17話 招かざるもの
何とか魔物達の猛攻を凌ぎ、無事に森の最奥まで辿り着いたレン達。そこは今までの獣道とは違い、湧水で形成された泉があり、辺りが拓けている。
「何とか着いたな……ここがゴールだ」
「やっとか! よし、後は薬草毟って終わりだな!」
「ギルドに持って帰るまでが依頼よ? それに、帰りもあの道を戻るって考えたら億劫になってくるわ……」
「魔物も何故かいないみたいですし、ひとまず休憩しましょうか?」
「なんていうか……やけに静かね」
NPC達は辺りに魔物がいない事を確認し木陰に腰を下ろす。中盤から緊張感を緩ませられないまま走り続けた事もあり、疲労困憊していた。しかし、レンとミレイはまだ警戒を解く事が出来なかった。
「ミレイ、ここはもう既にヤツのテリトリーって事だよな?」
「そう考えて間違いはないよ」
蜃気楼の森の最奥にはボスモンスターが設定されている事と、その姿を知っているレンとミレイは油断を許すことが出来ない。
「薬草だけ回収してトンズラするのって有りかな?」
「フラグ管理的には出来なくはないが、恐らくもうヤツに認知されている。視界のいい平原とかならともかく、ここは蜃気楼の森だ。逃げるには不向き過ぎる。散り散りにされて全員迷うのがオチだと思うぞ」
「やっぱそうなるか……」
「どうした? そんな深刻なカオして?」
ソルがレンの表情を見て心配し声を掛ける。
「みんな、戦いはまだ終わってない。この場所で依頼品の薬草を採取出来るんだけど、かなりヤバい魔物がいるんだ」
「ヤバいやつって、何がいるの?」
「……『魔界樹』だ」
名前を聞いたミィナとカイルの顔が引き攣る。
「それ、ホントですか……?」
「ソイツ、そんなに強いのか?」
「悪魔が育てた樹って称されるくらいだしね。実際には限りなく樹に近い生物、もしくはゴーレムとも言われてるわ。なんならキラーベアやエッジホーク程度、魔界樹からしてみればただの肥料でしかないわよ」
「考えてみれば、水もあってこれだけ広い場所なのに魔物一匹いないのは、みんな魔界樹を恐れてるからってことなんですね……」
「それならサッサと薬草回収してギルドに戻るのがベストか」
その時、レンは泉へ水を飲みに来たキラーベアの姿を目にした。同時に、水面の中央が僅かに揺れ始めたのが見えた。
「ま、まさか……まずい! 泉の中央だ!」
水面の揺れは激しさを増す。キラーベアも異変に気付いたが、時既に遅くキラーベアの身体は水辺から現れた触手の様な枝に身動きを封じられてしまった。直後、激しい水飛沫をあげながら泉から魔界樹の本体が姿を現した。
「ほ、ホントに出たぁぁぁーー!!!」
「カイル、お前が悲鳴をあげるの珍しいな」
「そんな事気にしてる場合!?」
キラーベアはそのまま魔界樹の口と思われる場所へ放り込まれ、一呑みにされてしまった。
「出やがったなバケモンめ……!」
「なるほど、ここにいた魔物達は一通り魔界樹に食べられてしまったみたいだな」
「道理で森の中のエンカ率が上がる訳だ。こんなのいたらそりゃ逃げるわ。というか、コイツこんなに大きかったか?」
「いや、設定値の倍以上あるな」
「やっぱりそうだよな。しかも困った事にここのバグの根源はコイツみたいだ。ノイズが身体全体から出てる。ボス補正にしちゃ都合良すぎだろ!」
「そうだな。良かったなレン、修正パッチが輝くぞ」
「こんなデカイの俺だけじゃ倒せねえよ!」
魔界樹は今のキラーベアだけでは物足りなかったのか、身体をレン達の方へ向け迫ってきた。
「キラーベアの次は俺達か、そうはいかねぇよ!!」
魔界樹はキラーベアの時と同様に枝を伸ばしてレン達に襲いかかって来た。
「なめんな!!」
巻き付いてこようとした枝をソルは大剣でまとめてぶった斬る。カイルは小刻みに枝を避けて、自身の射程内に入った枝を刻んでいった。
