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2.とある異世界転生の物語(司祭編)

 目を覚ましたとき、ただっぴろい青空にカモメが飛んでいた。

 潮風が鼻を突いて、清々しいまでの海が広がっていた。

 そんでもって港でむさ苦しい漢共が歩き回っていた。

 風貌にして180cmくらい、顎髭、屈強、まるでレスラーだ。

 服装は筋肉で張り裂けそうな白いシャツ、それと半ズボンとサンダル。

 どれもオンボロ。あとバンダナ。


 「海賊とかのコスプレか?」


 と辺りを見回した。

 どこかの港町。

 似たような色のドレス、スーツ、それから鎧を着た人たちが歩いていた。


 「ディズニーランドかここは?」


 とか言っていると、向こうから漢が一人やってきた。

 海賊の姿の漢だ。

 心配そうに眼をパチパチさせ、手には毛布。

 

 「おお! 起きたのか! どこも異常は無さそうだな? まぁとりあえずほら、寒いだろ?」

 「べつに寒くないけど」

 「強がりさんか? この天気にしたって流石に全裸じゃ風邪ひくぜ」

 「全裸? 誰が?」


 潮風が吹いた。

 それが一物の毛を撫でた感触。

 僕、滅茶苦茶全裸だった。

 なんで?


 とりあえず毛布を貸してもらって体を包む。

 温かい。

 一方、漢は何やらキラキラしている剣を珍しそうに眺めていた。

 矢のように剣先に返しが付いている、エメラルドグリーンな刃の剣だ。


 「いやぁ、こいつは値が張りそうだ。家一軒くらいは買えそうな」

 「そ、そうなんですか」

 「ほら、返すよ」

 「返す? いや、これべつに僕のじゃ」

 「あれ? でもあんたこれ抱えて寝てたぞ?」


 全く記憶にない。

 というかここはどこだ?

 僕はゴミ収集車に轢かれたはずだし。

 

 「まぁいらないなら貰っちゃうか」

 「貰っちゃうって。交番に届けたほうが」

 「コーバン? 誰だそれ? やっぱりあんたのだろ。返すよ」


 僕は謎の宝剣を手に入れた。

 と何故かゲーム口調。

 

 「じゃあ俺、仕事があるから。あんまりサボってるとおやっさんに怒られるからな。あとあんた、気を付けろよ。ここは治安が良い方だが、最近、トーゾクが活発だって聞くからな。じゃあ!」

 「トーゾク?」


 漢は船に去っていった。

 ぽつんと。僕は何故か取り残された気分だった。

 というか、どこを見ても知らない場所過ぎた。

 とにかく交番に行こう。


 それで裸足のまま町を歩き回った。

 ものの、道行くありとあらゆる人からクスクスと嗤われるだけ。

 まるで僕が変態だっていうのか。

 気づいたら全裸だったんだ。

 なんかそれだと無意識に脱ぐ、生粋の変態みたいじゃないか。


 町並みは明らかに洋風だった。

 日本なのだろうか。

 看板、ポスターの文字も日本語ではない。

 かといって英語でも中国語でも、ロシア語でもなさそうだ。

 じゃあアラビア? そういう類じゃない。

 つまり全く見たことのない言語だ。細かく言えばどちらかというと英語に近いかも。


 『洋食店、アンフロア』


 言語が違うのになぜ読めるのか。

 洋食店の中、窓の向こう、客の婦人と店員の若者の会話、


 「ふふふ。あの子、なぜ裸なのでしょうね?」

 「あまり笑わない方がよろしいかもですよ。追剥ぎにあったのかもしれません」

 「あらあら」


 なぜ今も会話がわかるのか。

 ともかくここはどこかの外国だろう。でないなら日本のどこかの執念深いテーマパークだ。

 婦人のところに、湯気を立てたデミグラスハンバーグが運ばれてきた。

 

