閑話・女たちの会話
「それでマオ、話があると言っておったが、なんじゃ?」
「言いたいことがふたつある、ひとつは要求、ひとつは確認」
そういうと、マオはエキドナを見上げた。
そのマオの顔には怒りのような感情は見受けられなかった……むしろ、ユウが見たこともないほどにやさしい目をエキドナに向けていた。
「まずひとつ、マオの記憶は残してほしい」
「それは気が進まんのじゃが……どうしてもか?」
「そうしないと、目覚めたユーを捕まえておけない」
「心配ないのではないか?」
「信用できない」
マオは少し目を細めてエキドナを見た。
「そうはいっても、まず猫族になるのはそなたとユウだけじゃぞ?二匹だけなんじゃぞ?」
「まず、だよね?」
「何が言いたい?」
「そのあと、ユーが拾ったあの女も猫族にするんでしょ?」
「……それはそうじゃが」
「マオはユーとは違う、ごまかしは通じない」
「……そうじゃったのう」
エキドナは微笑んだ。
「そなたはユウの守り手じゃからのう……ユウはそなたを守ってるつもりじゃが」
「それも間違ってない。ユーはマオより断然強い」
でも、とマオは眉をしかめた。
「ユーはバカだから、すぐ自分から貧乏くじをひく。だからマオが助ける」
「そうじゃな。まったく困ったやつじゃ」
クスクスと女たちは笑いあった。
「そなたも、ユウにもう少しアピールすればよいのではないか?ユウは賢い女を嫌がる男ではないぞ?」
「ダメ、ユウは『まもってあげたい』メスが好き」
「……たしかにのう」
ふたりは悪者の顔で笑った。
「ふん、まぁわかった、では確かにマオの記憶は残すと約束しようぞ」
「よろしく。で、確認の方」
「ほいほい、なんじゃ?」
「……」
マオはエキドナの耳元まで駆け上がると、その大きな耳元でささやいた。
「……ユーのママ?」
「……」
エキドナは動じる事がなかったが、その巨大な尾がピクッと反応したのをマオは見逃さなかった。
「やっぱり」
「何を言いたいのじゃ?」
「別に」
ふるふるとマオは首をふった。
「ユーは気にしてなかったけど、マオは気になった、確認したかった、それだけ」
「そうか」
エキドナはつぶやいた。
「言っておくが、別にわらわはユウの母の転生などではないぞ……ただ知っておるだけじゃ」
「知っている?」
「うむ、ユウの母をのう」
「くわしく」
「……まぁよかろう、他でもないそなたの要望じゃしな。しかし」
「わかってる、ユウには話さない」
「うむ、よろしく頼む」
エキドナはマオを見て、そして語りはじめた。
「そもそもの始まりは、人間族どもの異世界召喚に対抗する方法を探した事に端を発するのじゃ」
「対抗する方法?」
「仮にも神の仕事に対抗するのがおかしいかの?
確かにあれは神じゃ。わらわたちの神ではなく、わらわたちの世界の神でもなかったがのう。
しかし、そうしなければ滅びは避けられぬのじゃからな、それは必死であったよ」
「……」
「わらわたちは人間族を圧倒し、住処を確保するための道を探しておった。
そしてある時……ついに異世界への扉を開き、調査を開始したんじゃ」
「調査?」
「直接ひとを送り込んだのではないぞ。精霊を飛ばして越界し、情報を集めておったんじゃな」
「……それだけ?」
たったそれだけなの、と言わんばかりのマオに、エキドナはためいきをついた。
「言っておくが、とんでもなく難しい事なんじゃぞ?
特に、肉体をもち界を越えるというのは簡単な事ではない。
たとえば、ただ単に転移しただけの場合……飛ぶ事はできるが、おそらく早期に風土病で命を落とす事になる」
「病気?」
「当然であろう。
生き物の体には、その生まれ育った世界の病気への対抗手段が刻まれておるそうじゃが……自分たちと異なる世界の病気への対応など、できておるわけがないからのう。
あの女のような神は、そのあたりを祝福や治癒能力向上などで克服させるようじゃが」
「……」
「そうしてまぁ、世界ごしに『別の世界』を探索しておったわらわたちじゃが、ある日、ひとりの女を見つけたのじゃ。
女は勘が鋭くての、精霊は見えなんだが我らの気配を嗅ぎ取り、会話する事もできた。
わらわたちが、どれだけ喜んだかそなたに理解できるかや?
