最終話・ラマナテイル[1]
騒々しい大騒ぎ、または異世界からの大量移住事件から少し時間がたった頃。
かつて日本と呼ばれた静かな列島の片隅、伊豆半島の某所で二匹の子猫が生まれた。
その子猫は見た目こそ子猫だったが、いくつか違う点があった。
まず、前足の形や肉球まわりが微妙に猫と異なり、ものを掴めるようになっていたこと。そして爪も猫より少し鋭さを欠いていて、モノをホールドする時、爪だけでなく指も併用する仕組みになっている事を思わせた。
ちなみに、オスとメスの二匹。
オスは白黒で、白い靴下をはいた通称タキシードなんて呼ばれる柄だった。
ちょっとだけ雄々しいが、ちみっこい尾をフリフリと振ると見ている誰もが悶絶する。
メスは日本人なら誰もが「ああ」と思う三毛猫で、これまた古き日本猫同様の長い尾だが、なぜか尾が二本。
オスと同時に生まれたにもかかわらず、なぜかどっしりと落ち着いている。
そして、巨大な蛇の下半身をもつ女が二匹を掌にのせ、ふふっとやさしく微笑んだ。
「よう生まれてきたのぅ……ユウ、そしてマオよ」
「にゃあ」
「……」
オスの方は甘えるように鳴き、メスの方は、つーんと横を向いた。
そしてオスはユウと名付けられ、そしてメスはマオと名付けられた。
二匹の子猫はすくすくと大きくなり、月が巡る頃には二本足で立ち上がっていた。
猫族。
アイルランドの伝説にある猫妖精を思わせるその姿は、特に森を統べるエルフ族に大人気だ。
まぁ問題点としては、猫族はそのかわいらしい外見に反して好戦的な種族でもあるのだけど、彼らの森には今、大きな問題はない。半島の中の屍人は狩り尽くしてしまっているし、外の探索も進んでいる。
まだ若すぎるうえに同族の親のいない彼らは、とりあえずそれらの仕事には加わらない。
彼らに好意的ないくつかの種族の指導の元、勉強に、訓練に、それなりにあわただしい生活を送っていた。
そして数年の時間が過ぎた。
◆ ◆ ◆ ◆
今日も空は真っ青だ。
深い青はじっと見てると怖いくらいで、なんだか吸い込まれそうな気持ちになる。
プルッと震えていたら、背後にマオの気配がした。
「マオ」
「なに?ユー」
「それは僕が言うこと。なに、マオ?」
「ユーがプルッてたから、おしっこかなって」
「……僕はもう子猫じゃない」
そういうと、マオは僕に抱きついてスリスリする。
ソレはとても気持ちいいんだけど、でも子猫扱いなのは気に入らない。
思わずグイと押しのけると、スルッとマオは自然に離れる。
つかず、離れず。
エルフのおば……コホン、おねーさんたちによると、マオはこの「距離のとりかた」でとてもうまいんだって。
正直、僕にはよくわからなかった……ちょっと前までは。
え?
どういうことかって?
それはね。
「ユー!」
ああ、きたきた。
「マリ」
「ユー!」
僕らより小さな影が、ぽふんと僕に飛びついて、そんで俺たち見事にすっころんだ。
おわっ!
「ユー!ユー!」
「マリ、力いれすぎだ」
「ユー!」
わかってないな、うん。
……なんでこの子は、いつまでも子猫めいたストレートな行動とるかなぁ。
ああ、紹介しよう。
この子、マリも猫族だ。
彼女はいわゆるサビ猫で、僕たちより少し、二ヶ月ばかり遅れて母様の産んだ子だ。
え?計算が合わない?
ああ、それは違うよ。
母様は魔獣の母とも言われる女神様で、それこそ毎日だって子供を産めるからね。妊娠期間みたいなのは全然当てはまらないんだな、これが。
だけど、それよりもっと不思議なことがあるんだなこれが。
同じ親から生まれてるんだから、普通は、僕たちは『きょうだい』ってことになる。
だけど僕らの血はつながってないらしい。
母様の出産スキルで生み出す子供たちは特別性で、彼女の生み出す子どもたちはお互いに血縁がなくて『遺伝子』というやつもバラバラにできるらしい。
それは、たったひとりで『種族』まるごとひとつの生み出せるための特殊能力なんだって。
うーむ、すごいことだ。
「でも、ユーだけはエキドナ様につながってる」
「わっ!」
なぜだかマオは、僕が何を考えているかわかるらしい。たまにこうやって考えに割り込んでくる。
「ソレ、なんでなのかな?だいいち種族が違うのに」
母様が不思議なスキルを持っているのは、母様が僕ら猫族ではなく、いわゆる女神様だからだ。
なのに、僕だけは母様と血がつながっているらしい……なんで?