 「美味しそう……お腹空いた……」


 けど一文無しだから仕方ない。

 さっさと交番を探すことにした。


 少し坂を上って、広場にやってきた。噴水が心地よく音を立てている。

 ベンチには若い男と女がキスしてたりした。

 

 「大胆過ぎる。外国に違いない」


 独り言を挟んで、時計台ちょうど正午。

 その下に地図などを張った板が立っていた。

 (などというのは、新聞らしきものや、伝令らしいものがあるからだ。『ウォーキング、リマニアで大暴れ! 貴族たちが激怒!!』や『石炭の値上げ禁止。したものは罰金一万ゴールド』など書いてある)

 地図の方では、ここはポスとう港町だ。

 それで交番は――見当たらない。

 何度見まわしても無い。


 「そんな馬鹿な! だったらどうすればいいんだ!」


 地図が影で黒くなった。

 シャリシャリ。と歩く音が後ろから迫ってきた。

 見れば兜にサーコート、それから剣に盾? 騎士?がいた。


 「えっと、交番を探していて」

 「コウバン? 親かね? 迷子ということかな。だったらウチで調べるが」

 「ウチ?」

 「詰所がそこにある」


 騎士?についていって、騎士?が沢山いるところに入って行った。

 中では騎士?が資料を漁っていたり、紙に何か書いていたり、奥ではふつうに寝てたり。

 あと外の物陰でうんちをしてた。これはいらない。

 見るからに交番という雰囲気だが、雰囲気だけだ。

 鎧着こんでるし、嘘みたいに剣とか斧が置いてあるし。


 案内してくれた騎士?が資料を漁る。


 「しかし私はここで長らく務めているが、コウバンなんて人はこの町にいないと思うが。君、どこから来たのかね? その恰好は追剥ぎかね?」

 「にほ――英語のほうがいいか――ジャパンから来ました。この格好はちょっと覚えてなくて」

 「ジャパン? シャンパンの間違いかね? 覚えてない? 飲酒かね? やっぱりシャンパンということかね?」


 騎士?が名簿を確認する。ペラペラと。

 指をなぞって、コの欄から『コウバン』を探す。

 こう言ってはなんだが、ここまで来て交番では決してないし、そんな人がいてもどうしようもない。


 「コーブンならいるが? 違うかね?」

 「違いますね……あ、あの」

 「なんだね?」

 「ここってどこなんですか? ポスっていうのはわかりましたけど、どこの国ですか?」

 「おや、知らないということは田舎者か。ここはウオリアのポスだ。もっと言えばイロアス大陸、ウオリア王国のポス港だ」


 イロアス大陸? いろはす?

 ウオリアってどこだ。そんな国聞いたことない。

 まるでしっくりこない。

 

 「とにかく君、一文無しだろう。服を貸してやろう。奥の部屋にある。それと、教会がすぐ近くにある。そこでしばらく面倒を見てもらうといい」

 「あ、ありがとうございます」

 「あとそうだ。名前を聞きたい」

 「柊人です」

 「シューイユウトゥ? 変な名前だな。綴りは?」

 「違います。柊人です」

 「シンュウトンウ? ええい! 自分で書け!」

 『柊人』

 「何語だ! もういい、シユウでいいだろう!」


 良くないが、話が進まないからそういうことにしておいた。

 奥の部屋でいかにも市民らしい、粗雑な服を着た。

 なんか生地の隅が尖ってて脇が痛い。

 その後は教会へ向かった。


 教会には白いローブを着た司祭や修道士がいた。高齢の人が多かった。

 そこで塩水に豆を突っ込んだだけのスープとレンガの如く硬いパンを食べさせてもらった。

 正直、不味すぎたし、胃が悲鳴を上げた。

 だから僕は司祭のお婆さんに聞いたんだ。


 「ト、トイレは?」

 「そこに庭があります」

 「庭じゃなくてトイレのことなんですけど、あー! 漏れる!」


 ふんどしを外しながら外。

 そこは庭。だってニワトリがいるから。

 だけどトイレなんて無い。

 修道士のオジサンがそこにいた。

 

