大精霊
一日遅れました。すみません。
ふと気がつくと、俺は不思議な空間を漂っていた。
『ここは……』
覚えがあるような、ないような。
ただ、あえて言うならば、俺はその空間にどこか居心地のよさを感じていた。
なんでだろ?
こんな、何もない空間なのに……いや。
『えっと……きみ?』
【……ん?】
そこにいたのは精霊だった。
ただ、俺がいつもよく見る精霊たちとは根本的に何か違っていた。
まず、大きい。
たいていの精霊は手のひらサイズくらいなのに、この精霊は俺よりずっと……むしろエキドナ様なみに大きかった。
よくわからないけど、こういう存在を大精霊、とでも言うんだろうか?
その姿、まるで……世界の境界線上にうずくまる、巨大な全裸の子供。
だけど。
【わたしに視覚的イメージはない、それはあくまで、おまえ個人の印象にすぎない】
『あ、はい、了解です』
それはわかる。
いつも見ている精霊たちは小さくてかわいいけど、彼らも見た目通りの存在じゃないんだよね。
ていうか当然だ。
そもそも彼らは生き物じゃないし、ペラペラしゃべるわけでもない。
これは俺の持論なんだけど。
俺たちは精霊という存在そのものを脳がうまく認識できないから、それぞれにわかりやすく要約しているんだと思う。
だから。
俺の目には手乗りサイズの羽根のはえた子どもたちに見えてて、そして楽しく語らったり遊んだりするわけだけど、たとえば、婆ちゃんやエキドナ様には全く別のものに見えている。
だからこそ。
一緒に遊んだり可愛いなんて言うと驚かれるんじゃないかな、と思う。
そんなことを考えていたら。
【ああ、なるほど……おまえは巫女なのだな】
巫女?
『あの、巫女はちょっと。俺は男ですので』
どう考えてもあっちの方が上位存在ぽいので、なるべく丁寧に話してみよう。
【ふむ、そうか?まぁ要は神職という事だから、まずいなら適当な別の言葉にすればよいだろう】
『じゃあ神官で』
そしたら、大精霊はなぜか楽しげに笑った。
『で、あなたは何の精霊ですか?』
【ふふ】
よくみると、大精霊は何か巨大な球体のイメージを抱えていた。
なんだろう?
いや……よくみると、それがなんのイメージなのがわかった。
まさか地球?
それじゃあ、この精霊もしかして。
【いよいよ、こたびの大量絶滅も終わりが来ようとしているようだ】
大量絶滅?
あ、それってつまり?
俺は頭をさげた。
『すみません、直接……ではないかもしれないけど、俺も関係者です』
ゾンビによる人類の激減は俺のやった事じゃないけど、関係者ではあるだろう。
でも頭をさげたら、大精霊に楽しそうに笑われた。
【おもしろい勘違いをするのだな】
え?
『勘違い?』
【おまえの意識にあるのは、人類ただ一種だけの絶滅ではないか。その程度の規模では大量絶滅とは言わぬよ】
『そうなんですか?』
【その程度でいちいち大量呼ばわりしていたら、地球はしょっちゅう絶滅していなければならぬぞ?】
『……』
それは知らなかった。
【だいいち、人類は滅亡しない】
え?
『どういう事です?』
【どういうも何も、あの耳の長い人間族……エルフ族という者たちが今、少数で生き残っている近郊の人族を探し、援助の手を差し伸べようとしているではないか】
『……あ、はい』
確かにそうですけど。
【彼らが住み着こうとしている日本国だった場所には、大きな集団の人間は残っていない。そして彼らも大集団の人間に関わるつもりはないようだ。
だがそれで充分だ。
人間の血脈は彼らエルフ族に取り込まれ、いずれ新たな人類の礎になっていくだろうね】
え?
『それ、エルフと混血するってことですか?でも』
エルフは確かに他種族を助けるけど、自分ら自体はバリバリの血統主義だぞ。
人助けならともかく、簡単にハーフエルフなんて作るとは思えないんだけど?
【なるほど、しかし今回ばかりはそうは言っていられまい】
『というと?』
【彼らは長命種の常として繁殖力は低い。この世界の風土病対策をとらねば、あっさり絶滅してしまうだろう。
もちろん、技術や薬などによる対応もしているだろうが、混血が最もいい手なのだよ』
『あー……なるほど』
風土病対策があったか!
『じゃあ、エルフたちが積極的に現地人は関わろうって行動が、結局エルフ自身も風土病から救うという事ですか?』
【エルフ族に限らないがね。
おまえの新たな母親になろうとしている、あの蛇の女もそうだろう】
『エキドナ様が?』
【彼女が、おまえの世界に渡航した翌日にはもう子を産んでいたのは覚えているだろう?