そしたら、マオが不機嫌そうにうなった。
「エキドナ様はユーを自分のものにしてる」
「うーん……実際、母親なんだからそういう意味では僕は母様のものだけど、でもなぁ」
「違う、ユーはマオのもの」
「はいはい」
だめだ、マオはこのネタになると会話にならない。
ま、とりあえずいっか。
こんな珍妙な会話をしている僕たちだけど、番になる事はもう決まってる。
いや、まわりに決められたとかでなく「いいよね」「うん」のひとことで決まったというか。
うん。
僕たちはずっと一緒にやってきたし、これからも共にいようってことで。
ややこしいのは、マリが乱入してきてメスが増えちゃってる事なんだよな。
本来なら拒否すべきなんだろうけど、何しろ今、オスが僕しかいないし、母様も「マリは訳ありの子なので、特別に許してやれ」とマオを説得する始末。
……いいんだけどね。
母様は例外だから置いといて。
当たり前だけど、普通は子供を産むには「父親」と「母親」が必要だ。
そんで父親と母親っていうのは、あんまり近い関係……たとえば実のきょうだいなんかだと「血が濃すぎる」のでよくないらしい。
とにかく今は猫族の数が少ないので「数」と「バリエーション」を増やしたいらしい。
母様にも「わらわも、なるべく早く猫族を増やそう。しかし増産希望種族が多すぎるのじゃ、なのでユウもしっかりと子を作るのじゃ」なんて言われてる。
子孫繁栄かぁ。
実際、僕らしかいないんだから「義務」だもんなぁ。
昔ここにいた「日本人」たちは一夫一婦制だったそうだから「ハーレム!?」と眉をひそめるかもしれないけど……正直「やってもかまわない」のと「やらなくちゃならない」のは全然違うと思うよ。
とはいえ、マリもいい子だから僕は問題ないけどね……マオをどう説得するかは頭が痛いけど。
ちなみにマオは、こんなことも言ってた。
「エキドナ様はね、ユーだけ特別なんだよ」
「は?特別?」
「今だって、本当ならオスも何匹か産めばいいのに、わざとユー以外にオスを作ってないんだよ。なんでか知ってる?」
「いや……なに?」
「ユーにメスをみんな食べさせるためだよ」
「……それは、さすがに考え過ぎじゃないかなぁ」
首をかしげたら、なんでかマオは怒り出した。
「エキドナ様はね、ユーを自分のだと思ってるんだよ。
だからそんな勝手をするの、ユーはマオのものなのに」
「……僕は、ぼくのものだと思うけどなぁ」
「そういう意味じゃないよ」
「そう?」
「そうなの!」
ああ、うん。
わかってるけどね、マオの言いたいことも。
僕たちはもう何も知らない子猫じゃないもの。
そして。
「ユー!」
そんな話をしていたら、今度はマリがしがみついてきた。
そして、マオがフーッと威嚇の声をあげた。
「はなしなさいマリ!」
「マオのひとりじめ、ダメ」
ひとりじめ、の言葉にマオが眉をよせた。
「ひとりじめって……誰?マリにこんな言葉教えたの?」
話を聞きつけたのか、遠くの方でエルフのえねーさんがニコニコ笑ってる。
ああ、やっぱりか。
僕はもちろん知らんぷりをする……話がややこしくなるから。
母様の話だと、マオは生まれる前から一緒だったらしい。
うん、確かに僕もマオがいると落ち着くけど……マオって妙に僕を独占したがるよね、なんでだろう?
やっぱり、生まれる前の何かに関係してるのかな?
そんでもって。
マリも昔の僕が助けたらしいんだよね……それも、前の僕としての暮らしの終わる最後の日に。
だからマオもマリも、単にオスが僕だけって理由だけで僕に執着しているのではないらしいんだ。
……昔の僕、いったい何をやらかしたんだ?
そんなことを考えていたら、何かエルフの森の方が騒々しくなった。
「なんだろ?」
「……イヤな感じだねえ」
「……」
僕とマオ、マリの三匹は顔を見合わせて。
そして、その騒ぎの方に近づいていった。
エルフ里のあたりは山の中になんだけど、昔、ここいらが人間だけの土地だった頃にはニシイズチョウ、それからシモダなんて呼ばれていたんだそうだ。
大量のゾンビが現れる事件があって、あのあたりの人間たちは、ほとんど死んじゃったらしい。
生き残っていたのは山中に取り残されたような形で暮らしていた、お年寄りとその孫、ひ孫といった小さい子たち。
お年寄りたちはエルフだのなんだのって種族をはじめて見て腰を抜かしたらしいけど、子供たちや一部の大人がゲームやお話で知ってて、うわエルフだって言い出して。
で、お互いに近況を話して打ち解けたんだって。
お年寄りたちは、孫やひ孫を安全に託せる人たちがきた事に喜んだ。
異民族といっても話してすれば普通だし、そもそもエルフの方も彼らに知りたいこと、教えてほしいことがあった。
無償の援助を信用しない人たちも、ギブアンドテイク……だっけ?要は取引という形だと信じてくれた。
そしてエルフたちは、彼らを助けるかわりに、見知らぬこの土地で生きるための知恵を教えてもらったんだという。
え、そのヒトたちはどうなったのかって?
残念ながらひとり亡くなったそうだけど、他の人はエルフの人たちの治癒呪文やお薬で元気になったらしいよ。
そんなエルフの里なんだけど。
「……なんか、いやーな感じだね?」
精霊がやたらと飛び回ってると思ったら、母様も来てた。
いそがしそうだな、何かあったかきいてみよう。
でも僕たちは、すぐに行き詰まってしまった。
「……ダメだねえ」
「だね」
子供はもどってなさい、か。
うーん。
じゃあ、精霊に聞いてみるか。
『ねえ』
【なあに、ユウ?】
たちまち、何匹かの精霊が集まってきてくれた。
『みんな、どうして騒いでるのかな?』
【べいぐん、きたー】
『べいぐん……米軍!?』
アメリカってとこの軍隊?
なんで、どういうこと?
『米軍って、ニホンにはもういないんでしょ?』
【しらないー】
【でも、でたー】
それは、たいへんだ。
『もう少し調べて、教えてくれる?』
僕は精霊たちに頼み込んでいた。




