19話 一難去って……
満身創痍ながらも何とか魔界樹を撃破したレン達であったが、置き土産として残されたバブルの毒は手の施しようが無かった。
(想定外だ……ここのバブルは本来湿地帯でしかエンカウントしない、森の最奥にはいない筈だったんだ……このタイミングで全員が毒になった時のプランなんて考えてねぇよ……)
大物を倒したともあればソル辺りが騒ぎそうな筈だが、ソルはおろか、声を上げる余裕は誰もなかった。
ふと、気付けばレンの視界に何者かの足元が見えた。ミレイもNPC達もその場に倒れ込んでいる。見知らぬ者の存在だった。
「だ、誰だ……?」
「ねえ、ここにいた大きい樹の怪物はどうしたの?」
レンが顔を上げるとそこにはカイルと同じくらいか、それよりも年下くらいの少女の姿があった。小柄でミレイよりも深い茶色のボブっぽい髪型をしており、口調から物腰の落ち着き加減が伺える。こんな少女がどうやってこんな所へ来たのかとレンが思うほど華奢であった。
「どうしたもこうしたも、倒したんだ……このままじゃ毒で相打ちになりそうだけどな」
「倒したって……あれを? あなた達だけで?」
「そりゃ、ここは他に誰もいねぇだろうよ……」
「それでみんな毒を浴びたのね……助けてあげようか?」
「えっ……?」
少女の口から予想外の言葉が出る。全員ボロボロの上、毒状態の窮地から助かる術は他にない。少女の言葉を信じるしかなかった。
「私としては厄介事を一つ片付けてもらったから、そのお礼」
少女は辺りを確認し、同じく突っ伏しているソルやカイルの姿を視認すると、懐から杖の様なものを取り出した。
「みんな、そのままでいいよ。まとめて治した方が手っ取り早いし」
少女は杖に魔力を溜め始めると、ブツブツと小さな声で詠唱らしきものを始める。
「遍く全ての生命に光あれ——『リザレクション』」
彼女から放たれる数多の光の粒がレン達に降り注ぐ。エメラルドの様に輝く光は仄かに暖かく、身体中につけられた傷を少しずつ癒やしていった。
「すごい……な、治った……それに毒も! 抜けてる!」
「本当、あなた達は運が良かったわね。私がここにいなかったらどうしてたつもりなの?」
彼女は治療を終えると呆れた様子で溜め息をついていた。
「一か八か、世界の秩序でも書き換えてたかな」
「……どういうこと?」
ミレイの発言は聡明そうな彼女にも理解し難い内容だった様だ。
「コイツの言うことはあまり気にしないでくれ……」
「そうするわ」
「お前らぁ!! 全員無事か!?」
「ソルが無事なら多分無事だと思うよ」
前線で奮闘し続けたソルもカイルも無事にリザレクションの恩恵を受け、活力を取り戻した様だ。
「お前さんが治してくれたのか?」
「そうよ。よくもまぁ毒の治療をしないまま一人も死なずに魔界樹を倒せたわね」
「同じ事やれって言われたらもう二度とごめんだがな! そうだ、俺はソル。一応このパーティーのリーダーだ。お前さん、名前は?」
「……『ローゼス』」
「おお! 良い名前じゃないか! 時にローゼス、見たところかなりのヒーラーの力があると見た! どうだ! もしソロなら俺達のパーティに入らないか!?」
「直球が過ぎる!!」
「……悪いけど、遠慮するわ」
「ほらみなさい。勧誘が雑よ」
「私は別に一人でいいし、こんな無茶に付き合いたくはないわ」
ローゼスと名乗る少女は、ソルの誘いを断ると辺りに群生している薬草を摘み始めた。
「無茶だったのは間違ってませんね」
「まぁ、それは私達が最初ちゃんと確認してなかったのもあるけどね」
「……そうか、まぁ無理にとは言わんさ! だが大きな借りを作っちまったのはある。いつか、必ず返してやるさ」
「また会う事があればね」
ローゼスと名乗る少女は薬草を摘み終えると、レン達が来た道とは違う方向へ歩いていき、霧の中へ姿を消していった。
「行っちゃいましたね……一人みたいですけど大丈夫なんでしょうか」
「あれだけの魔法が使えるんだし、行きも一人で来たなら大丈夫じゃない? 残念ねソル。なかなか有力だったのに」
「……惜しい」
「ソル?」
「惜しい! いやー惜しい!! 実に惜しい!! だが仕方ない。無理くりパーティに入れる訳にはいかんからな!」
ソルは悔しそうに唇を噛み締める。
「縁があれば、また会えるでしょ」
「ま、それもそうだな! 借りも返さなきゃいけないしな」
「そろそろ帰りませんか? 陽が落ちる前にギルドへ戻ってご飯にしません?」
「そうね、疲れたしお腹も空いちゃったし」
「よし、帰るか」
しばらくしてローゼスはレン達が見えなくなると、足取りを止めて、振り返った。
「パーティなんて、私にはもういらない……」
※ ※ ※
——同刻、エルムダールから離れた辺境のとある街で一つの事件が起きていた。
「見つけたぞ! お前が噂の賞金首だな! 覚悟しろ!」
一人の男が屈強な兵士数人に囲われていた。
「あれ? 僕、もう賞金首なんですカァ? ギルドも手が早いですねぇ、それとも駐屯の兵士さんじゃ手に負えないのかなぁ?」
「ナメやがって……その言葉、後悔するなよ!」
煽られた兵士の一人が男の胸元に剣を振った。しかし、その剣は男に届く直前で止まってしまった。
「バカな!? 剣が通らない!? いや、剣が動かなくなった!?」
「そうだよ、僕に干渉したものはみんな永遠に動けなくなる。だから誰も僕を捕まえられないんだ」
「何だと!?」
「まだ僕のやる事は終わってないんだ。邪魔をしないでよね」
今度は男の方が兵士に向けて剣を振り抜いた。大して腕の立たない剣術であり、兵士達の軽装ながらも丈夫に構成された鎧を切ることは出来なかった。
ところが、その剣に触れた兵士は目を開けたまま、瞬きをする事もなく、声を発する事も忘れてしまったかの様に固まってしまった。
「う、あ……」
「うわあああ!!!」
完全に硬直した兵士を見て、残りの兵士達は慌てて逃げてしまった。
「アッハハハ!! 本当すごいなぁコレ。これさえあれば、この力さえあれば全てが思いのままだ!」
この時、男も兵士も、街にいる誰もが気付かなかったが剣からノイズが滲み出ていた。一難去ってまた一難。新たな脅威が生まれ始めていた。