 「トイレかね? ほれ」


 と桶を渡してきた。

 なるほどと思った。

 もうどうしようもないから物陰で桶に入れた。

 ニワトリが周りで歩く中で。

 なんだってんだここは。

 

 それからしばらくの間、僕は教会で過ごした。

 手伝いをしながら、あてもなく日々を過ごした。

 僕が物書きできないことを知って、文字を教えてくれた。

 別に僕に才能があるはずは無いのだが、数日でこの国の文字が書けるようになった。


 ある日の昼休み。教会の広間にあるロアマト像という像を眺めていた。

 すしざんまいみたいに両手を開いている、王冠を被った、細い男の像だ。

 ここはロアマトという宗教の教会らしく、あれが信仰の対象らしい。

 顔を見れば見るほど、歴史の教科書で見たことある顔な気がしてならない。

 思い出せないが。

 そうしていたときに、司祭が僕の隣に座った。


 「この像は千年前からあると言われているよ。ところどころ罅が入っているが、それも味だね。シユウ君、君はロアマトを、いや、神を信じるかね?」

 「神がどういうものかわかりませんが、多分、信じてません」

 「ならシユウ君はきっとウオリア生まれだよ。記憶喪失にしても信仰心は残るものさ」


 適当な話だ。

 正直、神なんてどうでもいいか、嫌いだった。

 ゴミ収集車に突っ込んだのも、むしろ恨んでいたからだ。

 けどここにきて、それが少し落ち着いたのは教会の方々が親切にしてくれているからだ。


 「シユウ君、ならきっとすぐに親御さんが見つかるだろう」

 「あはは」

 「あまり嬉しくなさそうだね?」

 「いや、そんなことは」


 ここで過ごしてだんだんとわかってきた。

 まるでここは異世界で、どこを探しても故郷なんてない。

 親がどうとか言っても、決して見つかるはずがない。

 あてもなく過ごしたというのはそのことだ。

 ここにいれば安心するものの、永遠にここにいるのなら億劫になる。

 僕はここの人間ではないし、正直馴染めていない。

 この生活は質素以前に不便過ぎる。

 それに気がおかしくなりそうだ。

 これ当たり前だと馴染んでしまえば、きっと昔のことなんて忘れてしまう。

 初めからここで生まれ育ったと思い込んでしまう。

 そんなの気持ち悪すぎる。


 「ところで君、その剣を肌身離さず持っているが、貴族の生まれかもしれないね? そんなことはないのかね? いや、記憶が無いんだったね。すまないね」

 「いえ、そんな」

 「どれ、見せてもらえないかね。ひょっとしたら剣に何か手がかりがあるかもしれない」


 僕もそう思って前に剣を眺めた。

 名前も何も文字一つ無かった。

 だから司祭に渡す必要などない。

 しかし断るのもぎこちなく、それ以上に司祭の目の皴が剣を羨ましそうに寄っていたから、貸した。


 「おお。これは綺麗なエメラルドグリーン。傷一つない。この塊、量となると三万ゴールドは少なくとも……すまないね。文字は無さそうだね」


 やや司祭の様子が気になったものの、すぐに剣を返してくれた。

 決して気のせいではなかった。

 が、司祭にしてもこれほどに質素に暮らしていれば棘が出るのは仕方のないことだ。

 と、僕はそのとき見逃していた。


 それから数日後、僕はパンを買いに市場まで下りた。

 ペナントが華やかに市場を彩っていた。

 活気もあって、魚の青、林檎の赤、パンの黄色。

 それからコーンやブルベリーなど珍しそうなものまでいろいろあった。

 ここは港町で世界中の色々なものが入ってくる。

 流通するから色んな人が買いにもくるし、経済的に発展している。

 そう言えば明るい話ばかりだが、一方で犯罪率も高いらしい。

 というか、裏路地を覗けばすぐホームレスがいる。

 窃盗が多いのも貧富の差がそうさせているようだ。