そして、当然枝はレンやミレイにも伸びてくる。
「危ねえ!」
レンの渾身の一振りが2人に差し掛かった枝を切り落とした。
「咄嗟だったけど、この剣てデバッグ以外にも普通に剣として使えるんだな」
「ある程度斬撃に特化した剣で用意したからな。それに、咄嗟も何も、今のレンのステータスなら倒せなくともある程度戦えるくらいにはなっているよ」
「そうなのか!? でも確かに枝の動きはなんとなく見えてたな……」
「レンもやるじゃねえか! だが、あまり余裕は無さそうだぜ!」
「枝の数が多い! このままじゃ捌ききれない!」
魔界樹の身体の至る所から枝が伸びてくる。先ほどよりも数や速さも増し、捌き切れない枝が出始め、ソルとカイル、レンにも切り傷を作っていく。
「いくわよ! みんな一旦離れて!」
ミィナの弓を引く手が光り輝く。
「お! 出るか、ミィナの十八番おはこ!」
「『流星打ち』」
弧を描く様に放たれた矢は、無数の魔力の矢と化した。魔界樹に降り注いだそれは、さながら星屑の雨の様だった。広範囲に渡る一撃は本来多数の魔物を仕留める際に用いられるものだ。単体とはいえ巨大化した魔界樹には充分過ぎるほどの矢を浴びせる事が出来た。
「いいぞ! 枝の猛攻が止まった、チャンスを逃すなよ行くぞカイル! レン!」
「わかった!」
「おうよ!」
動きが止まった魔界樹に対し、3人で片っ端から斬撃を入れていく。手を休める事なく魔界樹が動き出す時までひたすら切り続ける。
「これだけ切ったんだ、ちったぁ堪えたんじゃねえか?」
魔界樹の斬撃を加えた部分から粘度のある液体が分泌され傷を塞ぎ始めていく。ミィナの矢で撃ち抜いた枝も少しずつ伸び始め、再び動き出そうとしていた。
「……ダメ、みたいですね」
「マジかよ、ちょっとタフ過ぎねぇか!?」
「——なら、これならどうだい?」
ミレイの右手には野球ボールサイズの石が握り込まれている。
「任意実行一回で削除、数秒後に物質量の加算、属性値を付与、対象物の追尾、加速度数を一定距離で上昇、こんなところか。よし——『プログラム書き換え』」
ミレイが投げた石はスピードと大きさを増し、炎を纏った。ファイアーボールと化した石は魔界樹に直撃し、同時に魔界樹の身体を焼いていく。
「えっ? 魔法使えたのミレイ!?」
「うーん、魔法とはちょっと違うけど似たようなものかな」
魔界樹の外皮が焼かれ、ボロボロと落ちていく。
「何だ、これ……」
外皮が一通り焼け落ち、中身が露わになった。レン達はそれを見て絶句する。その正体はポイズンバブルに汚染された本当の魔界樹の姿と、その中に包まれているのが本来あり得ない魔物同士の結合を生み出していた核——『バグ』であった。
「オイオイ、魔界樹ってのは樹じゃねえのか!?」
「樹のはずですけど、あれじゃ身体の大半ポイズンバブルです! 恐らくさっきの樹液みたいのもバブルが滲み出たものじゃ……」
「そもそもバブルと合体する生き物や樹なんて聞いたことないわよ! というかさ、マズくない? 中身が魔法生物って……」
「ミレイ、さっきのじゃ多分コイツに効かないよな?」
「ああ、あくまで魔法っぽくみせたただの投石だからな。よりによってバブルと合体してるとはな」
(くそ! こんなの想定してねえよ! 魔界樹に纏わりついてるバブルが多すぎてバグまで剣が届かないし、スクリプトコードもバブル相手に使えるのか? そもそも毒を持ってるヤツにミレイの手を突っ込ませる訳には……)
※ ※ ※
同刻、レン達とは別に蜃気楼の森を散策する一人のNPCがいた。辺りに飛び散ったエッジホークの羽根を一つ拾う。
「魔物と戦った形跡、それに足跡、こんな森の奥まで? なんか嫌な気配がする……」
ただならぬ気配を感じた少女は半信半疑ながらも森の奥へと歩を進めた。




