20話 眠れぬ夜に
全員満身創痍ながらも、謎の少女ローゼスの助けもあり、無事にギルドに戻る事が出来たレン達。それはまさに過言ではなく奇跡と言えた。
「ほれ! 持って来たぜ! 依頼書にあった蜃気楼の森の薬草だ」
ソルがギルドの窓口へ満面の笑みを浮かべて依頼品である薬草を持ってくる。しかし、ギルドからの反応は予想していたものとは大きく異なるものだった。
「申し訳御座いません。こちらの依頼は手違いで……って、え? ご依頼、達成されたんですか?」
「どういうこと? 手違いって?」
「それが、調査部隊から魔界樹の新種の出現報告があり、その危険性とエリアの難度から上位ランクの依頼への申請途中でして……」
ギルドからの返答にレン達はポカーンとする。直後、自身達がどれほど危ない橋を渡ったのかを痛感し始める。
「魔界樹の新種って、もしかして僕らが戦ってたアレですかね……?」
「えっ? 遭遇したんですか? というか、まさか倒しちゃったんですか?」
「倒したわよ! 死にそうになりながら!」
「そうだ、そういえば魔界樹がドロップしたものを
拾ってきたんですよ!」
カイルは懐から握り拳ほどの大きさで、緑色をした樹にも石にも見える球体を取り出した。
「何だこれ?」
「これは、魔界樹の実? それか種ですかね? この場だと分かりかねますので鑑定部門の方でお預かりしても宜しいですか?」
「いいけど、ちゃんと返してくれよ?」
「それは勿論です」
カイルはしぶしぶギルドの受け付けに緑色の球体を渡した。
「とにかく、依頼書の内容通りブツは持ってきたんだ、報酬は約束通り出るんだろ?」
「え、ええ! それは依頼書通りに出させて頂きます!」
「よし、何はともあれ俺達パーティでの初依頼で初クリアで祝いたいところだが、ヘトヘトだし今日はメシにして明日は休みにしとくか」
「そうね、疲れちゃったし魔力もスッカラカンだし……」
「僕も、クタクタです」
「そりゃああんなのと戦ったんだからみんな疲れるよな」
漸く終わった戦いに安堵の表情を浮かべるレン達。その後、食事を早めに済ませ、宿屋に着くとソル達は力尽きた様に眠りについた。
※ ※ ※
夜も更け全員が寝静まった後、レンは一人、宿から少し歩き、ギルドの近くの広場で夜空のよく見える場所を探し腰を掛けていた。
(今日全員無事で帰れたのは本当に奇跡だ……)
目を瞑ると今日の死線が鮮明に浮かぶ。
(本当に、全てがリアルだ……風や、水や、触感も、食事も、ソル達だってまるで人間そのものだ。もし、俺やミレイが外から来たってことが分かったらどんな反応するのかな。それ以前に、このままウィスタリアから出れなくなったらどうなるんだろう)
色んな思考が頭の中を駆け巡る。その時、レンの顔に柔らかい毛先の様なものがパサっと当たった。
「うわ!?」
「どうした? そんなレンには似合わない難しそうな顔をして」
目を開けると、ミレイが自身のポニーテールでレンの顔をなぞり反応を見てクスクス笑っている姿があった。
「な、何してんの?」
「いや、私が近くにいるのに気づいていなさそうだったから、付いていって少しからかってやろうと思ってな」
「確かにびっくりはしたな、ミレイも眠れなかったのか?」
「ああ、ちょっとな……」
ミレイはレンの横に並んで座った。
「あのボスやばかったな。通常プレイでもキツイ相手なのに強化されて出てくるなんてな」
「今回はまだ良かった。強化の方向が振り切った数値だったら戦う前にアウトだったかもしれないからな」
「バグ単体なら、規模にもよるがそれほど脅威ではない。だが、魔物と融合するようなバグは危険だ」
「不幸中の幸いだってことか」
「問題はここからだ。魔物だから済んだもののこれが、明確な意思を持つNPC、それが悪意を持ってバグを使い出したらどうなる?」
「うまく言えないけど、ヤバいことになるのは想像つく」
「その想像ができていればいい。NPC自身がバグを起こすか、もしくはバグアイテムで強化されるとか、考えられることが色々ある。早急に手を打たねばならない」
彼女の表情は曇っていた。その様子からかなり疲れているように見えた。
「ミレイ、大丈夫か? かなり疲れてるだろ?」
「……確かに、私も少し思い悩み疲れた節はあるかもな」
「ミレイが悩むって、一体どうしたんだ?」
「敢えて質問に質問で返すが、レンはウィスタリア内で2日過ごしていると思うが、どうだいこの世界は? 忌憚のない意見を述べて欲しい」
「……そうだな、さっきまで俺が考えてた事だけど、全てがリアルで世界観がこれ程違うのに違和感もないし、NPCだって本当にNPCか疑いたくなるくらい精巧で人間みたい、だな」
「やっぱりそう思うか」
ミレイは徐に立ち上がって夜空を眺める。
「ミレイ?」
「私は、怖いんだ。完璧を求め過ぎた結果、人として超えてはいけない領域を超えた様な気がしてな。三次元から見れば数字や文字の羅列かもしれないが、私達は今、その彼らと同じ次元にいる。じゃあ、レン、人である定義って何だと思う?」
「えっ、なんだろう……知恵や創造力があることかな」
「あながち間違いじゃない。諸説ある話だからな。私は『考える力』の有無で定義が定まると思っている。つまりだ、この世界においてNPCはもう人間そのものなんだ」
「NPCが……人間」
「彼らには事実、感情がありそれぞれの考えに沿って行動している。見方を変えれば私達だって、時間軸を操れる存在が居たとしたら、立場的にはNPC達と変わらないんだ、過去や未来、別の世界線にだって私達の存在があるのだから」
「NPC達から見れば俺達がこの世界の創世主であり、生みの親だからな」
「現状彼らがそれを自ら知る術はないが、良し悪しと取るかは分からない、それにその分の責任もある。次元が違うとはいえ、世界や生命体を創った。私はそれを護らなければならないという重圧に押されてしまってな。レンにも大きな負荷をかけてしまった……すまない」
ミレイが俯く。思い悩むのもそうだが、辛そうな彼女を見るのはレンからしてみても極めて稀な様子だった。いかに彼女が重圧に押し潰されないように堪えているかが垣間見えた瞬間でもあった。
「いや俺の方こそ、その辺の配慮や気の利いたことも言えなくて悪かった……」
「レンが謝る必要はないよ。元は三次元下でバグを処理出来なかった私の力不足だ。それにレンは危険を顧みずにウィスタリアに来てくれたじゃないか」
「確かに来たは来たけど……まだ助けられてはいないんじゃないか?」
「いや、来てくれただけでも充分意味はある」
「え? 何で……?」
「私とレンが知り合ってから、10年と少しか。この時間はな、もう代えが利かないほど大事なものなんだ」
ミレイがレンの方に振り向くと、いつもと変わらない表情に少し笑顔を足した様な、柔らかい面持ちでレンを見つめる。
「レンには、私の居場所でいて欲しいんだ」
「俺が、ミレイの居場所……?」
「何をそんな驚くんだ? まぁ、どう捉えるかはレンに任せるよ。さて、そろそろ戻るか」
「ちょっ……! 待てって!」
ミレイは先に宿屋の方向へと歩いていった。それはまるで、冷静を装いつつも照れ隠しをするかの様に。