 この点は日本との大きな差だ。

 どこかこの町は卑しい。


 そんな話はどうでも良い。

 適当にパンを買って、教会へ戻る。

 戻ると、衛兵がなにやら歩き回っていた。

 門の前で司祭と衛兵が話している、ところに入る。


 「シユウ君、お帰り」

 「どうかしたんですか?」

 「盗賊が入ったと聞いてやってきたんだ。それで司祭殿、盗賊はどこから入ってきたんですか?」

 「ええ、裏庭から塀を越えて。廊下を走って物色していきました。教会には私一人で、鍬で応戦しようとしたのですが、そうもできず、助けを呼んだのです。すると盗賊は物色を止め、裏庭から逃げていきました」

 「そうですか。まさか教会に盗みにやって来るとは。とんだ不届きものですね。しかも詰所からすぐだというのに」

 「そうですね……ただでさえ、逼迫しているというのに」

 「司祭殿。盗賊は人も攫います。ロアマトの司祭を人質にするとなると国際問題になりかねます。盗賊が活発になっていますから、そういう事態もありえるでしょう。しばらくの間、部下に教会を見張らせましょう」

 「いえ、その必要は。今回で懲りたでしょうから」

 「司祭殿。盗賊団に信仰心などありませんよ」

 「私たちにはあるのです」


 司祭は微笑んだ。

 衛兵は少し顰めたものの、

 

 「まぁそういうことにしておきましょう。何かあったらすぐ駆けつけますからね。無理なさらないように」


 歯切れ悪く受け入れた。

 その会話を傍から見ていて、僕は完全に部外者なんだと気づいた。

 部外者以上に、別世界の住人。

 やや孤独感に苛まれた。

 だから教会にすぐ入った。

 そしてロアマト像を見上げて、少しだけ祈った。

 教会の安全を。

 それよりも自分の居場所を。


 教会の盗賊騒動から二日後。

 ちょうど教会にお世話になって一週間経った。

 この生活にもほとんど慣れてしまった、昼時、司祭が僕を呼んだ。

 周りの修道士たちが喜び別れを惜しんだが、そんなはずはない。

 だから不安になった。

 こんなことは初めてだった。

 司祭室に入ると、司祭は窓の向こうを見つめ、やや強張っていた。


 「どうかしました?」

 「シユウ君。実は私の方でもね、君の両親について調べてたんだよ。他の司祭の方々に聞いたりしてね。でもやはり見つからなかった」

 「そうですか!」

 「なぜ嬉しそうなんだね? まぁいい。だからひょっとしたら君はこのままずっとここで過ごすことになるかもしれない。君、15歳だったよね。これを期に学校に通ってみてはどうだね? 自立をする年齢だ。学校なら身寄りのない子でも一人で生きていく術を学べるだろう」


 義務教育からの高校、それから大学。

 六歳の頃から二十二歳までの十六年を勉強に費やすのが日本での半ば常識だ。

 僕はそれを見上げて、ずっと長ったらしくてつまらないと実感していた。

 今、やや開放感を謳歌できているのは、この迷子のおかげでもある。

 一方でこれも孤独で仕方のないことだが、そもそも学校など元より孤独だ。

 学ぶ胆力など自分にはないとわかっている。

 なら答えは決まっている。

 そもそも考えるより先に決まっていた。


 「しかし――」


 が、口を噛んだのは、でないならずっとここに世話になるのかという将来。

 すなわちそれはロアマトの修道士になることでもあるはずだ。

 そうでなくともこれ以上、世話になる申し訳なさもある。

 ならそれすらも断って生きるとなると、一文無しで何も知らない世界で生きていく。

 できる気がしない。

 それ以上に怖くて仕方がない。

 およそそれは死ぬのと同様だ。

 一度死んだはずの身でありながら何をいまさら恐怖するのか。

 その理由に戸惑いながらも、僕はその死を拒絶した。

 