一方的な調査でなく、現地人の目線で情報をもらえるんじゃぞ」
「……」
「それで是が非にと協力を求め、快諾をもらう事ができるようになった。
これにより研究は急速に進んだんじゃが……ここでひとつ問題が発生したんじゃ」
「問題?」
「女は赤子を孕んでおった。
ところが、体が弱っておってのう、生命の危険にさらされたんじゃ。
しかし直接女の体にアクセスする事は、当時のわらわたちには難題でのう。
困り果てておったところに、女の母親がやってきてのう。
母親の方にも鋭い力があったゆえ。
彼女を経由することで女の体に力を使い、何とか事なきを得たんじゃ」
「……それがユーのママ?」
「そして、生まれた子供がユウというわけじゃ」
「……はぁ」
マオはためいきをつき、額をおさえた。
「女は無事に生き延びたが、そのせいで、わらわたちとの結びつきが深くなってしもうたんじゃ。
そして、協力を仰いだ女の母……すなわちユウの祖母も同様じゃった」
「もしかして」
「ん?」
「ユウが、あのひとを婆ちゃんって呼んだのって」
「うむ、なにしろカケラ程度とはいえ、実の祖母の要素を帯びておるんじゃ……錯覚もするじゃろ」
「……あなたがユーのお家にも飛べたのは?」
「あの場所に覚えがあったんじゃよ。
出産後にもちょくちょく、女の体を借りておったしのう。
実は眠っている女の代わりにまだ赤子のユウをつれて電車に乗り、でかけた事もあるんじゃぞ」
「……ユーは気づかなかったの?」
「幼いながら違和感をおぼえておったようじゃな、母のようで母でない人と」
そこまで聞いたところで、マオの目つきが厳しくなった。
「……ユーが召喚されたのは、あなたたちのせい?」
「言いたい事はわかるが、それは関係ないのう」
「ほんとうに?」
「むしろ、わらわたちも驚愕した側じゃよ。
よりによって、なぜ、わらわたちに協力してくれた功労者とその息子が犠牲にならねばならぬのじゃ?
最初は女の陰謀も考えたわ」
「……違うの?」
「結論からいえば、あの召喚システムには特定個人を選ぶような機能はそもそもないようでな。
つまり、単純にユウたちは召喚条件に合致しただけの存在なんじゃ、良くも悪くもな」
「……」
「まぁ、今となっては理由も想像はつく。
確証はないが、召喚された最大の理由は、ユウの母方の家系の血であろうよ」
「血?」
「この世界は魔獣も魔物も伝説の彼方、精霊と話せる者など忘れられた世界じゃろう?」
「りゅーおーさま、いたよ?」
「言ったであろう、伝説の彼方と。
おそらく、元はわらわたちの世界のようだったんじゃろ。
じゃがいつの頃からか魔物だの亜人だのは姿を消してしまい……あの龍王どののような強大な個体のみが、伝説の裏に隠れることで生き延びてきたんじゃろうな」
「……」
「しかしじゃ。
そんな世界においてなお無自覚にも魔力をもち、異世界からアクセスしてきた、わらわたちと普通に話せた者たちの息子じゃぞ?」
「……何があってもおかしくない?」
「うむ、たとえ本人になんの能力も覚醒せず、自覚がなかろうとのう」
ふたりの目線が交差した。
「……じゃあ、ユーのママはどこに?」
「森のと同じじゃよ、一度わらわの元に取り込まれ、そして昇華されたんじゃ。
ただ、あの女は死期の関係上、あのままじゃと向こうの世界に転生する可能性があった。
ゆえに、しばらくわらわが預かっておったよ……長年の協力のせめてもの礼でもあったしのう」
「……ユーとはじめて会った時は?」
「わらわの中におったよ」
「……やっぱりそうだったんだ」
マオが責めるような目をして、そしてエキドナは苦笑した。
「そう責めるなマオ。
だいいち、そなたの母は死に、ここに魂を持っておるなどと言って、あの頃のユウに良い影響があったと思うかや?」
