18話 絶対絶命
真の姿を露わにした魔界樹は容赦なくレン達に攻撃を浴びせる。枝による薙ぎ払いや捕食目的の巻き付け、加えてポイズンバブルによる毒を帯びた攻撃が追加されている。
「くそ……切っても切ってもこの調子じゃキリがねえぜ……!」
ソルに限った話ではなく、カイルもレンも既に息が切れ始めている。反撃はおろか、回避で精一杯であった。ミィナも道中や先程の大技で魔力を大きく消費していて、決定打を見出せない。
「こうなると、残る一手は私が直接魔界樹の存在そのものを書き換えるしかないか……」
「ミレイ!? 変な考えはよせよ? アイツはポイズンバブルを纏ってるんだ、あんなとこに手突っ込んだら……」
「まあ、成功率は良くて2割くらいだな。魔界樹の攻撃を掻い潜って、且つコードの入力を邪魔されず、ポイズンバブルに手を突っ込んでスクリプトコードを発動させなきゃいけないからね。だが安心しろ。もう少し成功率の高い方法がある」
「えっ! 他の方法があるのか!?」
「私が魔界樹に捕食されればいい」
「……よく意味が分からないんですが」
「さっきのキラーベアを見ただろう? 同じ様に一呑みにされれば魔界樹の腹の中で少しは生存出来るはずだ。後は私がすぐに消化されなければ攻撃を掻い潜る必要もなく、ポイズンバブルの邪魔も入らずコードを入力出来るという算段だ」
「……却下。どの道リスクが高すぎる!」
「では他に方法があるのかな?」
「少し時間をくれ! まだ方法はあるはずだ!」
レンはそう言い残し、再び魔界樹の元へと向かった。
(諦めが悪いのは本当昔から変わらないね)
魔界樹は外皮こそ破壊出来たが、大きくダメージを受けている様子はなく猛攻を止めどなく続けてくる。
(どうする……? 魔界樹に有効な攻撃は俺の剣で核をぶった斬るかミレイのコード入力、それかこの場で使えるやつのいない魔法しかない。その中だとやっぱり俺の剣で核を破壊するしかない……でもどうやって? 切る? 刺す? ポイズンバブルに触れずに、それかバブルごと攻撃するか……)
「ちょっと……! このままじゃ全滅じゃない!」
戦況の不利を悟ったミィナは構えた弓を下げて背中に戻し、ソル達に合流する。
「ミィナ! なんでコイツの間近に来たんだ!?」
「私もコイツの攻撃を避けてれば少しは手数が減るはず! その間に何とかしないと!」
ミィナは魔界樹の枝を避け続ける。しかし剣の様に受けることが出来ない以上、全ての攻撃を回避する必要があった。
「コイツだって、体力は無限じゃないはず! 少しずつでも削ってやる!」
「無茶すんじゃねぇぞ! モロに直撃くらったらタダじゃすまねえ!」
「わかってるわ!」
しかし、無常にも踏み込んだ足元がバブルの破片で滑り、ミィナは体勢を崩す。
「――えっ?」
好機と言わんばかりに魔界樹の枝が動き出し、巨大な枝がミィナに振り下ろされる。
(あれ? もしかして私ここで死ぬ?)
転倒する自分の身体、襲い掛かる魔界樹の枝、目に見える全ての動きがスローモーションになり、まるで隔離されたかの様に無音の世界にいた。避けられないと悟ったミィナは目を瞑る。
「……あれ? 私生きてる?」
「離れろ……! ミィナ!」
ミィナの視界に映ったのはソルの背中。ソルが自らの身体を張ってミィナに迫る枝を押さえ込んでいた。
「ソル!? なんで!?」
「早く離れろ! もう、もたねェ!」
体勢を立て直し、ミィナはその場を離れた。直後、ソルは枝に吹き飛ばされ木の幹に叩きつけられてしまった。
「チッ……痛ェな!」
ソルはもう動ける状態ではなかった。元々のダメージ量もそうだが、魔界樹の枝から染み出したポイズンバブルの毒が全身に回っていたのだった。
「眼が霞む……身体が動きやがらねぇ……」
そして、ポイズンバブルの毒の影響を受けているのはソルだけでなく、全員である。嵐の様な猛攻の中で数や傷の大小は違えど確実に数発は魔界樹の枝にふれてしまっている。各々が毒によるダメージや機動力の低下に気づき始めていた。
(バブルごと……核を破壊する。そうか、何も俺が剣を振るうだけが全てじゃない。力のあるソルか、速さのカイルか、でもソルにもう剣を振る余力なんて……いや、まてよ!?)