 だからもごもごした。

 決まらなかった。

 が、司祭はこの「しかし」を別の意味で受け取っていたようだ。


 「お金のことかね。そうだ。学費がかかる。残念ながら教会にもお金が無くてね。本教会に連絡すればわからないが、はたして聞いてくれるかも怪しい。なにせ君はどこの人間かもわからないからね。だからあくまで助言だ。もしも借金をするなら良い銀行を紹介しよう。伝がある」

 「あ、あの」

 「なんだね?」

 「もう少し時間を貰っても――」

 「ああ! もちろん。ゆっくり考えなさい」


 司祭はにこやかにしていた。

 が、どこかその陰に恐ろしいものを感じた。

 あれほどに人間は微笑むことができるのだろうか。 


 その夜。

 コンクリートのように硬いベッドに横たわり少し耽った。

 つまるところ選択肢はほとんどない。

 どちらにせよ、あの剣を売るしかないのだ。

 借金する前に売らなければならない。

 しかしあの剣が本当に自分のものかもわからない。

 もしも誰か怖い人のものだったならば、僕を特定して捕まえに来るかもしれない。

 となると借金するしかないか。

 それもそれで不安だ。返せる気がしない。心細すぎる。

 ここは思い切って剣を売り飛ばすべきだ。

 それで学校に行くしかない。

 きっとロアマトだって許してくれるだろう。

 