あれは、捕まえた犬からこの世界に生きるのに必要な情報を取り込んだという事でもあるのだよ。
決して、大量渡航の前準備のためだけに生み出したのではない】
『……初耳です』
【だろうな。
そもそも当人たちだって、遺伝子がどうのと考えているとは思えない。
推測だが、新しい土地には新しい血を、くらいの軽い気持ちでやったのではないかな?】
『……ありうる』
俺はためいきをついた。
【彼らの戦いはそれだけではない。
残存する人類種の集団にしても、未だに十万単位に届く塊がいくつかある。そちらがどう動くかはわかっておらぬのだから】
『え、あるんですか?』
それは意外だ。
そんな規模はもう残ってないかと。
『それはどこです?やっぱりアメリカかな?』
【特定国家ではない。
ゾンビ騒動がある程度の規模になった時、世界のあちこちで一部のエリート集団が、科学者や軍を巻き込んで特区をこしらえる動きが起きたのだ。
それらの多くは失敗した。
だが一部、汚染を排除して生存圏を確立することに成功した団体がいるわけだ】
なんだそれ。
『あの……いやな予感しかしないんですが』
【そこから定期的に調査隊を派遣、使えそうな人や物資をかき集めている】
『もしかしてそれ、小集団からの略奪もしてるんじゃ』
【彼らは略奪とは考えていないが、事実上の略奪だな】
うわぁ、最悪。
【これらの集団が生き残れる確率は低い。だが短期的には技術などを持っており、危険が大きいだろう。
これらにどう対応するかで、未来は変わるだろうな】
『生き残る確率が低い?』
どういうことだ?
ある程度の人数がいれば安全が確保されるよね?
【確かに、短期的には安全が確保できるだろう。
しかし、短期的に飢えないのと子育てに向いた環境は違う、そうじゃないかね?】
……あ。
『まさか、百万人規模なのに、まだショッピングモール状態なんですか?』
【そういうことだ】
それはまずいだろう。
あ、ショッピングモール状態っていうのは、大昔のゾンビ映画であった状況ね。
つまり、少人数の主人公たちが無人のショッピングモールを占拠して莫大な食料や物資を手にいれるんだよ。
でも、莫大な物資でお大尽な暮らしを満喫しようとする男たちに一部メンバーが訴えるんだよね。
ここには未来がない、最低限の物資を手に入れたらすぐに移動すべきだと。
でも膨大な物資をひとりじめし、安全も確保できる事で多くは聞く耳をもたない。
そしてその不穏な訴えはやがて現実の凶事になって襲いかかる事になる。
この古い映画は賛否両論を呼んだらしいけど、俺も見て考えた事があった。
昔みた物語に出てきた言葉なんだけど。
──ごく少人数の集団なら、力を示せばよい。
数が少し多いと、賛同できる目的を示せばしたがってくれるだろう。
さらに多い場合は、理想を掲げることで人を呼ぶ事ができて。
そして万人単位の大集団というのなら、安らぎを示せば人は安住してくれる──
……とまぁ、こんな感じの文面だったと思う。昔すぎてよく覚えてないけども。
【ひとの作った文献はあまり関心がないが、その内容そのものは確かに間違ってはいないだろう。
そして、今の大集団の状況とも一致する】
『それって、大集団なのに、たとえば力で支配しようとしていると?』
【そうだ。
そのために分裂を産むような動きも出ている他、何より女たちが積極的に子作りをしようとしない。
大集団なので出産そのものは可能だろうが、妊娠中に集団の中で不利な立場に置かれたり、分裂などで置いていかれる可能性を考えると迂闊に妊娠できないのだよ】
『……まずいですね』
【そうだな】
未来のことを考えれば、ちゃんと食えたら、次は次世代を育てる事が何よりも大切なこと。
なのにそれは。
現在の人類の数は、数だけ見れば有史以前程度の数は維持できているのかもしれない。
だがそれは、ただ頭数だけの話だ。
古代の人類は、体力も生命力も現代人とは比べ物にならなかった。
さらに、その状態で、子が作れる状態ならどんどこ作って、少しでも多く生き残ろうとしていた。
だけど。
そうした精強な古代人たちの努力をもってしてもなお、本格的に文明が起きるまで人口は横ばいだったはずだ。
なのに。
周囲の状況が文明以前とタメをはるほど悪くなってしまったのに、出産数が伸びなければ?
……そういうことだ。
『なるほど、確かに生き残れそうもないですね』
【うむ】
『でもおっしゃる通り、短期的には危険です』
【そういうことだな。
まぁ、おまえが無事に転生し、物心つく頃にはある程度の結論は出ていると思うが】
それだけいうと、大精霊はうっすらと微笑んだ。




