライザ・ウォードさん」
謎の男は恍惚に満ちた表情を浮かべ、ライザに向かってナイフを振り上げた。