 「もういい。今日は眠ろう」


 そう目を閉じた。

 この夜は司祭との話のせいか、なかなか寝付けない。

 心臓の音が響いて不安になってしまう。

 目を開けても閉じても真っ暗で、静寂で。

 窓の外からは月さえも見えない。

 町はずっと暗く、今にでも何かでそうな気配すらある。

 大方それは猫であるだろうが、盗賊だって出ている。

 だから余計に不安になった。


 だいたい三時間くらい経ったろうか。

 やっと眠気が漂ってきた頃、深夜一時ぐらい。

 廊下から変な息が聞こえた。

 蛇のようにスース―と忍ぶ息だ。

 足音がほとんどなく、静かにその息だけが廊下を進んでいく。

 こんなことは今までなかったはずだ。

 いや、僕はずっとこの時間眠っていたからわからないが。

 もしかして盗賊だろうか。

 怖くなりつつも、目を閉じて誤魔化す。

 が、目を閉じると耳が冴えて、さらによく聴こえてきた。

 スースー。

 スースーと決して寝息ではない。

 それが心臓の音と、呼応すると、心臓の音がドキドキと激しくなっていく。

 それが僕の今の精神状況を突き立てる。

 ヤバいのだと。

 だとしても目を開けたくない。開けられない。

 しかしその息はだんだんと近づいてきた。

 僕の部屋はちょうど真ん中、そのまま過ぎ去ってくれと神に祈った。


――が、神などやはりいなかった。


 ちょうどその息が僕の部屋の前でスッと止んだ。

 居なくなったと錯覚出来たらさぞ落ち着けたろうが、明らかにそれは狙いを定め、こちらを伺っていたのだ。

 そのために息を止めていたのだ。

 いよいよ、何か魔物がここに来る。

 そう居ても立ってもいられず、起きようとした。

 そのときだった。

――キューッと錆びついた音が鳴った。

 僕はこれを知っている。

 扉の開く音だ。


 だからもうそこに何かがいる。

 何かが確かにそこにいる。

 だのに不思議と音がしない。

 気配もない。

 だけどわかっている。

 間違いなくそこにいると。

 僕は恐ろしくなって、いよいよ、目を開き、布団から目を出した。

 薄暗い蝋燭の火の漂う、そこで

――司祭が僕の剣を抱えていた。


 「これで私は……」


 僕は凍りついた。

 どうしてもその男は司祭だった。

 わけのわからない気持ちが込み上げた。

 今まであった司祭への尊敬。

 今芽生えた呆れと裏切りによる憎しみ。

 その全てが混ざり合って、虹色のゲロが芽生えた。

 それは殺意のような吐き気だった。


 そう司祭を睨んでいたら、だんだんと司祭の首が、その白い顔がこちらへ回ってくる。

 そしてピタッと張り付いた目が僕を離さなかった。


 「起きていたのか……」


 その瞬間、僕は恐怖するよりも先に危機感と今まで膨らんでいた、殺意が爆発した。

 つまり枕を投げ飛ばしてやった。

 司祭はそれに驚いて剣を落すと、部屋の外まで小走りした。

 僕はその隙に剣を持ち、追った。

 司祭はそこで待っていた。


 「これはどういうことですか!」

 「どういうこと?」

 「答えろ!」

 「答えるのはシユウ君のほうだよ。冷静になってよく考えてみなさい。君はもう積んでいる。身寄りもなく、あてもなく、あるのはこの宝剣のみ。学校へ行ってもほとんどの生徒は貴族で、君はきっと落ちぶれる。君はもうここで修道士を目指すか、外で野良犬のようにくたばるかしかないのだよ?」

 「だ、だったらなんだ!」

 「だから答えなきゃいけない。イエスと答えなきゃならない。その剣を私に譲りなさい。そしたら君をこれからも面倒見よう」

 「わけがわからない! どうしてこんなことを!!」

 「だからハイと答えろと言っている! でないなら教育が必要だね!!」


 司祭は目を剥き出しにして、釘バットを構え、こちらに殴りかかってきた。

 ガチの目だ。完全に僕を殺しに来ている。

 僕は剣で威圧した。


 「小童が! 何ができる!」


 釘バットが腹に入って、吹っ飛んだ。

 血が出ている。痛すぎる。

 だが司祭は攻撃を止めず、襲い掛かってきた。

 僕はその猛攻をなんとか応戦し、司祭を蹴り飛ばした。

 司祭は不敵に笑った。


 「誰が面倒見てやったと思っている! 剣を寄越せ! いいから寄越せ!!」


 欲望に憑りつかれているみたいだった。

 それは僕も同じだ。死にたくない。

 負けたくもない。

 ただ決心がつかなかった。

 僕のこの剣は思ったより重く硬い。

 剣というより鈍器だ。

 もしもこれを大きく振るえば、命すら奪いかねない。

 少なくても重症だ。

 それを年配の司祭に浴びせるとなると、覚悟がいる。

 つまり傷つける度胸が付かなかった。

 しかしもうそうも言ってられない。

 この発狂司祭は容赦なく襲い掛かってきているのだから。

 釘バットを躱し、なんとか躱し、僕は剣を思いっきり司祭の頭へ叩きつけた!


 「うがっ! お前ええ!!」

 「あんたが悪いだろ!」

 「いいや! シユウ君のせいだね! 大人しく寝ていれば盗賊が剣を盗んでいっただけだったのにねえ!! でももうそんなの関係ないね!! うおおおお!!」


 司祭はもうほとんど正気ではなかった。

 絶叫しながら、ついに蝋燭をこっちに投げてきた。

 その火が頬を掠り、僕はやっとわかった。

 もう手加減してられないと。

 剣を突き立て、司祭へ向けた。

 そして司祭が襲い掛かってくるのと同時に剣を、

――突き刺した。


 「うぐっ!!」


 やってしまった。

 人を殺してしまった。

 司祭の体から力が抜けていくのを感じる。

 それと同時に罪悪感が重くのしかかってきた。


 荒れる息と鼓動。

 すぐに考えてしまう、次のこと。

 整理のつかないままに、とりあえず剣を引き抜いた。

 バタリと司祭が倒れた。微塵も動かない。

 

 