「……」
「わらわはユウの生母ではないが……しかし生まれる前から知っておった。
できる事なら、なるべく安全に過ごしてほしかったんじゃよ」
「……わかった、ごめんなさい」
「あやまる必要はない、そなたが疑問を持つのは当然じゃろう」
エキドナはマオに微笑んだ。
「おまけになるけど、もうひとつ質問いい?」
「なんじゃ?」
「さっき言ったよね、よその世界に転移するのは簡単なことじゃないって」
「うむ」
「それって」
「わかっておるじゃろ?」
「聞きたいの」
「……」
エキドナは小さくためいきをついた。
「今ここにおるすべての者には、ある祝福をかけておる。
それは、この世界のものを飲み食いし、そして子をなす事で発動するようになっておる。
その内容は……この世界の風土病への耐性をつけるための仕掛けじゃ」
「耐性をつける?どうやって?」
「わらわたち蛇種を含む、いくつかの種族は未知の病への強い耐性を持っておる。
それは生きている他者に与える事はできぬが、世代交代の時に子に与える方法はあるんじゃよ。
これによって、新世代には耐性が付与できる」
「……今の世代は?」
「調べた限りの対毒、対病の対策は行っておるのでな、すぐに風土病で全滅する事はあるまいよ。
ただし、それはこの国、この列島に限ってのことじゃ。
しかも病とは生き物でな、次々に新しい病が生まれるものよ。
対策は続けるが……20年後には、わらわのような特殊な者をのぞく第一世代は厳しいじゃろう」
「20年?それじゃあ?」
「うむ、それまでに世代交代が必須じゃ。
別の世界に移住するんじゃぞ、そのくらいのリスクは覚悟済みじゃよ」
「……ねえ」
「ん?」
「それって……マオもそうだったの?」
「いや、そなたは問題なかった。
あの女も女神には違いないということじゃな。
……それに、生まれ変わった新しい体は、わらわの手で耐性をつけるので、そっちの心配もないぞ?」
「そうなの?」
「先日、オルトロスを産んだじゃろう?あの時にこの世界の犬から耐性を取得しておるからのう」
「……」
「そういえば、生き残りの人間を探しにいこうとしている者たちがおるじゃろ?」
「あ、うん」
「知っておるかマオ?
実は病気への耐性をはじめとするいくつかの体質は、生まれてから母から子に受け継がれるんじゃぞ。母子のふれあいの中でな」
「?」
「たとえば、接吻すると唾液や唇の粘膜から伝染る。
抱き上げたり添い寝すると皮膚から伝染るし、それはもう色々な」
「……そういえば前にユーがいってた、虫歯のキン?は、赤ちゃんの時にお母さんからもらうんだって……ねえ」
「なんじゃ?」
「じゃあ、生き残りの人たちを探しに行くのって」
「そういう意味もあるんじゃよ……軽蔑するかの?」
「……ううん、すごいね」
「うむ、そうじゃな。
人間族に限らず、皆、本当にたくましいものじゃ」
「……」
「なんじゃ?」
「なんでもない」
複雑な顔をして、マオは目をそらした。
それを見たエキドナは楽しげに笑った。
「さて、そんなわけで、はじめるぞマオや」
「……」
「どうした?」
「ちゃんとユウが生まれるとこまで確認してから……ダメ?」
「ダメじゃ」
「なんで?」
「それじゃと面白くないでな」
「……そんな理由?」
「そんなとはなんじゃ。
どんな理由があろうと、わらわにとっては皆、わらわの子じゃ。わらわが抱いて、わらわが世話して何が悪い?
せっかくの楽しみをとらんでおくれ」
「……まるで、エルフのばばあみたいに」
「なんかいったかの?」
「なんでもない」
エルフのばばあ:
長命すぎて日常を無感動に過ごしている年寄りが、赤子を目の前にすると急に活気づくさまを茶化した言い方。