レンに一つの考えが浮かぶ。本来のプレイングでは出来ない方法だが、今こうして実際にウィスタリアにいるからこそ出来るかもしれない事だった。
「ミレイ、ミィナ! ヤツを倒す方法を思いついた! 手伝ってくれるか!」
「その言葉、本当に信じていいんでしょうね?」
「ああ、時間がないから簡単に説明する。チャンスは一度きりだ」
「どうするんだ?」
「単純な話さ。俺の剣を矢の代わりにして弓で魔界樹を射抜くんだ」
「はぁ!? 弓で剣なんか打ったことないわよ! そもそも、それじゃ狙いだって定まらないし」
「そこでミレイの出番だ、さっきのスクリプトコードに追尾があっただろ? それを剣に入力してくれ。魔界樹の核の位置は俺が分かる。あとはミィナが可能な限り魔力を込めて撃ち抜いてくれれば剣は奴の核に届く。これなら魔界樹に近づく必要もない、バブルを切る必要もない。どうだ?」
「ほう、そう来たか」
「じゃあ、私はただ魔界樹の方を狙えばいいだけ?」
「そうだ、細かい位置は微調整する。ミレイ、コード入力にどれくらい時間がかかる?」
「35秒で終わらせてやる」
「わかった。カイル! 悪い、俺達は魔界樹を倒す準備で動けない! あと35秒粘ってくれ! それでコイツとケリをつける!」
「35秒……今にも倒れそうなのに……何とか粘りますから魔界樹を倒してください!」
カイルも既に動きが鈍くなっている。毒が回っている上に数人で分配していた攻撃を今は1人で捌いている。その上、ソルに伸びて行く枝も切り落としていた。厳密に言えば、今のカイルは致命打になる様な攻撃だけ避けて、それ以外は受け流すか被弾していた。
「レン、私の腕ごと引っ張って弓を引いて。アイツの毒のせいでもう剣を掴むだけで限界みたい……」
「わかった、こんな感じで大丈夫か?」
「それでいいわ、後は私のタイミングで離して」
「座標位置を特定。対象への追尾を付与『プログラム書き換えスクリプトコード・リライト』」
「核の場所は、丁度アイツの口の大体2メートルくらい上で、木の中の一番中心にある」
「わかったわ。もう少し引っ張って、剣の向きがもっと上を向く様に調整して」
「こんなもんか?」
「ええ、後は私が……!」
構えられた弓に魔力が集められていく。照準は魔界樹に定まり、ミィナは発射のタイミングを逃さない様に瞬き一つせず、その時を待つ。
「これで終わりよ——流星一閃」
「最後の大博打だ! くたばれ、バケモン!!」
ミィナの残った全ての魔力が込められた一撃は流れる星の如く激しい光を纏い標的を目掛けて翔んでいく。枝を、そしてバブルの鎧すらも貫通し、厳重に守られていた核へ巨大な風穴を空けた。
「やったぞ! 核を射抜いた!」
直後、枝の動きが止まり、残っていた外皮が崩れ始めた。
「倒したの……!? 本当に!?」
核の機能を失ったことにより、本来形成される事のないバブルの鎧も崩壊していく。同時に、風穴が空き崩壊が始まった核がレン達の前に転がり落ちる。
「隕九▽縺代◆縺」
エルムダールのバグ同様、バグとしての体裁を破壊され、断末魔とも思える不気味な音声を放っていた。
「相変わらず何言ってるか分からねぇが、このまま全部デバッグされるのも時間の問題だな」
「……あア、アア、ハはあはは」
「——えっ?」
聞き間違いではなかった。バグである筈のそれは、明確な意思を持って笑った。
「ミ……つ、ケタ、つギ……は、コロ……」
機械音声の様な声で『言葉』を発し、核は完全に崩れ、消滅していった。予想外の事態にレンとミレイに戦慄が走る。
「なぁ、これバグ……なんだよな? 今、笑ってなかったか……?」
「詮索するのは今じゃない。それ以前に、私達はまだ助かった訳じゃないんだぞ」
詰まりそうになった言葉を何とか絞り出すとミレイはそのまま、その場に倒れ込んでしまった。
「おい、ミレイ!? 大丈夫か!? ——あれ?」
レンも、ミレイに駆け寄ろうとした瞬間に膝から崩れ落ちてしまった。
「そうだ……俺達、全員バブルの毒をもらってんじゃねえか……このままじゃ、どの道全員……」
魔界樹の置き土産は着実にレン達を蝕んでいた。レン達の中でまともに動けるのはもう誰もいなかった。