 「僕は悪くない……仕方なかったんだ……」


 そのとき、蝋燭の灯が部屋をなぞった。


――広がる血の池と、

 剣の刃はびっしりと赤い血で彩られていた。

 血生臭い少年が一人だけ、それを持ってこちらを睨みつけていた。


 修道士たちは異変に気付いた。

 今までとは違った、まるで人間を見るような顔ではない。

 明らかに僕を悪魔だとか魔物だとか恐れている、真っ白な顔をしていた。

 息を呑むと、修道士が聞いてきた。

 

 「シユウ君。これは一体……」

 「違う。これは」

 「人殺し? 人殺しだ――衛兵を呼べ!!」


 人殺し。衛兵。

 それって捕まるってこと?

 罪人になったらどうなるんだ?

 考えたくない!


 「違う。やってない! これは!」

 「衛兵が来るまで絶対に逃がすな!!」 


 修道士の一人が松明を配ると、全員でそれを僕へ向けて威嚇してきた。

 あんなに優しかったのに、全部嘘だったのか? 

 不安と恐怖で心が埋めつくされた。

 ただどうにかしなきゃいけない。

 そればかりだった。


 でも修道士たちが、逃がすまいと部屋の入り口を固めている。

 逃げられない。

 絶望。

 

 そのときだった。

 剣がキラキラと星のように輝いた。


 「な、なんだ、今度は……」


 途端、

――剣が強く発光した。

 真っ暗だった部屋をエメラルド色に輝く。

 

 「何が起こっているんだ!」

 「近づくな!!」


 戸惑うままに、次から次へと。

 その光の渦の中から、司祭?が立ち上がった。

 死んだんじゃなかったのか?

 また襲われると思って剣を構えるも、司祭にその様子はない。


 「し、さい?」


 司祭は紐をくくり付けられた人形の如く、手を広げていた。

 そして吐き出したのだ。


 「主様ヨ、ご命令をドウゾ」


 片言に司祭は確かにそう言った。

 魔法のようなことが起こった。

 僕は泣きたい気分だった。

 気付いたらここにいて、追い詰められて、こんなことになって。

 もうわけわからなくて。

 僕は感情をそのまま全てを叫んだ。


 「僕を救ってくれ!! 逃がしてくれ! あいつらを退けてくれ!!」


 よくよく考えれば気持ちが悪いことだ。

 今、自分をこうした要因の半分である司祭にこんなことを叫んだのだから。

 でも必死だった。

 そしたら司祭?は、ギョロリとこちらを見上げ、


 「ワカリマシタ!」


 司祭?は跳ねて踊るように部屋から飛び出した。

 そこにいた修道士をギョロリと見つめた。

 修道士は戸惑った。


 「司祭、生きていましたか!」

 「ドケ!!」


 しかし司祭?は修道士を強く投げ飛ばした。

 壁を破った。

 人間ではない剛力を見せつけていた。

 修道士たちは驚き震えた。

 僕も同様だった。

 ただ解釈は全く違っていたようだ。

 

 「司祭さま!? まさか悪魔に憑りつかれた!?」

 「こうなったら光の術で!」

 「ドケドケ!!」

 「うわあああああああああ!!」


 司祭が修道士たちを蹴散らしていく。

 僕はその間に荷物をまとめて裏庭から逃げ出した。

 騒ぎを聞いて衛兵がやってきた。

 というか衛兵がそこで待っていた。


 「盗賊かと思ったのですが? 君は、えっと?」

 「その子供が司祭を殺したんだ! 捕まえろ!!」増援。

 「なんだって!!」


 衛兵が剣を抜いた。

 この狭い道、衛兵が何人も先を塞いで、後ろは行き止まり。

 これ、積んでる。

 だから衛兵も勢いよく来るものだった。


 「観念!!!」


 しかし同様にして司祭が壁をぶち破ってきた。

 飛び散る瓦礫。現れた司祭?らしい何か。

 衛兵は身構える

――その前に、


 「ドケ。」


 衛兵を殴り飛ばした。

そして殴り飛ばしていく。

 後ろの衛兵も、近づく何人たりとも。

 衛兵が束になってもあれ一つには勝てないようだ。

 

 「化け物だ」

 

 僕はふと剣を見つめた。

 これがなんなのかわからないけど、ヤバい物だとはわかった。

 僕は司祭?が戦っているその間に坂を下りていく。

 

 「でもどうする。逃げるっていっても、どこに?」


 あてなど勿論ない。

 とにかく逃げるしかなかった。

 その海、

――深夜の海にぽつんと、一隻だけ灯のある大型漁船が港に泊まっていた。

 さらにそれは帆を挙げて、今すぐ出発するようだった。

 

 「お前ら! テンテンイカでがっぱりだぞ!」

 「うおおおおおお!!」


 僕は坂を下り、駆け抜ける。

 あの船に紛れ込めば、どこか遠いところに行ける。

 そしたらきっと振り切れるし、やり直せる。

 そう信じて僕は走った。急いで走った。

 その坂の下を衛兵たちが塞いでいた。


 「なんで!!」

 「先回りだ!」

 「大人しく捕まってもらう!」


 衛兵たちが勢いよく坂を上ってくる。

 あの数、どうしたって敵わない。

 だからって捕まるわけにはいかない。

 逃げ場も無いし。あるのは酒樽くらい。

 

 「もう諦めて酒飲むか……って酔えねえよ! 未成年だから! いや待てよ、これか!!」


 樽を坂から転げ落とす。

 これが抜群に効いた。

 衛兵たちはうわわっ!と引き返していった。


 「なにをやっている!」

 「衛兵長!」

 「退くな! 退くな!! 行くぞおお!!」


 衛兵長が単身、坂を上ってきた。

 凄い気迫だ。

 だがもちろん樽を落す。

 しかし衛兵長は退かなかった。

 

 「どりゃっ! どりゃっ!」


 飛んで樽を躱す。

 いくら転がしても躱してくる。

 だんだんとこちらに迫ってきた。


 「ヤバい。どうしよう」


 しかももう樽が一個しかない。

 中身は空の、樽が一個。

……中身が入った樽が一個。


 ゴロゴロゴロ。


 「いくらでも避けてやるわっ!! どりゃっ!!――ん?」


 僕は樽に入っていた。

 そして坂を下りたのだ。

 衛兵たちが今更気づくも、もう遅い。

 僕はこの勢いで港まで転がっていった。

 危うく、そのまま海に落っこちそうだったところは剣でブレーキして止めた。


 「ふぅ……」

 「待てえええ!!」


 間抜けな衛兵たちが急いで追ってくる。

 でももう間に合わない。

 なぜなら今、漁船が出発したところだから。

 

 「ど、どうにかなりそう? いや、なれ!」


 僕は進む漁船へ走り、飛び上った。

 SASUKEの如く網に掴まった。

 衛兵たちが僕を追って港にやってきた。

 やっと着いた。

 でももうそこに僕はいない。

 泳いでも追いつけないところにもういる。


 衛兵たちは残念そうに僕をただ見つめていた。


 「くそっ、逃がしたか」

 「あの子が盗賊だったってことか?」

 「いや、人殺しだ。司祭を殺ったんだ」

 「でも司祭生きてますけど?」

 「は?」

 

 衛兵たちの松明の灯がだんだんと小さくなっていく。

 動かないところを見ると、どうやら諦めたようだ。

 なんとか逃げ切れた。

 僕はさっさと船の中に入って隠れた。


 やがて僕は樽の中、一人何を思うわけでもない。

 ポスの夜景が遠退いていくのを眺めた。

 これからどうしようとかそんなのもうわからない。


 「なんで僕だけこんな目に……」


 どこへも向けられない恨みはあれど、もう眠い。

 しばらく考えるのを止めた。


もうしばらく書かないかも。

結構疲れた。

なんかホラーらしいよ。これ。

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